左ききのエレン

nifuni / 著 かっぴー / 著

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「それでもマンガや文章を書くのは、お金じゃないものを稼ぎたいからでしょ」Web発クリエイターのマネタイズ論 |マンガ家と新人小説家 Vol.3

小説『明け方の若者たち』を敢行したカツセマサヒコが、友人であり作家としては先輩にあたる『左ききのエレン』の作者・かっぴーさんに会いに行きました。全3回でお届けするマンガ家と新人小説家の対談。最終回は、Webクリエイターとお金についてです。

「Twitterから出てきたクリエイター」と呼ばれるのが嫌だった

自分自身の要素を背負わせるキャラクターの作り方とか、徹底的に“今から見た過去”を描くストーリー構成とか、「マンガ」と「小説」でジャンルは全く異なるはずなのに、お互いの作品に共通点が多いのはおもしろいですね。

そもそも俺らには「インターネットから出てきて作家になった」って共通点があるからね。カツセと出会ったのは俺がマンガを描き始めてすぐだったと思うし。

そうですね。あれはもう、5年前とかじゃないですか?

そんな前か!でも、あのときほど「Twitterから出てきた!」って騒がれても、何も思わなくなってきたよね。

ネット発クリエイターが増えてきたからですかね?

なんでだろう?昔はめちゃくちゃ意識してたなあ。「Twitterから出てきたWebマンガ家」って言われるのがすごく嫌いだった。今はもう気にならないし、なんならチャームポイントくらいに思ってるかも。

それはね、かっぴーさんが「向こう側」へ渡り切ったからですよ。完全に強者の発言(笑)。僕はまだ「ネット発」に縛られてる。ずっと脱したいって思ってるし。

そうかあ。でも本当にTwitterだけでマンガを描き続けるのってしんどいよね。なんでできるんだろう。

描いてた人とは思えないセリフじゃないですか(笑)。短期的なメリットでいえば、フォロワー数を増やして影響力をつけることとか、それによってPRマンガの大きな予算をもらえることとか?

TwitterのPRマンガって、ストリートミュージシャンみたいなんだよな。

おお、おもしろそう。どういう意味で?

Twitterって、ストリートで技を披露する場でしょ。すごい技をやって、そのすぐ脇でビラ配りを始めるのが企業のPR。

なるほどー。

その構造をわかりやすく表現すると、この場合の「スポンサー」ってミュージシャン本人についてるわけじゃなくて、ただ人が集まる場所にサンプリングに来た「営業」に過ぎないんだよ。人や作品自体を支援するパトロンって意味でのスポンサーではないわけじゃん。



ああ、たしかに。ミュージシャンのお客さんが目当てということですもんね。

TwitterのPRマンガの予算って、たぶんトッププレイヤーで1ツイート30万〜40万円くらいなんじゃないかな。それをどのくらい連発できるかわからないけど、月に2回以上はたぶんキツいよね。読者であるフォロワーも「PRばっかりだ!」って思い始めちゃうし。

うんうん、そうだね。

でも、作品やクリエイター自体にパトロン的な意味でスポンサーが付くと、桁が変わるんだよ。『左ききのエレン』のコラボレーションも、はっきりとは言えないけれど、それこそ300~500万円くらいが相場だし。

本当に1桁変わるのか!すごいなあ。

ね。絶対そっちの方がいいでしょ?そういうやり方もあるよって、いろんな人に伝えたいんだよね。「企業と組んでPRでお金をもらってる」状態を超えて、きちんと「作品のスポンサー」になってもらうの。そのためにはタイアップ先をきちんと選ばなくちゃいけないけどね。

金額感が大幅に変わるのはわかるんですけど、そのためには土台に『左ききのエレン』みたいに大きくて強固なコンテンツが必要ってことでしょ?

そりゃそうですよ!そこの開発をそっちのけで何をマネタイズしてんだっていうね!みんなマネタイズを考えるのが早すぎる。

「おっ立てるのが早過ぎなんだよ」って?(笑)

そう!「おっ立てるのが早過ぎなんだよ」って!


