「宇宙兄弟」はとても有名なタイトルであり、読んだことがなくても名前だけは知っているという人も多いのではないだろうか。
宇宙兄弟は意図的にマンガの枠を越えた有名作品になった
宇宙兄弟はその知名度を上げるために様々な試みが行われている作品である。
美容室に宇宙兄弟を配布して美容師さんにその話をしてもらえるように仕掛けた話は有名で、そのような地道な実験から始まり、実写映画化やアニメ化、文部科学省とのタイアップ、ハリウッド映画やプラネタリウム、などなど...。
上げればキリが無いほど多岐に渡るコラボ、さらにはビジネス書の題材になることもあれば、宇宙兄弟の有料オンラインサロンまであったりと、すでにマンガという枠を越えたコンテンツとなっている。のですが。。
しかしそんな事はどうでもいい
有名であればあるほどマンガが手に取られる機会は増えるだろう。しかし、結局は読んで面白いかどうかである。
その点で宇宙兄弟は面白い。とにかく面白い。
登場人物の個性、成長やチームワーク、驚きの展開、感動のエピソードなどその面白さを語りだしたら終わりがないのである。
しかし、それは多くを語らずとも講談社マンガ賞、小学館マンガ賞をはじめ多くの受賞歴が、評価に値する作品であることを示しておりそちらの方が余程信憑性があるのである。
しかし、この一コマについて語らせてくれ。ただ語りたいだけなんだ
この一コマは第232話(24巻収録)
登場人物は2人、主人公の一人である宇宙兄弟の兄の方、難波ムッタとムッタの家の近くに住んでいた天文学者のシャロンさんである。
ムッタが宇宙を目指したのは幼い頃のシャロンさんとの出会いが影響していて、宇宙飛行士になってからもシャロンさんの夢である月面天文台を作ることに強いこだわりを持っている。
そして、シャロンさんはALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病に侵されている。徐々に全身の筋力が失われていくという、現在も原因不明の現実にある病ある。
この回には、すでに発声ができなくなったシャロンさんがいずれ自発呼吸ができなくなる事を見越して人工呼吸器をつける手術をしなければならないことをムッタに告げるシーンがある。
手足が動かなくなってしまい、電動車椅子で移動する事になり、声が出せなくなってしまったが、まだかろうじて動く指で扱える音声装置で声を作る事になった。
そして自然と行われるはずの呼吸さえも機械に依存する日が来ることに悩んでいたシャロンさんを勇気づけたのは、シャロンさんと同じALS患者であり、すでに人工呼吸器を取り付ける手術を受けた幸田さんのこんな言葉だ。
「視力が落ちたらメガネをかけるでしょ、そして自分の一部となる…息ができなくなったら呼吸器をつければいいのよ」
幸田さんがシャロンさんに勇気を与えたようなエピソードが宇宙兄弟には数多く登場します。
背が低く宇宙飛行士を目指せなかった人と同じコンプレックスを抱え小型の宇宙服を作った教授や、引きこもりの弟の心配をしながら宇宙飛行士の試験を受ける兄などなど、そしてムッタにとってのシャロンもまた勇気を与えてくれる人であり、
生きる意味に悩んだシャロンにムッタは、どんなに悩んでも最後には生きる事を選んで欲しいと伝える。
そして「人は何のために生きてるの?」と昔シャロンに質問した時のことを覚えているかと聞きます。
これ実はこの回の冒頭で子供ムッタがシャロンに聞くシーンが出ていて、そこではボカされていたアンサーになるのですが。
シャロンはこう伝えました。
「人は誰かに勇気を与えるために生きてるのよ
誰かに勇気をもらいながら」
この232話は、誌面ではアニメ宇宙兄弟の映画準備で2ヶ月ほど休載をした後の連載再開からの2回目にあたる回です。
その前の休載明け231話はシーンも変わり初登場人物もありとゆっくりエンジンをかけた感じだったのですが、宇宙兄弟の本質的なテーマを示すかのようなこの言葉に、2ヶ月待たされたファンは溜飲を下げ、そしてこの話の本題である一コマが出るのです、
もう一回出します
はいドン。
壁ドンどころか車椅子ドンです。
ムッタにとってシャロンが勇気を与えてくれる人であるように、シャロンにとってもムッタは勇気を与えてくれる人でだったのだ。
それはこの作品全てに通じることで、登場人物は皆勇気を与えてくれる魅力的な人間であり、そして誰かから勇気をもらっているのだ。
自分の父親をシャロンと同じALSで亡くした伊東せりかという女性キャラクターは、ALSの治療薬ができる可能性を求めて宇宙での実験に臨む。
それはマンガの世界から飛び出して、現実にこのALSという病気の治療薬を作るための研究費用を募る「せりか基金」という活動にまで発展して、現実のALS患者に勇気を与えるものになっているという事実。
宇宙兄弟が有名なのは、勿論様々なマーケティング戦略やら仕掛けもあるのだろう。しかし、一コマについて語ろうとするだけでここまでの広がりがある。
それこそが宇宙兄弟が人気になったここと決して無関係ではないだろう。今の人気は、なるべくしてなった当然の到達点だったのだ。
【編集部から】 いてうの実さん、ご応募ありがとうございました。圧倒的面白さを持つ作品と、それを認知させる優秀なマーケティング。それは必要不可欠な表裏一体であるということに気付くことができました。厳しい予算の中素晴らしい成果を出し続けるJAXAの皆さんにも、この作品はエールになってると思います。また次なる記事をお待ちしています!