海、のち晴れ

高見奈緒 / 著

『海、のち晴れ』雨の中で出会い、私は私でいられるようになった。

海、のち晴れ』は、2021年3月に発売された新鋭・高見奈緒先生の初単行本です。

孤独を抱えた二人の少年少女が出会い、互いに寄り添い、存在をそこに認めあう。美しい描写ともに描かれる痛みと再生の物語です。

一巻完結ながら、複雑な心情描写や若さゆえの輝きが凝縮されており、何度でも大切に読みたくなる。そんな本作を紹介します。

あらすじ

海辺の田舎町に住む少女・とよは、「お医者さまの娘さん」「あの人」「我が家の空気」、そう呼ばれながら、毎日の生活を送っていました。

雨の降るある日、とよは同級生のはじめと海辺でばったり出会います。「特に人のこと覚えやすいだけ」な彼は覗いた晴れ間から差し込む陽光に照らされる中「内田とよさん」と、とよの名を呼んだのです。

私だけの 私を君が 呼んでくれた 気がしたの 君だけが

引用元:著書・高見奈緒『海、のち晴れ』 

同級生全員の、しかも下の名前まで覚えているはじめにとって意識してとった行動ではありませんでした。しかしこのことはとよにとってかけがえのない出来事であり、出会いだったのです。

とよの一方的なアタックで一緒に下校するようになる二人ですが、とよもはじめも同級生には話し難い家庭の事情を抱えていました。どうにかして距離を縮めたいとよと踏み込まれたくないはじめとの関係は見ていてなんとももどかしくなります。

そして、それぞれの家庭内で少しずつ大きくなる不協和音。物語は大きく動き出します。「お前なんか」という強い言葉の先に、雨の中出会った二人の若者に「晴れ」は来るのでしょうか。

出会いのシーンに心奪われる

自分の居場所がないような喪失感を抱えるとよはその日、雨に打たれて家までの帰り道を歩いていました。

「結構降ってるな」と憂鬱に海辺を歩くとよ。すると突然訪れた晴れ間、注ぐ陽光の中で濡れた髪を光らせ、目の前に現れた男の子はふと、とよの名前を呼んだのです。

とよが心奪われたその瞬間から、何かが少しずつ変わり始めます。出会いの瞬間は、まさに息をのむほどに美しい。

二人の出会いまではこちらの第一話から読むことができますので、是非読んでみてください。

美しいタッチで描かれる「雨」と「晴」

印象的に描かれる「雨の描写」そしてその描写があることで一層際立つ「晴れの描写」は、物語や登場人物の心情を随所で強く引き出します。

親との確執が強く描かれる場面や、とよとはじめのすれ違いの場面では、やはり雨足は強く、その状況や心情が乱れる様が雨と共に強く画面を満たします。しかし、苦しい心情描写として描かれがちな「雨」も、とよにとってははじめと過ごすかけがえのない時間になります。

雨の中、二人で傘をささずに歩いた帰り道。「身軽じゃ自由じゃ!!」とはしゃぐとよ。自分が自分でいられる時間が楽しくて仕方がないのです。そんなちょっとした光景にも、若さや青春が詰まっているようで読者のノスタルジーな記憶を刺激します。

しかし待っているのは、自分を空気として扱う、孤独な我が家。「雨で濡れちゃったけど、楽しかったー。」と、笑いながら帰る家がある「普通」がどれだけ欲しかっただろうと思うと、とよの苦悩を思わずにはいられません。

場面が変われば同じ雨が重く冷たい物として物語を覆います。はじめとの出会いのように、輝く「晴」を見たくてページをめくってしまいます。

長く続いた雨の後だからこそ、陽の光はこんなにも綺麗で眩しいものだったな、と。苦しい時期でも、その後に見上げる空を楽しみにできるような本当に素敵な作品です。

作者情報

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「私と君は同一人物では無いから」

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高見奈緒/著