トランスジェンダー(Xジェンダー/ノンバイナリー)として生きるマンガ家、ペス山ポピー先生が自身が過去に受けた性被害の実体験と、幼いころから感じてきた自身の体への違和感、生きづらさの正体と真正面から向き合い、前を向いて歩んで行くまでを描いたジェンダー・エッセイマンガ『女(じぶん)の体をゆるすまで』。
本作は2020年8月27日より「やわらかスピリッツ」にて連載スタート、多くの読者の反響を受け本日2021年7月30日、待望の単行本上下巻が同時発売されました。
今回ペス山ポピー先生と作中にも登場する本作誕生の立役者の1人、担当編集者のチル林さんにもインタビューを実施。日本でセクシャルマイノリティとして生きる厳しい現実、性被害をテーマとした作品が連載に至るまでの経緯、そして作品を通して読者に伝えたい思いを本音で赤裸々に語って頂きました。
インタビューに登場する人
ペス山ポピー先生
暴力を受けることでしか興奮できなかった自身の被虐趣味=マゾヒズムと、突如訪れた初恋を描いた前作『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました』はベストセラーに。
性自認は男性寄りの中性、性対象はバイセクシャル、肉体的性別は女性というトランスジェンダー(Xジェンダー/ノンバイナリー)。
チル林さん
本作の担当編集者。名前にあるチルとは「のんびり」「癒し」という意味。柔らかい物腰とゆったりとした雰囲気からペス山ポピー先生が命名。
簡単ではなかった連載決定までの道のり
ーー今回の作品のテーマはどのようにして決まっていったんでしょうか?
2~3年前、前作が終わった直後くらいにチル林さんに連絡を頂いて、「スピリッツでも描いてみませんか」と声をかけて頂いたのがきっかけです。
最初は別のテーマを描こうとしたんですけど、私の中で避けて通れないくらいの大きな出来事が性に関することでした。そして私の過去は2013年に受けたセクハラによって精神的に壊されてしまい全てバッドエンドという形に収束して終わっていて。それ以降はずっとバッドエンド後の生き地獄みたいな感覚で生きてきたので、セクハラをちゃんと描かないと小学校の頃の自分にも中学校の頃の自分にも向き合えないなって思ったんです。
なのでセクハラがテーマにならざる得なかったっていう感じ。もちろん当時のことに向き合うのは簡単なことではなかったので描くまでに1~2年かかってしまいました。
ーー過去のトラウマ、性被害のことに向き合うのは凄く勇気と気力が必要だったのではないかと作品を読んでも伝わってきました。作中では精神科、カウンセリング、弁護士への相談などご自身で積極的に行動されていますが、行動できたきっかけというのはなにかあるんでしょうか?
このマンガを描いて担当のチル林さんに見せたことが一番私が行動力を発揮した所だと思います。あとはチル林さんに助けられながら、次はこうした方がいんじゃないかと相談しながら作品に取り組むことで、セクハラについて向き合うためのエンジンがかかって来たと思います。
あとはMeToo運動にも励まされました。この運動は性的マイノリティへの配慮にも密接に結びついていると思っていて、時代の変化を感じました。
「自分が自分のままでいてもよかったんじゃん」という感覚を持てたことが作品を描く助けになって。もとから行動力があるほうではなかったので、本当に人に助けられて出来たことだなと思います。
ーー性被害、セクハラ、そしてセクシャルマイノリティというテーマの作品を連載するに当たって大変だったこと、気を付けていたことはありますか?
