少女漫画誌「Cheese!」にて、ヤングケアラー問題を扱った注目作『この雪原で君が笑っていられるように』の連載が開始しました。
漫画賞への投稿作がそのまま初連載になるという異例のデビューを飾った本作、第一話が掲載されると読者アンケート等で大きな反響があったそうです。
作者のちづはるか先生は、かつて舞台演出家を目指して劇団四季に所属していたというユニークな経歴の持ち主です。
この記事では、そんなちづ先生と、本作の立ち上げを支えた担当編集者・白水美咲さんにインタビューを実施。
少女漫画ながらシビアな社会問題をテーマにした本作が読者の共感を呼ぶ背景と、それを送り出す新進気鋭の作家の姿に迫ります。
この記事に登場する人
ちづはるか
漫画家。「Cheese!」2023年5月号まんがグランプリにてデビュー賞を受賞。その後、「Cheese!」2023年7月号より、初の商業作品となる『この雪原で君が笑っていられるように』を連載中。
白水美咲
担当編集者。マンガワン編集部からCheese!編集部に異動。過去の立ち上げ作品は『プロミス・シンデレラ』『ホタルの嫁入り』『ひともんちゃくなら喜んで!』『女の子が抱いちゃダメですか?』など。
幅広い世代が「介護」の問題に共感
——「ヤングケアラー」の問題を扱った本作ですが、第一話の掲載後、読者さんから大きな反響があったと伺っています。
読者アンケートやTwitterでの引用リツイートで、「今、自分が同じ立場なんですごく共感します」と言ってくれる人が多かったです。
むく(主人公)とまったく同じ状況じゃなくても、親や祖父母とちょっとだけ確執があるといった人たちも共感してくれたみたいで、「読んで泣いた」という感想もいただきました。
父を亡くした主人公のむくは、中学一年生から祖父の介護を続けている。|第一話より引用。無料で読めるURLは記事最下部。
アンケートでも、熱いコメントがいっぱい届いていましたね。
Cheese!は少女漫画誌なんですが、親の介護をしている世代の方にも刺さったようで、10代の読者から40、50代まで幅広い層からコメントをいただきました。
中には、男性の読者さんからの、「共働きの家庭で、娘に弟の世話と家事を手伝わせていたけど、どう思われているか不安になった」といった感想もありました。お手伝いとの線引きって難しいですよね。
——幅広い世代の方にとって、家族の問題について考えるきっかけになったということですね。ちづ先生は、そういった感想をどう受け止めていらっしゃるのでしょうか。
作品に共感してもらえたのが嬉しかったです。連載準備をしていた頃は、「介護というテーマを描いていいんだろうか」という迷いもありました。
やっぱり少女漫画なので、まっすぐ恋愛の話を描いたほうがいいんじゃないか、とか。
けれど、白水さんが「家族の問題は普遍的なテーマだし、描いてみたらどうか」と言ってくださって、挑戦してみることにしたんです。
結果として、普段は少女漫画を読まないという方にも読んでいただけている状況なので、描いてよかったなと思っています。
今後はもっと恋愛模様の描写に力を入れていきますが、ヤングケアラーの問題を描いているという部分でも、関心を持ってもらえると嬉しいです。
家族の問題に悩むむくは、帰郷した幼馴染の優都と再会する。|第一話より引用。無料で読めるURLは記事最下部。
「実は私も」身近にあったヤングケアラーの現場
——どういったきっかけで、このテーマで作品を描くことにされたのでしょうか。
最初は、田舎での四人の恋愛模様を描くということだけ決まっていて、ヤングケアラーというテーマは後から入ってきたものなんです。
私は自然を描くのが好きで、作品の舞台は福井県南越前町というところなんですが、すごく素敵なところで。私自身も、福井県の出身なんですけど。
作品の冒頭、幼馴染の四人は離ればなれに。|第一話より引用。無料で読めるURLは記事最下部。
ちづさんは、地元福井がお好きなんですよね。これまでの読み切りも、地元を舞台に描かれていて。
自然物の絵がすごく上手い作家さんなので、自然豊かな福井は作風との相性もいいし、今回もぜひ舞台にしましょう!とお話ししておりました。
——では、ヤングケアラーというテーマは、いつ生まれたものなのでしょうか?
