「お前ら営業は、俺たちデザイナーが気持ちよく働けるように気を遣って働けよ」
これは広告制作会社の営業をしていた筆者が、社内の営業から実際に言われた言葉だ。広告業界には「クリエイティブ>営業」という力関係が、確実に存在している。そんな中、この力関係に苦しみ、もがき、それでもいい仕事をしようと戦い続ける男がいる。その名前は流川俊。『左ききのエレン』に登場する広告代理店の営業マンだ。
この記事では営業の流川にスポットを当てて、原作版『左ききエレン』のリアルすぎる広告営業としての生き様を紹介したい。
誰もが希望の職種につけるわけではない
流川俊はコピーライターになることを目指して広告代理店に入社するが、営業局に配属される。「広告代理店は営業の会社だ」という流川のセリフがあるが、実際、代理店の大多数は営業職の人間が占めている。クリエイティブになるのはとても狭き門だ。
流川がクリエイティブ転向を目指すエピソードは番外編で描かれているが、結局、流川は自分自身がクリエイティブに不向きなことを自覚し、営業として生きる道を選ぶ。本作は「天才になれなかったすべての人へ」というテーマがあるが、流川もまた、天才ではない人生を歩む者のひとりだ。
大多数の人間は、自分の才能や環境と折り合いをつけながら生きている。結局夢を叶え続けている、主人公・朝倉光一より、最も読者に寄り添っているのは、この流川なのではないかと思う。
俺はクリエイティブのやつが大嫌いなんだ
流川が朝倉光一に向かってクリエイティブに対する文句を言うシーンは、筆者が感じていた営業ならではの鬱憤を代弁してくれているようで、とても複雑な気持ちになる。(デザイナーは本当に朝に会社に来ない)
作者のかっぴーさんは広告代理店のクリエイティブで働いていたそうだが、営業の気持ちをここまで分かってくれるのかと驚いた。
筆者も、クライアントから持って帰ってきた依頼をクリエイターにお願いして「こんな仕事やりたくないよ」なんて言われたことが何度もあった。「人の気も知らないで…」とその度に思ったものだが、そんなことを言えるクリエイターを羨ましく、かっこよく見えもした。
流川が「大嫌いなんだ」と言ったのは、嫉妬や憧れが入り混じった整理しきれない気持ちを吐き出した、小さな負け惜しみなんじゃないかと思う。
新人相手にこんな負け惜しみを言える流川が、人間臭くて、なんとも言えず愛おしい。
営業として生きる
流川が「営業なんて何もしてねぇじゃん」とクリエイティブの人間に言われたエピソードも、広告業界あるあるすぎて泣ける。営業が頑張ったところで、広告を「作った」と世間から思われるのはクリエイターだ。だから、流川の「一緒に作ったじゃないか」というセリフはとても苦しい。
正直、流川が営業の仕事を心から楽しんでいるようには思えない。
それでも、そういったモヤモヤを伴って黙々と自分の責任を果たす男の姿に、心を動かされないわけにはいかないし、「どんな仕事にも真摯に向き合おう」なんて襟を正されるのだ。
『左ききのエレン』は流川をはじめ、エレンをはじめとする主要人物以外にも、人間味溢れる仕事人たちが多数登場する。登場人物それぞれの想いに想いを馳せながら、本作を楽しんで欲しい。