連載に至るまでは本当に大変でした。
大変でしたよね。
まず今回のマンガは実際にいらっしゃるマンガ家の方、加害者であるX氏への告発を含んでしまうので、このX氏は誰だと犯人探しをする人がたくさん出てきてしまいます。でもこの作品はX氏を告発したいのではなくて、ペス山さん自身が前に進んでいくためのマンガであるということをきちんと伝えることが一番大事な仕事だと思っていました。
連載が通るまでは作品のことをスピリッツの編集部や会社のいろんな人に誤解なく分かってもらうためにプレゼンしました。ここが一番努力したところです。
ーー今回の作品が青年誌であるスピリッツで連載されたことがすごく革新的だなと感じていました。努力の結果だったんですね。
スピリッツという媒体は読者だけでなくやはり編集部も男性が多いのですが、この人たちを説得できなかったら作品を世に広めることができないと思っていました。まずは編集部の人たちがこれを連載する意味があるマンガだと思ってくれたこと自体がすごく嬉しかったしがんばろうと思えました。
マンガという表現方法でしか描けなった性被害の痛み
ーー物語序盤のセクハラ、パワハラを受けるシーン、幼少期の親友だと思っていた男の子からの性被害のシーンそれぞれの表現力がすさまじかったです。
セクハラのシーンの全部はトラウマ的に焼き付いているので、表現するのに一番困りませんでした。この表現しかないと確信が得られるくらい沁みついていたので、むしろ困ったのはあんまり覚えていないシーンの方でした。
ーーとくに第2話の背中に手を置かれたシーンでは1ページに1枚画でセクハラを受けたときの痛み、苦しみ、怒りが視覚的にダイレクトに伝わってきました。
この後の危機迫る1ページは是非本作でご覧ください!
これを表現できたらゴールだなって思っていたシーンですね、比較しにくいんですけど、例えば刃物で刺された方がマシだったというくらいに心を痛めつけられたんです。そのときの痛みは言葉ではとても表現できない、感覚とかああいった絵でしか表現できなかったのでマンガという表現を選んでよかったと思いました。
過去を認めて見つめることって超格好いいこと、怖がらずに読んでみてほしい
ーーペス山先生が過去や自身と向き合いながら前に進むために描いてきた今回の物語が完成し、書籍として発売されることになりました。この作品をどんな人に届けたい、読んでほしいと思っていますか?
今回の作品を連載してみて最近気が付いたのは、女性読者には比較的すっと抵抗が少なく読んでもらえているみたいなんですが、男性で異性愛者、所謂社会の多数派の方は読むのに抵抗を感じる作品なのかもしれないということです。でも怖いもの見たさでも良いの読んでみてほしいなっていうのはありますね。
もしかしたら読んでみて自分が責められてるような気持ちになってしまう人もいるかもしれない、でもこの世界を生きてきて一度も人を傷つけたことがない人、傷つけられたことがない人っていないと思うんです。誰しもが加害者であり被害者であり得る。
なので過去の自分と向き合って、もし間違いがあったらそれを認めて見つめなおすことって大事だし、超格好いいことだと思います。
『女(じぶん)の体をゆるすまで』の中には大きくいうとパワハラの話とペス山さんのジェンダーにまつわる話の2つの軸があります。そのどちらもが今を生きる私たちに大切なテーマであると思っていて、必要と感じてこなかった人にもぜひ知っておいてほしいことや考え方が込められています。
本当はこの作品が必要ない、関係ないって人はいないはず。これまでパワハラについてもジェンダーについても意識してこなかった人にこそ読んでほしいなって思っています。
うん、当事者意識がない人にもすごく読んでほしい。加害をしたことがないと思っている人、被害を受けたことがないと思っている人、どちらにも読んでほしい。
世界から遅れをとりながらも確実に変化してきた日本の社会通念
ーー今回のお話の第3話ではセクハラを受けてバッドエンド後の辛い状態から社会の変化が後押しをしてペス山先生が立ち上がるシーンが描かれています。先生が社会が変わってきたなと感じた出来事は何かありましたか?
