小説『明け方の若者たち』を敢行したカツセマサヒコが、友人であり作家としては先輩にあたる『左ききのエレン』の作者・かっぴーさんに会いに行きました。全3回でお届けするマンガ家と新人小説家の対談。第2回は物語におけるキャラクターの数と物語の構成についてです。
「総勢200名くらい登場させる」キャラクターを増やすことの怖さ
実は僕、最初は『左ききのエレン』みたく群像劇っぽいものを書こうとしていたんですよ。印刷会社にいそうな、いろんな人を書きたくて。
『明け方の若者たち』(幻冬舎)
近くて遠い2010年代を青々しく描いた、カツセマサヒコのデビュー小説。
あらすじ 明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。 それでも、振り返ればすべてが美しい。 |
あ、そうなんだ?
その中の同期5人くらいが仲良くて、そいつら全員主役、みたいな物語を考えていたんです。でもストーリーを組み立てていくうちに、彼らの役割を全て尚人(主人公の親友)に集約させたほうがシンプルになると気付いて、最終的に3人くらいの人格を尚人に背負わせたんです。
まあ、登場人物は少ないほうがスッキリするよね。
そうなんですよ。でもHYPE(cakesで連載中の『左ききのエレン』原作第二部のこと)は、登場人物がとにかく多いでしょ? キャラクターを増やすことの怖さはないんですか?
原作版第二部HYPE『左ききのエレン』
メディア『cakes』にて2019年3月から連載中の第二部。第一部から8年後の2019年を舞台に、目黒広告社で確固たる実力をつけ、 人間的にも成長した朝倉光一の物語を描く。
あるある。でもHYPEはもうね、実験作品なんだよ。ありえないくらいキャラクターを増やして、把握しきれないくらいにしたいんだよね。まだ数えていないからイメージつかないけど、完結するまでに200人以上出そうと思ってる。
200!?すっごいな!?
社内でついに発表された対アントレースの「仮説朝倉チーム」のメンバーたち。光一やみっちゃんに加え、新たなキャラクターも登場。『左ききのエレンHYPE』第9話より
3人だと思っていた競合組織「アントレース」にも、実は海外メンバーがいることが判明する。『左ききのエレンHYPE』第4話より
でも実際に世の中の一大プロジェクトって、だいたい200人くらいが関係しているじゃない? 当然、全員が活躍するわけじゃないけど、思わぬところからキーマンが出てきたりする。それを描きたいから、HYPEの裏テーマは「キャラクターを死ぬほど増やす」なんだよね。
それ全部描こうと思ったら、すごい長さにならない?
キャラクターの回想に1冊分かけたら、それだけで200冊になるからね。いかにも少年マンガっぽい過剰な演出もそうだけど、HYPEでは読者をふるいにかけたくなっちゃうんだよなあ。
ふるいにかける?
子どもから大人までどんな人にも伝わるような作品を作ることに、全然興味がないのよ。だから、リメイク版はどんどん読者が増えてほしいんだけど、HYPEはどんどん読者が減ってほしいなと思う。終わるころには半分くらいになっててほしい(笑)。
僕だったら読者が作品から離れていくのは怖いと思ってしまうから、作者としてそういう考えを持てるのはすごいなあ。
でも小説となると、人数を簡単には増やせなさそうだよね。キャラクターを一人出すにも、ビジュアルがないから大変だと思う。
ビジュアルがあれば、一発で「この人!」ってわかるからね。
あえて乱暴にいうと、小説はAとBのキャラクターの情報を伝えるのに、それぞれ同じだけの文章量が必要じゃん。だからモブキャラが出しづらいよね。モブキャラみたいな人をたくさん出すと、さすがに等しくノイズになるっていうか。
そうそう。それも悩みました。
マンガだと、さっきのマリーンみたく「コマに写ってるけど主張しない」って選択も取れるもんね。情報の優先順位を明確にできるのが、マンガのおもしろいところかも。
そうかもしれない。小説じゃ簡単に人を増やそうとは思えないもんなあ……。
読者はいつも“終わらせどころ”を探してる
あと、プロットに関して聞きたかった。小説を書いていて、長期連載しているマンガってすごいなと改めて思ったんですよ。『左ききのエレン』もよくあんな壮大なプロット描けるなあ、と。
え、小説もすごくない?あんな長文書けないよ。
『明け方の若者たち』は「だいたい10万文字超えたら書籍として刷れるよ」って言われたんです。「あ、10万文字超えればいいんだ。よーしやるぞ。でも、今まで6000文字くらいしか書いたことないし、どうしよう。あ、10章にわけて書こう。そしたら1万文字くらいだし」って感じだったんですよ。
そうか、なるほどね。
『左ききのエレン』の原作第一部は、高校~大学時代、光一の代理店での若手時代、エレンの海外進出、光一の代理店でのその後と大きく時代を展開しながら語られていて、最後まで構成が見えてないと描けない物語だと思うんですけど、何巻で終わらせるというのは考えていたんですか?
