『ふしぎの国のバード』は、19世紀から20世紀初めにかけて世界各地を訪れた実在するイギリス人女性冒険家イザベラ・バードが、懐かしくも驚きに満ちた明治初頭の滅びゆく日本古来の生活を記録に残しながら旅をする物語です。
通訳の伊藤鶴吉(イト)をひとり連れ、日本人すらも踏み入ったことのないルートで東京から蝦夷が島(北海道)に住むアイヌの人々を目指す旅は、日本の魅力を再発見できるだけでなく、前人未到のチャレンジを実現するためのメソッドがちりばめられた作品です。
イトを通してみるディスカバリー・ジャパン
バードと旅をする伊藤鶴吉(イト)も実在する人物で、幼い頃から西洋人の従者(ボーイ)として働いており、英語は独学で習得しました。18歳にして鉄道員や、米国公使館での勤務経験もある経験豊富な通訳です。
彼は愛国心が強く見栄っ張りなところもありますが、歳の割に落ち着いていて、冷静というよりはあまり冒険をしないタイプ。甘いものには目がないカワイイ一面もあります。そして、何よりとっても勉強家です。本人は学校教育を受けていないことを引け目に感じながら、「教わる場所がないから自分で何とかせねば!」という思いで通訳やガイドとしてのスキルを習得しました。
イトの努力の源は、ひとえに「恥ずかしい思いをしたくない!」という思い一心だったのかもしれません。そのための努力を怠らないところなどは、虚栄心が高いからこその努力が垣間見えます。
強い愛国心ゆえか、自国の地方文化を卑下しているイト。その様子は古い日本を切り捨て、蓋をして全く新しい日本に生まれ変わらねば諸外国から置いていかれてしまうという焦りからきているように思えます。イトの目線で語られる当時の日本は、遠い遠い昔のようで、どこか懐かしさと共に、過去と現代のつながりを感じられます。
【8月12日発売】『ふしぎの国のバード』7巻(著・佐々大河)
秋田に向かう途中。雄物川を渡るために船着き場にやってきたバードと伊藤は、男女の修羅場に鉢合わせしまう。
離縁状として使われてきた「三行半」、その知られざる歴史とは!?
今も昔も夫婦の仲は色々ですね。ニッポン再発見紀行、最新刊! pic.twitter.com/BhYcepM92e— ハルタ (@hartamanga) August 7, 2020
隣の芝は青い?メリットの裏にデメリットがあることを想像する
明治初期での日本では、大人たちは子どもたちを大層かわいがり、それでいて子どもたちは親の言うことをおとなしく聞くことが当然と赤ん坊の頃から教えられて育ったようです。それは「躾」というよりは、ただただ子どもを大切に育て、それに子どもが応えるような関係だったように思えます。
自分の子どもがどこの子どもよりも立派でかわいいと村中に自慢する親や、常に子どものことが話題になる様子から、「無条件に愛される子ども時代」と、バードは旅行記に記しています。イギリスの母親たちが子どもたちを脅したり、鞭や罰を使っていやいやながら服従させるような光景(※)は当時の日本では見られなかった、とも記しています。
現代社会ではまるで当たり前になってしまった躾や罰は、明治初頭の日本にはなかったというのは驚きです。このエピソードはマンガによる誇張ではなく、本作の原書となる『日本奥地紀行』」にも記されています。当時も今も、お手本として日本文化に取り入れられている西洋文化には、いい面だけでなく悪い面もあることを忘れてはいけないのだと思います。
チャレンジングな旅から学べる自分の殻を割る方法
好奇心を持つ
バードを突き動かすパワーの源は、「未知への遭遇」が生きる実感に繋がる、知的好奇心ただ一つ!
彼女が旅をする理由は、キリスト教の教えを日本に布教するためでもなければ、イギリスでは珍しいものを見つけて貿易で成功するためでもありません。そんな、冒険家としての純粋な気持ちが、時に「絶対やりたくない!」「つらい!」という気持ちを上回って、目的のためにひたすら邁進する、実行力になっているのです。知りたい、やってみたい気持ち全開で、後先考えずに行動する子どものように、好奇心を原動力に周囲が絶対やらないことをやっていくバードはその時47歳!チャレンジに年齢は関係ないんです。
行動第一!情報は集めすぎない
事前に情報を得ることが難しいこの時代の旅では、情報は現地で仕入れるしか方法がありませんでした。ですが、そこは旅慣れたバード。必要最低限かつ、現地では手に入れられないもの以外は物も情報も全て現地調達することを前提に旅の準備をします。あれこれ考えて動けなくなるより、まず行動!そして、行動したうえでの微調整を繰り返す。割り切ったその考え方は何故か今の時代にもマッチしているから不思議です。スマホはなくても、現地でその時に必要な情報を集める。そのために通訳のレベルにはとことん拘ったバード。イトは当時で言うスマホだったのです。
1に準備、2に先読み力、3・4がなくて、5に覚悟
情報がないとはいえ、全く準備をしていなかったわけではないバード。調べられることはとにかく調べまくって旅に臨みました。バードがすごいと思うのは、得られない情報を切り捨てられる潔さと、不安を解消するための、事前の準備に余念がない事だと思います。
大まかな行程に合わせて、キーポイントとなる宿場町や都市の情報収集、旅程の途中で会える知人との連絡を怠らないこと。連絡の手段が手紙でしかないこの時代で、旅行の行く先々で、手紙を転送してもらい、イギリスに住む妹からの手紙を受け取っています。そして、決して安全ではない見知らぬ土地を旅して、何がなんでも目的地に辿りつくんだという覚悟。道中どんな事があっても前へ前へと進もうとするバードには、「何が何でもやりきるのだ!」という覚悟が透けて見えるのです。
厳選した持ち物に、情報。そして道中困った時に頼れる知人と、疲れた心を癒す遠く離れた家族との交流。それは、女一人で旅を続けるために、彼女自身が試行錯誤を繰り返して辿り着いた旅の秘訣だったのかもしれません。
自分の主観を切り捨て、「事実」を捉える
明治初期における、日本での成人女性かどうかの基準を知って心動かされるバードは、自分の価値観では耐えられないと思うことであっても、相手の文化では誇らしいことなのだと理解し、共感できなくても日本文化そのものを理解するように努めます。
バードが日本各地で出会う人の考え方や風習を一つひとつ体験するなかで、彼女が日本を本質的に理解したいという姿勢はとてもフラットで偏見がなく、目で見たもの、感じたことを自分の価値観と照らし合わせながらも、その国の背景や心情を汲み取ってできる限りそのまま理解していきます。
バードが異文化を理解していく過程をみていると、共感や納得ありきでの行動ではないことに気づきます。相手の状況や物事の背景をまるごと理解しようと葛藤しているバードは、共感や納得という主観を切り捨て、「事実」に焦点をあて、そこで何が起こっているかをそのまま記録しています。
この作品には旅に限らず、知らないところに飛び込むとき、誰も見たことがない新しい文化が生まれる過渡期、新しく何かを始めた時に活きる処方箋であり対処法のようなメソッドが詰め込まれています。
物事の違いを理解した上で、フラットに偏見なく見るチカラを鍛える!10年先が見通せない今だからこそ読みたい作品です。