たとえばアプリの性別の選択肢で「男」、「女」以外に「どちらでもない」という選択肢を見ることが増えてきたこと、あと某テーマパークの声掛けが「レディース&ジェントルマン」から「ハローエブリワン」に変わったことなど、小さな変化ですがちょっとしたこういう気遣いは嬉しく感じます。大きな出来事でいうと先ほどお話ししたMeToo運動(注)とか。
あとは書籍より音や映像の方が入ってきやすいので映像作品を見ることが多いのですが、セクシャルマイノリティについて描いた面白い作品やジェンダーに配慮された作品がたくさん生み出されていて、自分の小さな頃にこんな作品があったら少しは生きづらさが変わったかもしれないと思います。
ちなみにペス山ポピーのポピーは「ポピーザぱフォーマー」というアニメのキャラクターからつけたんですけど、古い作品なのに主人公のポピーは実は性別が名言されていないんです。
注:MeToo運動とは今まで沈黙されてきた問題(性的被害)を多くの人が公表することで、世の中を変えていこうとする動きから生まれた運動。「私も。」を意味する#MeTooをSNSで用いられるハッシュタグをつけてたくさんの声が上げられた。
ーー前作『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました』の番外編でお母さんとの対話のシーンも印象的でした。
母とは関係が改善してきていて、会話ができるようになりました。最近母はすごく自分の時代の話をするんですよね。バブル時代のすさまじい文化の特集をしているTV番組をわざわざ録画して「私の時代はこういうのが普通だったんだよね」ってしみじみ言ってきたこともありました。「これ見れる?」って言われて見たんですけど10分くらいで辛くなって見れなくなっちゃったんです。だからといって今の時代がマシでそれを感謝しろとか母は言わないんですけど、時代は少しずつでも本当に良い方に変わってきているんだと実感しました。もちろんここで立ち止まっては全然だめなんですけど。
ーー作中でトランスジェンダーとして生きてきたこれまでの人生の厳しさを素足で砂利道を歩く様子に例えて、これからは靴がほしいんだとそれも皆の分が欲しいと描かれてました。ここにマンガを通して伝えたい主張が込められているように感じました。
最低限のものをよこせって言ってなにが悪いんだっていうくらいの心意気でもう皆でガンガン声を出していかないといけないと思っています。裸足で歩くのは痛いから靴が欲しいって皆さん思いませんか?っていう感じなんです。痛みに慣れてかかとカチカチになってしまっている人も多いし、靴を必要としていることに気が付くまでに時間がかかっちゃう人も多いけど、絶対後からでも重要さに気が付くと思うんです。皆がしっかり怒れる時代になってきているけどまだまだなんです。
最後に読者へのメッセージ
ーーお話しを聞いていて、この作品は他人だけでなく自分自身も含めて傷つけ合わないで生きていくために考えていきたいことが描かれているし、自分自身を認めたり好きになったりするためのヒントがたくさん散りばめられているなと感じました。最後にお2人から読者に向けてのメッセージをお願いします。
伝えたいことが一杯出てきておもしろいインタビューだったと思います。私が一番言いたいのは、被害者であることも加害者であることも生きていく上で当たり前なんだから前に進むために、世の中を皆にとって生きやすくするために、自分と向き合って、認めることを恐れないでほしいっていうこと、ここが読者に伝わったらいいなって思います。
この作品が世の中で受け入れられなかったら、ペス山さんの主張が届かなかったということだと思っているので、多くの人に読んでもらえたらと思っています。これはペス山さんの生き方を尊重して、考えに共鳴する女性の私にとっての戦いでもあります。この物語で描かれていることは、違う世界の関係ない話ではなくて今を一緒に生きている1人の人間が感じたことです。その理不尽さを考えるきっかけの本となったら嬉しいです。
この物語が無関係でいい人なんてきっといない
『女(じぶん)の体をゆるすまで』発売記念オンライントークイベント開催決定
【オンラインイベント】8/27(金)19:30~#ペス山ポピー×#信田さよ子 ご両名が「性被害に遭った体でどう生きるか」と題し、『 女(じぶん)の体をゆるすまで 』刊行記念トークイベントを行います。
#オンラインイベント
詳細・購入は↓まで!https://t.co/eR3xq7MiAc— ジュンク堂書店池袋本店 コミックフロア (@junkuik_comic) July 23, 2021
ペス山ポピー先生とカウンセラーの信田さよ子先生によるオンライントークイベントが開催決定しました。トークテーマは「私たちは性被害に遭った後、どうやって生きていけば良いのか。」作品を読んでもっと深くこのテーマについて考えてみたい、知りたいと思った人はぜひ参加してみてください。
<開催日時>
2021年8月27日(金)
19:30~21:00
※イベント開始の10分前より入室可能です。
※イベント終了後1週間のYouTubeにてアーカイブ配信があります。
<販売期間>
販売開始:2021年7月23日(金)10:00
販売終了:視聴のみ 2021年8月27日(金)18:30
書籍付き 2021年8月26日(木)23:59
サイン入り書籍付き 2021年8月26日(木)23:59
チケットの詳細などはリンク先をご覧下さい。
OGP及び記事内画像はやわらかスピリッツ編集部許諾の元掲載しています。快く許諾していただきありがとうございます。
©ペス山ポピー/やわらかスピリッツ/小学館