A子さんの恋人

近藤聡乃/著

『A子さんの恋人』ユーモラス、けれど胸を打つ。自分を愛せない大人のための物語 

A子さんの恋人』は2020年に全7巻で完結した、近藤聡乃先生の作品です。軽妙な台詞回しとパズルのピースがつながっていくような脚本が魅力のこのマンガ。不完全だけれど、どこか憎めないキャラクターたちが織りなす群像劇に夢中にさせられてしまいます!

どこかダメだけど、なぜか憎めない登場人物たち

何事も優柔不断ではっきりしないA子さんは、29歳の漫画家。見た目は少しだけ地味、ちょっとした普段着にはどてらを愛用する彼女が本作の主人公です。

彼女が3年ぶりにニューヨークから日本へ帰国してくるところからこの物語は始まります。そこに待ち構えていたのは、美大生だった頃から7年間付き合っていたA太郎という元カレでした。

整った顔立ちと、飄々とした性格、そして人当たりの良さで誰からも好かれてしまう彼。

実はA子さん、彼にはっきりした別れを告げられないまま、逃げるようにニューヨークへ飛び立ってしまっていたのです。

気まずい思いで距離を置こうとするA子さんと、しれっと復縁を狙うA太郎。

そこに現れるのが現在A子さんと付き合っているニューヨーク在住のアメリカ人、A君です。

語学に長けていて小説の翻訳者として働いている彼。周囲からは性格が悪いと恐れられているのですが、ことA子さんのことになると様子が違うようです。

彼もまたA太郎と同じように、異国に飛び立つA子さんを引き止められないままニューヨークに取り残されてしまいます。

そこから始まるニューヨーク、阿佐ヶ谷、谷中をまたいだ、A子さん、A太郎、A君の三角関係!この不思議な関係に、グイグイ引き込まれてしまいます。

そして登場人物は皆一癖も二癖もある人たち。彼女らはちょっと性格に難があったり、抜けているところがあったりするのですが、どこか「こんな人いるいる!」と思わせるリアリティーを持って描かれます。

読み進めていくうちに、彼女たちのことがいつの間にか好きになってしまう、そんな愛らしさがこの作品にはあります。

A子さんが自分自身と向き合っていく物語

軽やかなラブコメディとして始まるこの物語、後半に向かうにつれて大きく2つの問題をテーマとして扱うようになっていきます。それは、自分を代わりのいない存在として大切にできないことと、決断を下せずに先伸ばしてしまうことです。

この作品は、帰国したA子さんがカフェで友人たちになぜかスカイツリー土産を渡すシーンから始まります。主人公は「英子」という名前なのですが、「A子」と間違って名入れされたコップ(英語のA!)を何故か気に入ってしまい、友人の「K子」「U子」の分まで作って渡します。

ここでは、名前=かけがえのない自分というものに対するものに対する執着の薄さがサラッと描かれています。

そしてもうひとつのテーマ、A子さんを動かす行動原理が決断の先延ばしです。A子さんは周囲の関係性を固定することから逃げるように、具体的な気持ちを周囲に告げないままニューヨークや日本に飛び立ってしまいます。その行動はまるで、周囲の人々と、そして自分自身と深く向き合うことから目をそらしているかのようです。

これらのテーマは、徐々にA太郎との過去と漫画家であるA子さんのデビュー作をめぐる物語として集約されていきます。

好きだったはずのA太郎の言葉をA子さんが受け止めきれなかったことと、デビュー作の結末をうまくまとめきれなかったこと。2つの過去が交錯しあい、相互に関わり合いながらA子さんを悩ませていくことになります。

それはA太郎との関係についての悩みを飛び越えて、A子さん自身に深く関わる問題である、自分自身を愛せていないことへと帰着していくのです。

そんなA子さんがもがきながらも自分自身と向き合っていくさまが、文学的な筆致で描かれていくところがこの作品の大きな魅力です。

すべてが繋がる珠玉のクライマックス!

そして物語はクライマックスへと加速していきます。

ここまで語られてきたA太郎とA君の間での三角関係、A子さんのデビュー作、そして彼女たちを取り巻く周囲の人々といったあらゆる要素が絡み合い、一つの地点に収束していく脚本はまるでパズルのピースがハマっていくような快感と感動を与えてくれます。

さらに物語序盤から出てきていた小道具や、東京のいろいろな場所の描写をうまく使いながら、終盤にかけて伏線が見事に回収されていくさまに感じる爽快感をぜひ味わってほしいです!

誰がA子さんの恋人になるのか?そして彼女は自分自身を、そして誰かを愛せるようになるのか?

結末はぜひあなた自身の目で確かめてください!

最高のロマンチックコメディ!

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