今も昔も、巻数はあんまり意識していないかな?でも、各話での終わり方はすごい意識してた。
あー!週刊連載だもんね。
そうそう。例えば12巻のラストは「いよいよコンペが始まる。そして、その競合相手が、実は昔の先輩でした」って内容の「引き」で終わってる。でも俺は、12巻がここで終わるとかは把握してないのよ。
へー!じゃあ単行本ベースでは全く考えていないんだ?
そうそう。そのぶん、どの話で終わっても「引き」になるようにしてる。
たしかに!毎回必ず、ちょっと続きが気になる描写で終わってますもんね。
初代編集の人に言われて「なるほどー」と思ったのが、マンガ読者はいつも“終わらせどころ”を探してるのよ。読みながら、このマンガからいつ離脱しようかな〜って考えてる。
え、そうなの?
極端なことを言うとね。そりゃ『鬼滅の刃』みたく一個抜けてる作品は、「終わらないで!」って思われながら読まれると思うけど、その他のほとんどのマンガは「読みたいマンガは他にもいっぱいあるから、どこかで切れないかな」って思ってる。
すごいネガティブな発想だ。読者のこと全然信じてない(笑)。
そうそう。だから「切りがいい部分を作ると、そこで読者は満足して離脱しちゃうよ」って言われた。『左ききのエレン』もたまに、章の節目なんかではキレイに終わらせてるけど、あんなこと本当はやっちゃいけない。特に週刊連載はね。
そっかそっか、おもしろいな。じゃあ『左ききのエレン』は、「この章は何巻までで終わらせよう」みたいな目標はあんまりないんだ?
ないない。だから原作版のKindle、すごい損してるの。
え、なんでですか?
Kindle版では「一巻あたり一章」ってまとめ方をしてるんだけど、章によってページ数がバラバラだから。最新刊なんか380ページくらいあるんだよ。
普通はどれくらいなの?
180~190ページくらい。
2倍じゃん!それは大損だわ(笑)。
「回想」で成り立つ第一部と、「カメラ割り」で見せる第二部。
小説は基本的には一冊って決まっているから、今思えば短距離走感があったんですけど、『左ききのエレン』は全部で何巻くらいで完結させようと考えていたんですか?
たしか7巻くらいで終わらせようと思ってた。『四月は君の嘘』くらいのボリュームの作品がいいなって。
なるほど。すごく好きです。内容全然違うけど。
たしかにね(笑)。10巻以内で完結する短めのマンガとかを読んでみて、これくらいの感じだなーと思って描いてたけど、結局全然終わんなかったな。
第二部のHYPEは、もっと長くなりそうでしょ?
HYPEは長いねー。そのぶんテンションは変えてる。
緩急をつけてるって感じ?
緩急もそうだし、本当に自由にやらせてもらってる。第一部は「最後はここに収束する」ってゴールを決めて、すべてそこにつながるように話が行ったり来たりしているから、どう考えてもいつかは終わるのね。でも、HYPEはまだゴールを描いていないから、ずっと引き伸ばせる構成になってる。
そうか、第一部とHYPEの違いは「時間軸が行ったり来たりするかどうか」にもあるんですね。HYPEは一方向へ綺麗に進んでいる気がする。
そうそう。読むときも描くときも、「どういう時間軸で捉えられた作品なのか」をすごく意識するんだけど、カツセの小説を読んでシンパシーを感じたのは「最初から最後までずっと“今から見た過去”の話をしてる」ってこと。これは『左ききのエレン』の第一部とも同じなんだけど、本当に、人が悪いほど“未来の話”をしないじゃない?
ははは、言い方!
人が悪いなーと思って。
たしかに、徹底的に回想の物語を書きましたね。
そう、その感覚がすごく好き。『左ききのエレン』の原作第一部もそうだけど、全てがある一点からの回想だから、全部が過去の話っていうね。
そこは一緒ですね。
原作第一部では大過去、過去、ちょい過去、現在よりの過去、を行き来することでダイナミックさを出してた。これが『明け方の若者たち』にも似てるけど、HYPEは逆で、時間軸は変えないけどそのぶんどこまで細かく描写できるかで勝負してる。
カメラの回し方をもっと遅くして、ってこと?
遅くしたというよりも、カメラの台数を死ぬほど増やしたって感じ。
ああ、そういうことか。同じ時間軸を撮るにしても、カメラがたくさんあるから、いろんな視点で撮れるってことね?映画的だなあ。おもしろい。
第一部では空からドローンみたいなカメラでずーっと俯瞰で撮ってるけど、HYPEはもっとドキュメンタリー番組みたいな感じ。カメラが何台もあるから、おなじ10分間でも、いろんな画を使って違う景色を見せてる。
実際、HYPEでは「最悪の10日間」みたいなコピーでスタートしているけど、作中で経過したのはまだ4日とかでしょ?なっがいな!?って思いましたもん(笑)。
でしょ?いつ終わるかわかんないんだよなあ、本当に。
最終回では、カツセとかっぴーさんの共通項である「Web出身クリエイター」をテーマに、お金事情や企業との関係性などの話をしていきます。
前回の記事はこちら。
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※撮影現場では検温・手指の消毒・換気に注意し、最低人数の関係者のみで撮影いたしました。
取材・文/カツセマサヒコ(ヒャクマンボルト)
編集/むらやまあき(ヒャクマンボルト)
撮影/eichi tano