アートにも近い表紙に目を奪われ、ジャケ買いするように手に取った本作。むつき潤先生の『バジーノイズ』はSNSと密接に関係している音楽業界の今を切り取った作品です。音楽マンガに新しい風が吹き込まれたのを感じることができます。
ノイズが紡いでいく物語
マンションの管理人をしながら、音楽制作に励む主人公:清澄(キヨスミ)。やがて、マンションの住人達からは騒音(ノイズ)として苦情が寄せられるようになります。しかし、上の階に住んでいた潮(ウシオ)にとっては、辛い時の支えとなった大切なものでした。
自分が好きな音楽を作る。ただそれだけで満足していた日々は、潮の登場により半ば強制的に変えられます。それは清澄にとっては、自分の領域を脅かすノイズです。
潮が清澄の音楽をSNSにアップしたことにより、意図していないバズが起こります。しかし、清澄の楽曲が拡散された先に待っていたものは、望まないものでした。周囲の勝手な期待。人を使い捨てするようなレーベルの指示。ノイズの海に埋もれた清澄を救うものとは?
ノイズが紡いでいく物語の続きは本編でお楽しみください。
作中に感じられる今っぽさの正体
今っぽいということはできるけれど、その正体は何か?要素を分けて探りたいと思います。
主人公像
主人公の清澄は言わば、ミニマリストです。家財道具もベッドと音楽用品以外はほとんど何もありません。決められた仕事をこなし、定時に帰り、音楽を作る。そのシンプルな生活を毎日送っています。音楽を作ってはいるが、仕事にしようとは思っていない。本当にやりたいことは趣味でいい。
ある意味、欲がないともいえます。この欲のなさこそが、何でもすぐに手に入れられる現代の反動であり、今を象徴するものであると思います。
表現方法
音楽マンガでは音の瞬間的な勢いや力強さを表現する為に、直線的な表現で描かれることが多いと思います。ですが、本作においては音がゆっくりと浮かんで包み込むような柔らかな球体として描かれます。
作中の表現を借りると、チルい。(「チル」というのは、落ち着いた、くつろげるような音楽に対して使われます。)ロックやクラシックではない、思わず体を揺らしてしまうようなシティポップを描いたこともまた、今を反映していると言えるでしょう。
SNS
本作を語る上で切り離せないのがSNSです。作中では、Twitterにアップした動画がバズり、拡散されていくさまが描かれています。今の時代、アーティストもSNSで発信をしていくのが、スタンダードであると言っても過言ではありません。
発信力の高さが売上に繋がることをリアルに描写しています。もちろん、フォロワーの数やRT、いいねの数が作品の質と一致する訳ではありません。ですが、その側面があることもまた事実であると言えます。
徹底的な取材
本作は徹底的な取材に基づいて作られています。その証拠に、最終5巻のSpecial Thanksには、多くの協力者の名前が連なります。アーティストだと、King Gnu井口さんやSKY-HIさん。Sony Musicさんなどのレーベルや、ストリーミングサービスのSpotifyさんなど多種多様です。
取材によってもたらされたのは、音楽業界の両端のリアルです。レーベルに所属せず、個人配信することのメリットとデメリット。レーベルと組んで音源制作する意義と、そこに携わる人々の熱意。嘘ではないリアルな今を切り取ることができたのは、徹底的な取材があってこそでしょう。
ノイズとは、成長痛である
人は何か知らないことを始めようとする時、多くの場合は痛みを伴います。上手くいかないもどかしさや面倒臭さ、他人からの否定的な意見などによるものです。自分の中で決めたルーティンに従って日常を過ごすことができれば、痛みは少ない。そうなると、自分の中だけで完結する日常を壊すものは、ノイズにしか思えないでしょう。しかし、ノイズは小さくなったひとりよがりの世界を広げ、成長するきっかけになると思うのです。いわば、ノイズは成長痛なのだと。
心には限界があります。だから、ノイズを多く摂取する必要は全くありません。自分の許容できる範囲でノイズを取り入れていく。これが自分の世界を広げ、退屈な日常を変える唯一の方法だと思います。日常に退屈を感じ、新たな一歩を踏み出したいのであれば、『バジーノイズ』を是非オススメします。