刑務所の受刑者が、一般の方向けに髪を切る。外側だけ見れば刺激的な内容に見えますが、心温まる内容になっています。『塀の中の美容室』は、桜井美奈先生の原作小説を、小日向まるこ先生がコミカライズした作品です。
小日向まるこ先生が公開した第一話はTwitterで15万いいねを超える反響となりました。
刑務所の中の美容室で髪を切られる話 pic.twitter.com/AE7hNGSCvG— 小日向まるこ (@MARU_CO_415) August 28, 2020
繊細なバランス感覚の上に成り立つ、家族愛に溢れた再生の物語
刑務所の中に建てられた美容室があります。壁と天井一面に青空が描かれたその美容室で、小松原葉留は美容師をしています。そんな塀の中の美容室に髪を切りに来る、一般のお客さんや家族との交流を描きます。
美容師の資格を取るには長い時間が必要となります。つまり、資格を持っているということは同時に、小松原葉留が重い犯罪を犯したことを意味します。
罪を犯した者と、巻き込まれる家族。どちらかに偏ることなく、両者を丁寧に、繊細なバランスで描きます。犯罪を助長することなく、犯罪に対して同情するでもない。それでも、罪を償った後は許されなければならない。家族愛に溢れた再生の物語となっています。
髪を切っても、積み上げてきた過去を否定することはない
髪を切るきっかけは人それぞれです。ただ長くなったからというだけでなく、気持ちを整理するためだったりもします。作中で、髪を切らざるをえないお客さんが、やや自暴自棄気味に髪を短くしようとするシーンがあります。そんなお客さんに、自身の髪でウィッグを作ることを勧める小松原。その時のセリフがとても印象的でした。
過去を、忘れようとして髪を切る人がいます。過去を忘れないようにと、髪を伸ばし続ける人もいます。だとしたら、過去を大切にしようと、そばに置いておく人がいてもいいと思うんです。
過去と訣別するのではなく、積み上げてきたものを肯定してあげることも大切なのだと教えられます。
井の中の蛙大海を知らず されど空の青さを知る
井の中の蛙大海を知らずということわざがあります。
塀の中で過ごす小松原は言わば井の中の蛙です。しかし、そのことわざには日本独自で生まれた続きがあるとされています。それが、されど空の青さを知る。狭い世界だからこそ、ひとつのことを深く知ることができる、という意味です。
私たちは、いつでも空を見上げることができます。しかし、当たり前にあるからこそ、見上げることが少ない空の青さを、どのくらい知っているのでしょうか。物語のテーマとして幾度となく登場する青空。『塀の中の美容室』は、晴れ渡る青空のような、清々しさを与えてくれます。