リメイク版『左ききのエレン 3』アトリエのアテナ編 第19話

『左ききのエレン』は広告代理店を舞台にしてるからスポンサーをつけやすいって利点もあるし、そもそも俺が広告代理店出身だから、シンプルに広告に詳しいのも大きいとは思うんだけどね。

たしかに『左ききのエレン』という作品の強みを最大限に活かしていますよね。ネット発クリエイターが見出した大きな活路だと思う。

今後は増えていってほしいけどなあ。例えばスポンサーが「Webマンガ家を使ってアピールしていきたい!」ってなったとするじゃん。そういうときに単発で依頼しないで、公に「新人Webマンガ家を10人応援します!」って宣言して、パトロン的な意味でのスポンサーになってあげればいいのに

「ツイート」じゃなくて「人」のスポンサーになるってことですね。

そうそう。その代わり、彼らのマンガにはちょいちょい弊社の商品名が出てきます、とか(笑)。アスリートのウェアにロゴが入ってる的な。

それだったらしょうがないものね。



でしょ?それだったらみんなハッピーじゃない?こういう前例を一度でもつくれたら、他の企業も「じゃあ我々はこの作家に」とか「この歌い手に」とか、企業がクリエイターをスポンサードするのが当たり前になっていくと思うんだよ。

それができたら、本当にクリエイターは生きやすくなりますよねえ。

じゃないと搾取だもん。PRツイートによって影響力を消耗させるのは、一種の搾取。10万円や20万円じゃ全然穴埋めできてないんだよね。

クリエイターとしては、寿命縮めてるようなものだもんなあ……。

俺はサントリーさんが大好きなんだけど、それはタイアップ案件の依頼をくれたというより、「応援してくれた」って意識が強いからなんだよね。過去に3回サントリーさんとお仕事してるけど、最初期の頃から大事なところで呼んでくれてる。

そういうクライアント、本当にありがたいですよね。


2018年に行われた『左ききのエレン』の原作者であるかっぴーさんとサントリー「ザ・プレミアム・モルツ」のツイッター上でのやり取りをきっかけに始まったコラボ企画 。 リメイク版『左ききのエレン 4』ザ・プレミアム・モルツ編より

そうね。だから頼まれてもないのに、いまだに飲料系の他の会社のお仕事、全て断ってるんだよね。

え~!人が良すぎる!

有名どころの企業は全てオファー来たと思うけど、全部お断りした。その断ったお金の総額を想像すると、断らなきゃよかったなって思う(笑)。

あははは(笑)かっぴーさんはそういうところが不器用でいいよね。別にタレントでもなんでもないんだからやってもいいのに、受けない。それがかっぴーさんの美意識なんでしょうね。

クリエイターにとって、お金を稼ぐとは


極論を言えば、お金を稼ぐだけが目的なら、Webマンガは効率良さそうに見えて実は悪いよね。儲けたいならWebマンガじゃないし、もっと言えばクリエイティブでない仕事の方がラクに稼げると思うよ。

たしかにそうかもしれない。

それでもマンガや文章を書くのはさ、お金じゃないものを稼ぎたいからでしょ?

うん。そう、そのとおりだと思います。

多くの人は読者の期待とかさ、そういうのを稼いで、そこから得られる収入で長く生活していきたいって思ってるはずだよ、きっとね。だからクリエイターにとってお金を稼ぐ行為はさ、読者ひとりひとり、一般の人含めてパトロンになってもらうことなのよ。

マンガを描いて生きていきたい、小説で生きていきたい、音楽で生きていきたい、って想いを支えてくれるのが、読者やリスナーですもんね。

そうそう。だからクリエイターは「お金を稼ぐ」というよりは「活動を支えてもらう」って考えがベースのはずだよ。それなのにTwitterで4コマのPRマンガを描くのは、たぶん長期的に見て損していると思う。



そうか、難しいですね。生きるためには食っていかなきゃいけないけど、短期的に稼ごうとすると、クリエイターとしての本質的な部分を忘れていってしまうし。

そうだね。だからこそ大きなスポンサーになりえる企業がすべきなのは、もっと長期的な応援だと思うんだよな。

そうですね。個人にスポンサーがつく時代になったら、今よりも健全な社会になりそうですもんね。

そうそう。「ステマだ!」とか「『#PR』を付ける・付けない」とかで揉めてる場合じゃないんだって。きっともっといい方法があるんだから。

たしかに。最後はお金の話になっちゃったけど、大事なことだから話せてよかったです。ありがとうございました!



こうしてかっぴーさんとの対談は終わりました。マンガと小説では共通項が少ないように感じていましたが、物語を作っていく上で重要となる項目については、同じような考えや悩みを持っていたことが新鮮でした。みなさんがマンガの一読者として物語に触れるとき、今回の対談によってまた違った魅力が見えてきたならうれしいです。


おわり

原作版 左ききのエレン(1): 横浜のバスキア
かっぴー/著
左ききのエレン 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)
かっぴー/著,nifuni/著
明け方の若者たち
カツセマサヒコ/著

※撮影現場では検温・手指の消毒・換気に注意し、最低人数の関係者のみで撮影いたしました。

取材・文/カツセマサヒコ(ヒャクマンボルト)

編集/むらやまあき(ヒャクマンボルト)

撮影/eichi tano