スピンナウト

西森博之/著,春風邪三太/著

『スピンナウト』は異世界で本当のカッコよさを君に問う

引っ越しの準備をしていたら押入れの腐海から少し厚めのマンガ4冊、埃をかぶった『スピンナウト』が出てきました。未読の方のために、少し語らせてください。逆に「『スピンナウト』! その響き、懐かしくて涙出る!」と思われた方、ぜひ友達になりましょう。

スピンナウト
西森博之/著,春風邪三太/著

最近『今日から俺は!!』がドラマ化され、映画化もされることは記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。『スピンナウト』は、その『今日から俺は!!』の作者である西森博之先生、そして春風邪三太先生による共作であり、ここ数年で言うところの「異世界転生モノ」(という括りでいいか迷うけど)です。

スピンナウト (全4巻) Kindle版

ハードモード異世界転生

『スピンナウト』は前世紀の終わりに週刊少年サンデーで連載されていました。全4巻という短めの巻数ながら、『今日から俺は!!』に通ずるコミカルな描写、熱いバトルシーン、そして揺るがぬ友情で世界を救う力強い作品です。

チビながら規格外の怪力を誇る高校生サツキは、ある日、謎の不気味な声と激しい光に包まれて、その巻き添えになったマコトとともに、中世色の強い異世界に飛ばされてしまいます。そこでキャラの立った人々との出会いを重ね、仲間たちとともに、物語のラスボスであるカザナン撃破に向かう――。

そんな王道の胸アツストーリーが展開されます。でも最近トレンドの異世界転生モノと違って最強の力を持ったまま転生とかではないので、サツキ、マコトは奴隷から始まるんです。なんか不思議な力が働いてその世界の言葉が通じるわけでもない。人々が何言ってるか分からないので、普通に学習から始まります。ハードモードの異世界転生モノの方なんですね。

まずそこが熱い。

サツキは初め何も持っていないんです。怪力だけ。実はその世界の重要人物と少なからず関わりを持っているという設定はあり、それが物語の核とはなっているのですが、サツキ本人はそのことを、物語の最後まであまり意識していません。

あくまで彼は彼自身の意思と力で、異世界を渡っていくのです。

サツキの成長を理解する物語

サツキの判断基準は「カッコいいか、悪いのか」で、そのポリシーに沿っていれば、自分が不利になることでも関係ないし譲らない。しかし一見、破天荒でしかないその言動は、彼なりの思考が含まれていて、実はただパワーで押すだけの浅い男ではありません。

この物語は基本的に主要人物の肉親が人質に取られていて、主人公たちが身動きできないという酷い状況から始まります。その打開から始まるサツキは、「何がカッコよくて、何がカッコ悪いのか?」を常に考え、軽快に、迷いなく実行する。彼はその言動で「お前ならどうする?」と読者に必ず問いかけてきます。

その彼の選択を見て、僕らは彼の「カッコよさ」の概念が徐々に分かってくるんです。入ってくる、と言ってもいい。「ああ、こういうことか。サツキならこうするんでしょう」と思えるようになってくる。サツキは必ず、それを実現してくれる。僕らを信じさせてくれる主人公なんです。

彼は決して常勝ではありません。割と敵に負けますし、逃げます。でも自分を絶対に曲げません。「俺カッコわりー」と敗北する彼の背中には、リベンジを約束してくれる力強さに満ちています。自分の弱さも認めて、たった4巻のあいだに、仲間ともども確かな成長を感じさせてくれるのです。

それが物語全体の爽快感を、この上ないものに高めています。

強いか弱いか、カッコいいか

カザナンとのラストバトルを控えた最終局面直前、僕の最も好きなシーンはカザナンと刃を交えるのその直前にあります。カザナンを裏切ったというカザナンの右腕エンリクが、果たして本当に味方なのか、それともやっぱり敵なのかが判明する。

そこでサツキがエンリクを無言で見つめるシーン。

この瞬間にこそ、サツキが物語中で培ってきた強さや、そこからくる余裕にあふれていて、「カッコいいとはこういうことだ」と読者を畳みかけるシーンなんです。「カッコいいっていうのは、その時点の強いとか弱いとか、勝ちとか負けとかだけじゃねえ」と、その強い眼差しが訴えてきます。

その後のエンリクの短い言葉と、待ち受ける悲惨な運命、そして感動のフィナーレはぜひマンガでご覧ください! ただ、こんなマンガを見つけたら、引っ越しの準備なんて進むわけがないので気をつけてくださいね!