むくというキャラクターを掘り下げていくなかで、たどり着いた要素だったと思います。
世話焼きとか、姉御肌とか、ざっくりとした性格は決まっていたんですが、どのようにそういった人格形成がされたのかという背景の部分が、なかなかうまく詰められなくて。
困っている人を放っておけない性格のむく。|第一話より引用。無料で読めるURLは記事最下部。
それに、田舎での恋愛物語というだけだとテーマが弱くて、ふわっとしちゃうんです。
そういった部分で悩んでいたとき、白水さんに「身近な話で感情を動かされたものを描いてみたら?」と言ってもらって。
私自身が家族の介護をしていたわけではないんですが、小さいころから母や叔母が祖父母の介護をしている様子をそばで見ていて、それに言語化できない感情を抱いていたなと話して。
それって、今回の舞台にもハマりそうだし、体感として分かっている部分もあるから、描きやすいテーマなんじゃないかなと。
——もともと介護の問題に少なからず関心があったということですね。
ヤングケアラーという言葉については、作品を描くための調査をしているなかで、社会問題として取り上げられていることを知りました。
当時、周りの友だちにこういう作品を描こうと考えていると話してみると、「実は私もそうだった」という話が何人かからポロポロ出てきたりもしましたね。
今は専門家の方に取材を重ねて、社会問題について誤った認識を広げることのないよう気をつけつつ、執筆してもらっています。
漫画賞受賞から2ヶ月で連載へ
——本作は、新人賞への投稿作がそのまま連載になったのだと伺っています。ちづ先生も、驚かれたのではないでしょうか。
何が起こっているのか分からないという感じですよね(笑)。もともと、去年の春頃から作品の構想を始めました。
その後、Cheese!の「まんがグランプリ」でデビュー賞の受賞の連絡があったのが今年3月で、すぐに連載が決まり、5月にはCheese!で第一話が掲載されました。
そもそも一ヶ月に1回、30ページ以上の漫画を描くこと自体初めてなので、ありがたいけど怖かったというのが正直な感想です。
私も驚きましたし、正直いきなり大丈夫かと心配してました(笑)。
——今回の連載に至るまで、どういった道のりを歩んでこられたのでしょうか。
最初に商業誌に掲載されたのはゼロサム(「月刊コミックZERO-SUM」)で、別名義なのですが『恋募方程式』という読み切り作品を描いたんですけど。
コミックゼロサム12月号で読み切り漫画を掲載して頂ける事になりました!数学大好き理系男子倫太郎と体育会系脳筋女子一加が垣根を越えて仲良くなったり問題解決に頑張ったりする漫画です!読んでもらえたら嬉しです…!
よろしくおねがいします!
読者アンケートも送ってもらえたら嬉し嬉しです…🥺 pic.twitter.com/wtr9ckDLDF— 千寿成 (@ccchizunaru) October 30, 2020
その読み切りを見かけて、私からお声がけしたんです。キャラクターの笑顔が可愛くて、すごく引力があるなと。
絵のタッチも、ちづさんはデジタルで描かれているんですけど、どこかアナログっぽい味があって、素敵なんですよね。
お声がけした当時、私は「マンガワン」の編集部にいて、そこで一緒に月例賞に応募する読み切りを一本作りました。
その後、私がCheese!に異動になったので、一緒にまんがグランプリに投稿しようということで、『この雪原で君が笑っていられるように』の執筆に繋がるという流れです。
実はまんがグランプリの結果が出る前に、本作のキャラクター紹介漫画を描いたんです。
それをTwitterに掲載すると7000回以上リツイートされ、またpixivでもpixivマンガ月例賞に選んでいただき、たくさん読んでいただけるということがありました。
10年振りに会った幼馴染がなんかすごい変わってて驚いた話(1/2)#漫画が読めるハッシュタグ pic.twitter.com/JvdGz49dff— ちづはるか❄新連載 (@harupeace6) February 1, 2023
結果待ちの期間そわそわしちゃって、この子たちをとにかく描きたいという気持ちで描いてみたんですけど、実はこのとき、まだ自分のなかでキャラの性格が掘り下げきれていなかったんです。
本編とは別のショートストーリーを描いてみることで、自分が描こうとしているキャラクターたちがどんな人物なのか、より理解が深まったので、描いてよかったなと思います。
舞台芸術の経験が漫画に活きる
——漫画自体は、いつから描かれているんでしょうか?
