MIND ASSASSIN

かずはじめ/著

記憶に苦しむ人々へ、『MIND ASSASSIN』は現代にこそ読まれたい名作

皆さんは、消したい記憶がありますか?

もう起きてしまったことは変えられないけど、自分の記憶に行動や情緒が左右されなければ、もっと楽に生きられたかもしれない。そんな自分を縛る、消したい記憶が一つや二つ、あるのではないでしょうか。

『MIND ASSASSIN』は、そんな人を形作る『記憶』をテーマにしたマンガです。1994年からかずはじめ先生によって、週刊少年ジャンプで連載されました。

かずはじめ先生の他の作品には『明稜帝梧桐勢十郎』や『Luck Stealer』などがあります。それらの作品にも共通していますが、細い線が静かな迫力を持っているマンガを描かれます。『MIND ASSASSIN』は先生にとって初めての連載作品でした。

かずはじめ/著
MIND ASSASSIN

『MIND ASSASSIN』の主人公、奥森かずいは、ご近所のおばさま達に人気の町医者です。ドイツ人のクォーターである彼は端正な顔立ちで背が高く、いつもドアの上枠に頭をぶつけてしまうようなうっかり者で、周囲には笑顔が絶えません。

しかし、いつもどことなく遠くを見つめているような彼は、その血筋に辛く悲しい業を背負っていました。彼の祖父は第二次世界大戦中、ナチスによって開発された人を暗殺するための能力をもった超能力者だったのです。そして、心優しい彼にもその人を殺す能力が引き継がれていました。

その能力とは「人の頭部に触れるだけで、その人の精神と記憶を破壊する」こと。彼の両耳につけられたピアスはその制御のためのものです。かつて暗殺のための能力であったその力を、どうすれば人の心を救うために振るうことができるのか、彼は苦しみ、模索し続けます。

MIND ASSASSIN 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)
かずはじめ/著

当時の少年マンガには見られなかったテーマ

『MIND ASSASSIN』の作中には、殺し屋対殺し屋というようなハードなストーリーも含まれますが、その他のほとんどは、あえて派手には描かれていない、日常の近くにある非日常の物語です。

例えば、家庭内暴力や性的虐待、ストーカーなど連載時にはまだ社会的知名度が低く、少年マンガでは取り上げにくかったはずの問題を抱えて、人々は奥森医院を訪れます。

かずいは、いつも人に対して敬語で物静かで理性的な人間です。超常的で残酷な能力を持っていながらも、さまざまな問題を抱えた人々と真摯に相対し、積極的に人を傷つけるようなことを絶対にしません。

必ず静かに悩みを聞きます。言葉で彼らを癒やし、あるいは諌めます。深いヒアリングが、このマンガの特徴でもあったと思います。彼は、人の心は弱く脆いことを誰よりも知っていながら、それでも、人との関わりで人は幸せになれることを信じているのです。

暗殺をするために彼が能力を使おうとするのは、もう本当に後戻りができないほど傷ついた人間の心を救うためだけでした。

救いは日常の延長上にある

全体を通して、その淡い絵柄も相まって、感情が淡々と流れている作品です。絶対的な力を持った主人公が、悪者を倒していく激流のようなカタルシスを感じるものではありません。日常のそばにある黒い悪意を、清流が洗い流していく、そういった作品です。

それをより強く感じるのが、コミックス2巻「闇より来た者」でしょう。

ある日、思いつめた顔をした一人の女性が「人を殺してしまった」と奥森医院を訪ねてきます。しかし彼女はアメリカに行きたいという自分の強い夢も諦めて、真犯人である英会話講師をかばっているのでした。

そのことを看破したかずいは、その英会話講師、スミスと対峙します。その男は殺人のプロでした。かずいの能力よりも早く人を殺せる彼は、かずいと対面しても取り乱すことはありません。そして彼の最初の殺人と、自らの過去を語り始めます。それは不条理な悲しみと、憎しみにあふれた壮絶な過去でした。

そう、このマンガは被害者だけが救われる物語ではありません。重い過去から解き放たれるように、敵として描かれているキャラクターにも救いが与えられるのです。

これは象徴的なことだと思っているのですが、このマンガでは敵であっても奥森医院を訪ねることが多いんですよね。簡単に家バレしちゃうんです。敵に。緊張感のある不思議な時間が流れます。

タイトルの裏にある人を癒やす存在

「MIND ASSASSINとして」、「医者として」という言葉を、かずいは作中で何度も言うのですが、その緊張感のある時間は、「医師として」のかずいによる診察なのだろうと考えます。『MIND ASSASSIN』というタイトルでありながら、実のところこの物語は、心優しい「医師」の物語なのです。

『MIND ASSASSIN』は全5巻という短い巻数ながら、その中で様々な苦しみと救いがあります。超能力モノと聞くとアクションを思い浮かべてしまいがちですが、静かに前を向けるような名作です。

ぜひ一度、読んでみてください!

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