動画投稿プラットフォーム・YouTubeにおいて、「マンガ動画」と呼ばれるコンテンツの勢いが少しずつ増してきていることをご存知でしょうか。
マンガ動画とは、マンガ形式のイラストに音声がつき、アニメのように視聴できる動画です。
アルが公開している「YouTubeマンガランキング」を見ると、『フェルミ研究所』を筆頭にチャンネル登録者数を大きく伸ばすチャンネルがどんどん生まれていることが分かります。
アルはマンガ動画市場の現状と今後の展開を探るため、『テイコウペンギン』をはじめ複数のYouTubeチャンネルを運営するPlott代表・奥野翔太さんにインタビューを実施。
同社は他にも『混血のカレコレ』『全力回避フラグちゃん!』『秘密結社ヤルミナティー』『円満解決!閻魔ちゃん』『ブラックチャンネル』などのチャンネルを運営しており、その合計チャンネル登録者数は220万人を超えます(※)。※2021年2月現在
奥野さんのお話を伺うと、YouTubeというプラットフォームを基盤にするコンテンツならではの特徴と、マンガ動画が持つ大きな可能性が浮かび上がりました。
登場する人のプロフィール
奥野翔太
株式会社Plott代表取締役。1995年生まれ。筑波大学情報科学類卒業。大学在学中に起業し、ゲーム・ドラマ・VTuberなど複数コンテンツを企画・プロデュース。2019年より「テイコウペンギン」を立ち上げ、その後複数のYouTubeアニメをリリース。
「マンガ動画」と「YouTubeアニメ」は別物?
ーー今日はよろしくお願いします。まず、そもそもマンガ動画という目新しいコンテンツを、どういったものと捉えているのかからお聞きしたいです。
はい、よろしくお願いします。まず僕たちはPlottでつくっている動画を、「マンガ動画」とは呼んでいないんですよね。
僕たちはYouTubeに特化したアニメとして、「YouTubeアニメ」と呼んでいます。
ーーおお、そうなんですね。
その上で僕の考えるYouTubeアニメの定義を話すと、YouTubeというプラットフォームに最適化した2次元コンテンツだと捉えています。例えば雑学を扱って誰でも見やすいようにする、などですね。
Plottが運営する代表的なYouTubeチャンネル『テイコウペンギン』。チャンネル登録者数は80万人を超えます。
ーーYouTubeに最適化という点を、もう少し詳しく伺えますか。
「どこからでも見つけられる」というのがポイントです。例えばマンガだと雑誌に掲載されていたり、単行本の表紙で注目されたり、メディアミックスされたりといったきっかけで作品を知ってもらえます。
その点、YouTubeアニメはYouTubeというプラットフォームにおいて、たくさんの動画の中から見つけ出してもらえる理由があるようなコンテンツなんです。
ーーそれが雑学をテーマとして扱うことにつながるんですか?
YouTubeのアルゴリズムによって視聴者の方にレコメンドされ、見つけてもらいやすいコンテンツである必要がありますからね。
とはいえ、現時点でそうだというだけで、今後は多様化していくと思っています。そういったテーマを扱っていなくても、よく見られている動画もどんどん登場し始めているので。
ーーその点、どういった点で実写の動画と差別化されているのでしょうか?
2次元のほうが表現できることの幅が圧倒的に広いと思っています。例えば「クジラに食べられたらどうなるのか?」というテーマを実写で表現するのはとても大変じゃないですか。
YouTubeアニメでは実写では難しいことができるから、他のYouTubeチャンネルでは見られないコンテンツをつくれるんです。
ーーなるほど。
制作する側としても、ロケ地探しをしたりする必要がないのってめちゃくちゃ楽なんですよね。
ーー制作という点で、以前YouTubeアニメについて「これから動画のクオリティによって差別化されていく」というお話を書かれていました。その理由について伺いたいなと。
今のYouTuberの市場環境に目を向けると、最初はYouTuberが一人で動画を撮って投稿していたのが、今は何人ものチームでやっていたりするじゃないですか。
例えばカジサックさんって、裏にすごいチームがいますよね。はじめしゃちょーさんやヒカルさんも最初は一人でしたけど、今はチームで動画をつくっていて、内容もバラエティ番組っぽくなっている。
YouTubeアニメでも同じように、クオリティが上がっていく動きはあると考えています。
ーーなるほど。YouTubeアニメだけというより、YouTubeに投稿される動画全体のクオリティがどんどん上がっていく流れがあるということですね。
そうですね。YouTubeアニメの領域もYouTube全体の流れに沿って変化していくと考えています。
YouTubeで伸びるコンテンツって、色々な要因があるんですけど、極論、ちゃんと面白いコンテンツを出しているチャンネルしか伸びていないんですよ。
ーーちゃんと面白いコンテンツですか。
YouTubeって本当によくできたプラットフォームで、面白い動画が伸びるアルゴリズムになっているんですよね。
黎明期だったからこそ、YouTubeアニメ市場に参入
ーーちなみに、制作されている動画を「マンガ動画」ではなく「YouTubeアニメ」と呼ばれているということでしたが、それはどういった理由からなんでしょうか?
