大奥

よしながふみ / 著

男女逆転『大奥』ついに完結!パンデミック、ジェンダー論争…暗闇に一筋の光を灯す

2004年に連載が始まった、よしながふみ先生の『大奥』。最終巻である19巻が2021年2月26日に発売され、16年半という長期連載に幕を下ろしました。

手塚治虫文化賞マンガ大賞をはじめ、ジェンダーへの理解に貢献した作品に贈られる文学賞であるジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞(現:アザーワイズ賞)など、連載中から多くの賞を受賞してきた作品です。

一般的に大奥といえば、将軍の御台所や側室が生活をする男子禁制の女の園です。本作品では、赤面疱瘡(あかづらほうそう)と呼ばれる若い男子にのみ感染する致死率80%の疫病により、男性の人口が女性の4分の1まで減少したことで男女が逆転し女性が政を行う世の中が舞台となっています。

フィクションと侮るなかれ!驚きの史実とのシンクロ率

『大奥』では、教科書に出てくる徳川幕府時代の主要人物や用語は全て登場するといっても過言ではありません。ただ一つ、男女逆転していることだけが歴史と違うだけ。読み進めるたびにこれ知ってる!と気付くのですが、男女が逆転していても違和感や矛盾点がなく、歴史をうまく再構築させていることに圧倒されます。

特に私は、5代綱吉が発令した生類憐みの令の背景に、綱吉の父である桂昌院が3代家光時代に犯した罪と一人の娘として父を裏切れない綱吉の想いが重なっていてそう繋がるのか!と心を鷲掴みにされました。

男女逆転の世界を通して考えるジェンダーの壁

『大奥』の世界では、男子は家庭で大事にされ、仕事も家事も子育ても全て女性が行う社会になっていき、それは国を動かす将軍職も同様となります。そして女性が社会を動かしていく世の中はしっかりと発展し、成り立っていきます。これは男女格差に対するアンチテーゼとも読み取れます。

第7巻で8代吉宗は、昔は男性が仕事をして女性が家庭を守るという時代であったことを知り、合理的だと言いつつもある疑問を呈します。それは、血統で家を継ぐことが大事なのであれば当主は男系よりも女系である方が道理は通っているのではないかということ。

この理屈、私は妙に納得をして、ジェンダーとは一体何だろうかと現代に続く問題を意識するようになりました。

終盤では、人は能力を発揮できる適材適所に採用することが大切で、ジェンダーや身分は関係ないというリーダーたちが現れます。これは現実においても、いまだ成し遂げられているとは言えません。その難しさを表現するかのように、作中では諸外国に舐められないよう、幕府の公の文書では男性社会であるように事実をゆがめて記録しています。

幕末から150年以上経過した現代、いつになれば格差のない世界になるのかという風刺の形をとった訴えが込められているように感じます。

あったかもしれない世界から浮かび上がる疑問こそが魅力

11代家斉、12代家慶をはじめ、終盤の登場人物は史実どおりの性別になりますが、よしながふみ先生いわく写真が残っている人物は天璋院以外、史実どおりの性別にしたとのことです(「好書好日」より)。

他の将軍たちは肖像画での記録しかないため、本当に女性だったのかもしれないという気持ちを抱き、フィクションの醍醐味を味わえます。唯一、写真が残っているのに性別が逆になった天璋院ですが、これについては最終巻で納得の展開が待っています!

最後まで読んでもなお、いえ、最後まで読んだからこそこの大奥こそが真実で、今私たちが知っている歴史は事実と異なるものなのではないかという錯覚を覚えます。精密につくりあげられたこの徹底した世界観は、片足を突っ込んだら最後!

そしてさらに、私たちに物事の本質を捉えるための疑いの視点を与えてくれているのではないでしょうか。

託されたそのバトンを未来にどう繋ぎますか

作中を通し主要人物たちは、誰ひとりとして己の功績に満足ができていなかったように映りました。それは時に無念となり、希望を託すバトンとして繋げられてきました。多くの将軍や側近たちはこの国の未来を按じ、幸せを願い、政をしてきました。

コロナ禍で国と自分の生活との繋がりを感じざるを得なくなっている今だからこそ私たちもこのバトンを受け取り、未来に思いを馳せる必要があります。

作中、赤面疱瘡は長年治療できない病気でしたが、中盤では予防策を見つけ、拡散させることに注力していきます。国を豊かにできるのは人です。人はどんな困難が立ちはだかろうとも負けないという希望がこの作品には込められています。

物語が完結した今こそ、じっくりと読んでもらいたい作品です。

逆転の歴史、完結

大奥 (全19巻) Kindle版

本記事は、2021年度4月にアルのライターとして加入した新人の皆様の最初の記事をGWに一挙公開する「Golden Rookie Week企画」の一本として掲載されています。ニューカマー達の活躍を今後も見守ってあげて下さい!