絵は幼い頃からずっと描いてて、中学生の頃から漫画をSNSに投稿したり同人誌を描いたりはしてたんですが、それはあくまで趣味で、漫画家を目指していたわけではないんです。
私はミュージカルが好きで、学校でも舞台芸術を学んでいて。夢は劇団四季で舞台演出家として仕事をすることでした。
卒業後、憧れていた劇団四季に入ることができて。すごくやりがいがあって楽しかったんですけど、働いてみると目指したいものと違うなと思うことがあって。
演出家としてうまく指導するには、自分で演技できたほうがいいと言われていたんですけど、演者としての技術を身につけたいわけではなかったんです。
私が興味を持っているのは物語や作品を作ることであって、それを達成したいと思ったときに、漫画という手段があるなと。
そこで初めて漫画を仕事にしたいと思い、劇団四季をやめて絵の勉強を始めたんです。
——漫画を描くために、いきなり劇団を辞めたんですか?
すぐに辞めました。そうしたら当たり前なんですけど、めちゃくちゃ貧乏になって(笑)。
絵は始めたばかりだからまともに仕事をもらえないし、バイトもしていたんですけどとても食べていけなくて。
また漫画を描くにも、それまで授業で建物や景色の絵はよく描いていたんですけど、人物を描くことはあまりしてこなかったので、改めて勉強し直して。短期間でものすごい量を描いてました。
挙げ句の果てに、夜遅くまで絵を描いているからバイトに遅刻するようになり、「これはだめだ」と東京を出て福井県の実家に帰りました。
家族に支えてもらえたので、絵に集中できて少しずつお仕事をもらえるようになり、デビューすることができました。
——趣味で絵を描かれていた経験があったとはいえ、漫画家になるためにすぐ職場を辞めるとは、すごい決断ですね。
でも今思えば、舞台芸術について学んできた経験が、漫画を描く上で活きているんです。
『この雪原で君が笑っていられるように』の一話だと、むくが現実から読書へと逃避していく表現をどうすれば視覚的に伝えられるか考えたとき、「水中」をモチーフに使おうと発想したりとか。
読書がむくの心の拠り所になっている。|第一話より引用。無料で読めるURLは記事最下部。
また、舞台芸術って「表現するためのもの」と言われることもあるんですけど、要は戯曲が最初にあって、そこに演出が付いていくという順番なんです。
そういった演劇的な考え方が自分の中に根付いていて、私が漫画を描くときは、何より言葉選びを大切にしているんです。
第一話の「この家は愛が飽和している」とか、よくこんなセリフが出てきたなと思いました。
家族愛に溢れているがゆえの居心地の悪さを形容しているわけですけど。
家族のしがらみに囚われるむく。|第一話より引用。無料で読めるURLは記事最下部。
私の中のイメージとしては、むくは水中で息ができなくて苦しいような状態だったんです。
そこで関連する言葉を検索していたら、水中で酸素が多すぎると魚が死んじゃうみたいな話が出てきて。
家族の愛で溢れて身動きが取れないような状態って、それに似ているなと考えて、こういったセリフになりました。
——「水中」をモチーフに、演出やセリフがまとまっていったわけですね。最後に、本作の今後について、お聞きできる範囲で伺えますでしょうか。
どういうラストになるかは決まっていて、すでに最後のページのコマ割りまでイメージできていて、その場面が好きすぎて一人で感動してよく泣いています(笑)。
初連載でうまくペースを掴みきれない部分はありますが、イメージするラストを描くことができたらいいな、と願っています。
そこに一人では辿り着けないので、担当さんに支えてもらい、読者さんに応援していただけるような作品になるように、がんばります!
というわけで、『この雪原で君が笑っていられるように』作者・ちづはるか先生のインタビューでした。
ぜひあわせて、本作の第一話をお読みください。下記URLから無料で読めます。https://cheese.shogakukan.co.jp/category/chidu_haruka_001/
ちづはるか先生が連載するきっかけになった、「Cheese!まんがグランプリ」の応募はこちらから。https://cheese.shogakukan.co.jp/mgp/