いわゆるマンガ動画とは、先ほどお話ししたコンテンツの定義に当てはまりつつも、そのチャンネル固有のキャラクターや世界観が存在しないものだと認識しています。
具体的には、『ザ!世界仰天ニュース』といった番組で流れる再現ドラマのようなものを2次元で表現したものだと思うんですよ。
ーーおお。
対して僕たちがつくりたいのは、キャラクターや世界観を大切にしたアニメです。これらは見られ方が全然違うと思うんですよ。
キャラクターが生まれて、世界観が醸成されて、世の中の人たちに大きく広まっていく可能性を秘めたコンテンツをつくりたいという願いを込めて、僕たちは「YouTubeアニメ」と呼んでいるんです。
ただ、それぞれの動画にはまだ定まった名前がつけられていないと思っていて、これから動画の数が増えていくにつれていずれ定まるんじゃないかと思っています。
ーー確かに「マンガが動画になっている」という点のみでカテゴライズしてしまっていましたが、そう言われると別物かもしれません。Plottでキャラクターや世界観を重視した動画をつくられているのは、どういった理由からでしょうか。
それは単純で、そっちのほうが面白いと考えているからですね。会社として、『鬼滅の刃』みたいに多くの人から愛されるコンテンツを生み出せるような楽しい挑戦をしたいんです。
あとは、YouTubeだけに留まらず拡大していけるようなIPを目指す上で、キャラクターや世界観が大切だと考えたのも理由の一つです。当然、大きなビジネスにしていきたいですからね。
『混血のカレコレ』は「異世界転生してしまった地球」でカゲチヨ、ヒサメ、シディの3人が「カレコレ屋」というなんでも屋を営んでいるという設定。
ーーなるほど。その挑戦をする上で、YouTubeアニメというジャンルを選択された理由は?
実は僕たち、YouTubeアニメの前にも色々やっていたんですよ。ドラマやバラエティを撮ってみたり、ライバーやVTuberの事務所をやってみたり、色んなエンタメに幅広く手を出してみたんです。
ーーおお、そうだったんですね。
動画市場って長い目で見たらずっと成長していて、その中で何かやりたかったんです。
それで色々と手がけてみて気づいたのは、僕たちは誰かがコンテンツをつくる手助けをしたいのではなく、自分たちの手でコンテンツをつくりたいのだということでした。
それでたどり着いたのがYouTubeアニメだったんです。
ーーYouTubeアニメのどういった点を魅力に感じたんですか?
まだ生まれたばかりの、黎明期のコンテンツだったことです。僕たちのようなスタートアップが大きなエンタメ事業を作るためには、他の企業に負けないことがすごく大事なんです。
資金でも経験でも人数でも大企業に敵わない中で、そういった大企業が参入していない新しい市場でしかNo.1が取れません。学生起業で無いもの尽くしだったので、そこはすごく意識してました。
また、後から大企業が参入してきても大丈夫であるかということも意識してました。その点、YouTubeというプラットフォームの中でYouTubeアニメのトッププレイヤーの立ち位置につくことができれば、その先もアルゴリズムに守ってもらうことができるんです。
ーーどういうことですか?
具体例を挙げて話すと、例えば最初にVTuberとしてデビューしたのはキズナアイさんじゃないですか。そしてその後、たくさんのVTuberが登場しましたよね。
数多くのとても面白いチャンネルが生まれ、VTuberの市場は大きく広がりました。その中にはキズナアイさんより面白いコンテンツを投稿したり、熱狂的な人気を集めていたりするVTuberもいるかもしれません。
けれど現時点では、VTuberのチャンネル登録者数は依然、キズナアイさんがダントツでトップなんです。
ーーそうなんですね。
他のVTuberが彼女のチャンネル登録者数を追い越すのはものすごく難しくて、それはYouTubeのアルゴリズムがそういう仕組みになっているからです。
同じようにYouTubeアニメというカテゴリでも、トップを取ることができれば、その後もアルゴリズムに守ってもらえるはずです。
その立ち位置がまだ狙える黎明期のコンテンツだったことが、YouTubeアニメの制作を始めた理由ですね。
ーーしっかり理解できました。ちなみに現状だと、YouTubeアニメ全体の状況ってどんな感じなんでしょうか?
