トーチweb新連載『言葉の獣』鯨庭先生がファンタジックに描く言葉との向き合い方

ばかな鬼」「君はそれでも優しかった」他、Twitterで累計35万いいねを獲得した作品集『千の夏と夢』。その作者、鯨庭先生が初の長編作品『言葉の獣』をトーチwebにて連載されています。

伝説上の生物と、か弱い人間が共存する中で、優しさという感情をありのままに残酷に描く幻想的な世界観はそのままに、本作は「言葉とは何か」について誠実に向き合う物語を描いています。

詩を愛する薬研、言葉の真意が見える東雲

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詩を愛する薬研(やげん・やっけん)は、クラスメイトが詩や言葉に対し不誠実な向き合い方をすることに歯痒さを感じていました。

そんな思いを告白した薬研に国語科教員でさえ心ない言葉を返してしまうのです。

あなたは言葉が好きなのね これからも頑張ってね

引用元:トーチweb『言葉の獣』より

教員からの言葉に失望していた彼女は東雲しののめ)と出くわします。授業中にいつも何かの絵を描いている彼女は、クラスメイトから変わり者として奇異な目で見られていました。好きな現代詩をノートに書き留めていたことを、中二病と揶揄された過去の自分と重ねたのか、東雲に関心の目を向ける薬研。

東雲が描いていたものはどれも、不思議でどこか美しい造形をした獣の絵だったのです。その絵に、薬研が思わず「綺麗だ」と吐露します。その言葉を聞いた瞬間、東雲は慌ててペンを走らせます。そして、彼女が描いて見せたものも、やはりでした。

君の『綺麗』だよ 君が今言った綺麗って言葉 こんな形の獣だったよ!

引用元:トーチweb『言葉の獣』より

生まれつきの共感覚ってやつかな? 私はね、獣の形を見ると他者が言った言葉の真意がわかるんだよ

引用元:トーチweb『言葉の獣』より

共感覚とは「ある感覚刺激によって、ほかの感覚を得る現象のこと」。たとえば、音を聞いたり文字を見たりすると色を感じます。(『最新心理学事典』より参照)

東雲の口から飛び出した言葉と、その手で描いて見せた獣は薬研にとって信じ難い形をしていたものの、同時に羨望の的ともなり、この会話をきっかけに薬研は東雲と言葉の獣たちとの交流を通して言葉の真意を探るために今まで以上に言葉の真意と真剣に向き合うようになるのです


【あらすじの要約】

詩を愛するが言葉と向き合いきれない薬研と変わり者の東雲。東雲は共感覚により言葉に込められた真意を獣の形で捉えることができるのだった。出会った2人は言葉の獣との交流を通して関係を深めていくことになる。

言葉の真意を独創的に捉え、言葉と現実的に向き合う物語

筆者が感じる本作の魅力は、鯨庭先生が描く言葉の真意の捉え方が現実的で誠実であると同時に、独創的かつ幻想的な世界観と両立している点です。薬研と東雲の対話を通して言葉との向き合い方について、そのポイントを第一話に沿って改めて考えてみます。

言葉の真意を捉えるのに一番重要なこととは?

受けた言葉の真意に到達するために一番重要なことは何なのでしょうか。東雲の持つ能力「共感覚」は常人には備わっていません。ところが東雲は、その能力を羨む薬研にも同じように言葉の真意を見ることができると言うのです。

どうすれば良いのか。東雲の答えは「ひたすら考える。しかし、それはシンプルなようで一番難しいことである」と言うものでした。一つの言葉に対してどこまで考え尽くせたか。それは、相手から受けた言葉に対して自分はどう思ったか、そして、どうしてそう思ったのか、それはどんな信念と関係しているのか。誠実な関係性を築きたい大切な相手とのコミュニケーションでこそ不可欠な姿勢だと筆者も心の底から共感したポイントです。

言葉はあくまで器でしかなく、そこにどんな気持ちが込められているかを考えることが重要なのですね。本作の世界観はファンタジーですが、言葉と向き合うことは誰にでもできるという現実的なアドバイスにはハッとさせられますよね。

「頑張れ」は本当に応援してくれているのか

第一話の冒頭、教員の「頑張れ」という言葉に対し残酷さを感じるという薬研。東雲は「頑張れ」の真意を考えることを提案します。薬研は文字の獣とも呼ばれる虎へと姿を変え、東雲の見ている共感覚の世界「言葉の生息地」へと足を踏み入れることに成功します。

第一話を通して覚えておきたいのは、言葉には辞書に載っている総意の意味と、各々が捉える真意があるということです。総意が真意とは限らないということです。

総意と薬研が導き出した真意、これらの姿を鯨庭先生は慣れ親しんだ動物と見たこともないような姿の獣として表現し比較されています。どんな姿をしているかはぜひ第一話を読んで確かめてみてください!

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薬研が導き出した真意は「非力な力では、あなたを助けられない」でした。投げかけられた「頑張れ」という言葉に優しさではなく突き放し、遠くから見守るだけの真意を捉えたのです。

逃げ回る真意の獣を苦労して捕まえようとする姿で、言葉と向き合い考え尽くすことをマンガの中で表現する。言葉の真意を、獣の姿を描きながら考察する鯨庭先生の想像力と言葉に対する誠実で真摯な姿勢に筆者は感銘を受けました。

人はどこまで考え尽くせるのか

私たちが普段、何気なく発している言葉。それは自身を含む誰かの勇気にも呪いにも成り得る力が込もった器ですが、時に薬にも毒にもならない空虚な器でもあると思うのです。誰しもが東雲のような共感覚を持っていればコミュニケーションにおいて齟齬が生じることはないのかもしれません。しかし、東雲も言うように「他者の気持ちは絶対にわからない」のです。だから、私たちは考えること想像することを諦められません。

東雲の目的は「この世でいちばん美しい言葉の獣を見つける」ことだと言います。それはどんな獣の姿をしているのか、筆者は考えています。「美しさ」も人によって捉え方の違う言葉です。ひょっとしたら、誰かから見たら醜いとさえ捉える姿でも、誰かにとっては美しさを兼ねているのかもしれないからです。

鯨庭先生がこれから描こうとする「美しさ」の真意も、その言葉の総意には留まらない読者の想像力を凌駕する姿形をしている獣かもしれません。そんなことを期待しながら言葉の真意と向き合うことから逃げないでいたいと奮い立たせてくれる作品です。

誰かからの何気ない一言に思い悩んでしまうことが多い方は、ぜひ本作を読んでみてください。きっと、その真意と向き合う勇気を受け取ることができるはずです。

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OGP画像はトーチweb『言葉の獣』掲載ページより
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