急がなくてもよいことを

ひうち棚 / 著

『急がなくてもよいことを』何気ない日常や記憶が描かれる随筆漫画 懐かしい記憶と重なっていく心地よい読後感にひたる

一般的に漫画家といえば、漫画雑誌への連載を目指して出版社への持ち込みを繰り返す人をイメージされる方が多いのではないでしょうか。ですが、最近ではそれ以外にTwitterなどのSNSや同人誌を軸に漫画を発表するなど、漫画家デビューのきっかけや活動範囲は多様化しています。

今回ご紹介する急がなくてもよいことを著書・ひうち棚さんもその1人。20代後半から漫画の制作を始めたひうち棚さんは漫画サークル「山坂書房」のメンバーとして、約30年間漫画を描き続けてきました。そんなひうち棚さんが2009年から2021年まで、毎日少しずつ丁寧に描いてきた漫画が一冊の本になりました。

長きにわたって同人活動を続けてきたひうち棚さんの商業デビュー作となる『急がなくてもよいことを』。ひうち棚さんの身の回りで起きた出来事や家族との何気ない思い出を綴った作品たちは、どこか懐かしい記憶を呼び覚ますような不思議な魅力に溢れています。

多彩な表現で描かれる何気ない日常

実際の手紙をもとに描かれた、姉からの手紙を待ち侘びる少女の日常。

同人誌を作った友人と『まんが道』の舞台である富山県に訪れた時のこと。

瀬戸内海へ初旅行に行った時に乗ったフェリーの中での何気ない記憶。

可愛らしい絵柄から精緻な質感が際立つタッチといった多彩な表現で描かれるひうち棚さんの作品の共通点は、何気ない人生の記憶や日常を描いた随筆漫画だということ。

セリフやモノローグが少なくスケッチ画のようなイラストで魅せる作品たちは、私たち読者の中にある懐かしい記憶と重なっていくような心地よい読後感があります。

確かにそこにあった日々を伝える

表題作である『急がなくてもよいことを』では、日々成長する我が子に対して嬉しさと切なさを感じる情景を描きます。

あとがきで、当初自分が漫画を描く上で、一緒に漫画サークルで活動していた友人と両親を想定読者にしていたと語るひうち棚さん。そのため、描く題材も「私信」のように自身の生活で起きた内容を描くようになったそうですが、我が子との些細な日常を美しい筆致で切り取った本作は、漫画という枠を超えて、いつの日か大きくなった我が子へ確かにそこにあった日々を伝えるアルバムのような役割を果たすのではないでしょうか。

何気ない日常や記憶を思い出す

気付いたら見逃して忘れていってしまう、私たちの日常。ですが、『急がなくてもよいことを』で描かれるひうち先生の物語たちが、私たちの中に眠る「その瞬間」を呼び覚ましてくれます。

何気ない日常や記憶を思い出すかのように、ぜひゆっくり少しずつ読んでみてください。

あの日あの頃の記憶

急がなくてもよいことを (ビームコミックス)
ひうち棚/著