マンガ動画は一定伸びているんですが、YouTubeアニメの伸びはまだ始まっていないくらいに捉えています。
ーーえっ、そうなんですか。
アニメってテレビ番組だとたくさんの放送枠を抑えているじゃないですか。それと同じくらい、YouTubeでアニメが視聴されるようになると僕は考えています。
けれど現状では、「YouTubeでアニメを観たい」というニーズを満たすチャンネルはほとんどありません。そういう意味で、YouTubeアニメの消費はまだ始まっていないと捉えているんです。
ーーなるほど。
つまりYouTubeアニメはまだ一般化されたコンテンツではないんですが、それでも僕たちが出している動画は一定のPVを獲得できている状況です。
あえて予言のような言い方をすると、これからYouTubeアニメは爆発的に伸びると予想しています。
難所は優れたクリエイターの採用
ーーYouTubeアニメの制作をしてこられたなかで、苦労されたポイントをお聞きしたいです。
なんでしょうね…。僕たちはYouTubeに留まらない大きなIPをつくろうとしているので、それがそもそも超大変というのはあります。
YouTubeで一定の再生数を獲得できればいいとは思っておらず、本当に世代を超えて愛されるコンテンツを生み出したいんですよね。
ーーめちゃくちゃ大変な挑戦ですよね。
そのために、新しい作品をちゃんと知ってもらえるようなコラボや、IPとして認めてもらえるような環境づくりは頑張っています。
ーー「月刊コロコロコミック」掲載作品の『ブラックチャンネル』のYouTubeアニメを手がけられていますよね。あのコラボ、すごいなって思っていました。
Plottは「月刊コロコロコミック」掲載作品の『ブラックチャンネル』のYouTubeアニメ化を手がけています。
ありがとうございます。他にも「YouTube漫画大賞」というコンテストをやったりもしましたね。
ーーこれはどういう方から応募があるんですか?
作家さんやマンガ家さんが多かったですかね。
ーーそれって、やっぱり新人さんが多いのでしょうか。
いや、新人の方もすでにプロとして活動されている方も、どちらもいらっしゃいましたね。
ーーおお、そうなんですね。
応募を一覧すると、新しい領域でコンテンツを出していくことに興味がある作家の方はたくさんいらっしゃるんだなと感じました。
2021年2月10日に結果発表されました。
ーー面白いですね。募集ページには「マンガ、ネーム、脚本何でもアリ」と書かれていますが、幅広い役職のクリエイターを探されているんですね。
でいうと、もっとも苦労したことはクリエイターの採用かもしれませんね。
話していて嫉妬しちゃうような才能を持っているクリエイターの方をどんどん採用したいんですが、それがすごく大変です。
ーーそれは大変そうですね。現状、どんなクリエイターの方たちがいらっしゃるんですか?
今はいわゆるシナリオをつくる人、絵を描く人、動画の編集をする人などがそれぞれ10人ずつぐらいいます。その多くは社員として働いてもらっています。
ーー動画をつくるクリエイターの方たちも、多くが社員として関わられているんですね。役割的に業務委託の方が多いんじゃないかと想像していたので意外でした。
もちろん業務委託の方もいるにはいますね。Plottはコンテンツをつくる会社であり、継続的にお願いしたい仕事がたくさんあるので、多くのクリエイターに社員になってもらっています。
同じ組織の一員として仕事をすることでクリエイター同士のコミュニケーションも取りやすくなりますし、コアなクリエイティブをつくる人はどんどん社内に入ってほしいと思っています。
ーーなるほど。まとめると、そもそも大きなIPを生むのがとても大変で、その中でもクリエイターの採用が大変だった。
そうですね。今のPlottは本当に奇跡みたいなメンバーが集まっていて、そういうチームで仕事ができるのはすごく幸せです。
ーーおお。
僕たちはクリエイターファーストの会社を目指しているんですよ。本当に自由で、みんなが遊んでいるみたいな組織にしたいんです。
ーーそれを成り立たせるの、めちゃくちゃ難しそうですね。
めちゃくちゃ大変ですね。理想の会社にはまだまだほど遠いし、もっともっと楽しんで面白いことに向き合えると思っているんですけど、そこは課題ですね。
ディズニーやピクサーに並ぶIPの創出を目指す
ーー黎明期の市場だったからYouTubeアニメをつくり始めたというお話を伺いましたが、勝算はどういったところにあるのでしょうか?
YouTubeからめちゃくちゃ大きいIPが生まれると仮定してお話しすると、一番クリエイターファーストの組織をつくった事業者が勝つと考えています。
そういう意味でも僕たちはクリエイターファーストの会社を目指しているし、その本気度でいうと、僕たちに勝算があると思っています。
ーーおお。
あとはもう少し足元の状況についてお話しすると、僕たちがYouTubeアニメと呼ぶ動画コンテンツで、他に伸びているチャンネルはあまり多くないんです。
現状、一定のシェアを獲得できているのも一つの勝算だと思います。
ーーPlottさんでは複数のチャンネルを運営されていますよね。これらを並行して運営されている背景としては、どんな理由が挙げられますか?
YouTubeでは一つのIPがすごく人気になったらそのIPだけしか観られないかというと、そうではないからですね。他のエンタメでもそうですが、好きな作品がいくつもあるのが普通だと思うんです。
だからこそ、いくつもの人気作品が集まるブランドを目指していますし、作品の数を打つなかで大きくヒットするIPも出てくると思っているので。
ーーシンプルに数を打つのは大切ということですね。
一定大切だと思いますが、1つ1つのコンテンツを大切に作ることの方が大切だと考えています。
なんなら僕らは全然数を出せていないほうだと思いますね。魂を込めたコンテンツを生みたいからこそ、一気にたくさんはつくれないんですよね。
ーー出せるものならもっと出したいと。
そうですね。今後も思い切ったコンテンツをどんどん出していこうとは思っています。
ーーちなみに、どれくらいのペースで増やされているんですか?
半年ごとに2チャンネルずつくらいのペースを目指しています。
ーーヒットするチャンネルを一つ生むことで、その知見を他のチャンネルにも横展開していけば、新しいチャンネルを増やすペースはだんだん早めていけそうですよね。
早められると思います。Plottというブランドで作品を出すことで、世の中の人に広まりやすくもなっていますしね。
「PlottのYouTubeアニメだから」という理由で観てくださる視聴者の方たちも増えてきていますし、自分たちの作品にファンが付きやすい土壌もできてきているなと。
ーー視聴者の方たちからは、『テイコウペンギン』などのチャンネル単位ではなく、Plottというブランドで認知されているんですか?
されてきていると思います。最近だとPlottのキャラクター同士のコラボ動画を配信したりもしているんですよね。
Plottが運営するYouTubeチャンネルのキャラクター同士がコラボする動画が、各チャンネルで配信されています。
ーーおお、そうなんですね。これはPlottというブランドとして認知されるためにやられている?
そうですね。その狙いはすごく大きいですし、今後もPlottとしての発信は増やしていくつもりです。
ーーなるほど。最後になるんですが、今後の展望をお聞きしたいと思っています。
僕たちがつくっているコンテンツの魅力をより多くの人に届けられるように、そして今よりも面白い作品をどんどん出していけるように、もっと突き抜けていきたいです。
さらに、今後YouTubeに留まらないIPを生み出していけるようなインフラの整備を進めていますし、そういったIPへどんどん成長させていけると思っています。
ーーYouTube起点の出版社のような会社を目指されている感じなんですかね。
イメージとしてはディズニーやピクサーのような感じになっていきたいと思っています。出版社からすれば作家の方は取引先だと思うんですが、僕たちは社内にクリエイターを抱えたい。
ーーああ、なるほど。
会社の中にクリエイターがいることで、組織の文化は面白いくらい変わると思います。
僕たちは会社として持っているクリエイティブの力でゲームや書籍もつくっていきたいし、ファンコミュニティみたいなものもつくりたい。あとはディズニーみたいに遊園地もつくりたいです。
今はYouTubeを足がかりにしていますが、あるジャンルに閉じることなく、さまざまな領域から世界レベルのIPを狙っていきたいです。
というわけで、最前線でマンガ動画(※)をつくる企業の一例として、Plottの奥野さんにお話を伺ってみました。
※この場では奥野さんの分類される「マンガ動画」と「YouTubeアニメ」の両方を含むものとして、「マンガ動画」と表現しております。
「マンガ動画が来ている!」と言われてもなかなか実感が湧かない方もいらっしゃるかもしれませんが、チャンネル登録者数に目を向けるとその人気の度合いが見て取れます。
マンガ動画チャンネル首位の『フェルミ研究所』のチャンネル登録者数215万人という数字は、VTuberのチャンネル登録者数でキズナアイさんに次いで2位のGawr Gura(がうる・ぐら)さんの195万人を超えています(※)。
※記事執筆時点での数値です。
また冒頭でも書きましたが、Plottが運営する6チャンネルの合計チャンネル登録者数は220万人以上です。奥野さんの「勝算がある」という言葉にも、説得力がありますね。
気になる方は、YouTubeマンガ動画ランキングで順位を見比べてみてください。
人々がテレビではなくスマホの画面を目で追う現代で、Netflixに代表される配信サービスではアニメも含めた数々のテレビ番組がすでに配信されています。
そんななか、配信サービスのアニメほどリッチでなくとも、YouTubeで気軽に視聴できるアニメが観たい。そんなニーズは確かに存在するように思われるのです。
答え合わせはいつになるのか分かりませんが、もしかするとマンガ動画の波はすぐそこまで押し寄せているのかもしれません。
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