熱帯魚は雪に焦がれる

萩埜まこと / 著

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『熱帯魚は雪に焦がれる』孤独に咲く高嶺の花と気丈に振る舞う私の笑顔

見知らぬ土地で手を引かれた先にあったのは、少し特殊な水族館部。新生活に不安を抱えていた彼女は、手作りの水族館の中でとてもキレイな1つ年上の女の子と運命的な出会いを果たします。

熱帯魚は雪に焦がれる

熱帯魚は雪に焦がれる』は東京から引っ越してきた高校2年生の女の子が、高嶺の花という言葉が似合う1つ年上の先輩と海の見える街で心惹かれ合う物語です。

物語を動かすのは転校生の女の子と1つ年上のキレイな先輩

本作の舞台となるのは男女共学の一般的な高校・七浜高校。海辺にあるごくごく普通の高校です。

熱帯魚は雪に焦がれる

もし他の学校と大きな違いがあるとすれば、水棲生物を学校で飼育する水族館部という部活動があること。所属する生徒はたった1人だけですが、この特殊な水族館部のおかげで小夏と小雪は出会いました。

東京から田舎町に引っ越してきた小夏

熱帯魚は雪に焦がれる

物語の中心人物の1人、天野小夏(あまのこなつ)は父の海外転勤をきっかけに東京から海辺の町に引っ越してきた高校2年生の女の子です。

小夏は人間関係に対して神経質な女の子で、他人の心に踏み込むことが上手ではありません。

強がっている時は上手く笑顔が作れず、2本指で口角をつり上げて無理矢理の笑顔を作る一面も。思わず心配してしまうほど奥手な一面もありますが、読者が最も感情移入しやすい女の子です。

水族館部にたった1人で所属する小雪

熱帯魚は雪に焦がれる

もう1人の中心人物は帆波小雪(ほなみ こゆき)。学年を問わず人気を集め、高嶺の花として崇められている1つ年上の女の子です。

少し大人びている小雪は、たった1人で水族館部を切り盛りしてる部長でもあります。加えて成績優秀・品行方正、教師からも一目置かれているとなれば同級生ですら踏み入る隙がありません。

本人は意識せずとも一挙一動に注目が集まり、周りからは次第に存在が美化されてしまいます。教室の片隅でいつも本を読んでいるクラスの女の子、のような距離感を勝手に作り上げられてしまう優等生気質の女の子です。

惹かれ合う2人に共通する"ひとりぼっち"

物語のキーワードであり、彼女たちを惹き付け合う最大の感情は孤独です。

小夏は引っ越してきたばかりであり、新しい学校で上手く友達を作れないことに孤独を感じています。家に帰っても父に近況報告を送るのみであることから、東京にいたころより友達作りが上手ではなかったのかもしれません。

熱帯魚は雪に焦がれる

一方で小雪の方は、学校でトップクラスの人気者です。しかし彼女に与えられた高嶺の花という表現は美貌や尊敬の意を表すだけではありません。神聖にも近い位置づけをされる彼女は、時に他の生徒から一線を画され、誰しもが意図せぬ形で孤独へと押し上げられてしまうのです。

熱帯魚は雪に焦がれる

図らずしも孤独という共通点のある2人。特に、人間関係に神経質な小夏は自分と同じく孤独の身である小雪に仲間意識にも似た共感を覚えます。

しかし読者視点だと2人の孤独は全く同じ心理状況から生まれている訳ではないことが伝わってくるのも事実です。小夏は内気な性格で自ら孤独を強く意識してしまっているのに対し、小雪は周りからの印象で孤独に持ち上げられています。

物語を読み進めていくにつれて、お互いの感情が本当に正しいのか確かめたくなる2人。この絶妙なボタンの掛け違いこそが物語の深みとなり、次の巻へと手を伸ばすための魅力となるのです。

心の機微を表す"こゆき"の存在

実は本作の中には、もう1人のこゆきがいます。それは、水族館部の新しいメンバーとして小夏の転入と同時期に迎え入れられたサンショウウオです。

水族館部では数多くの水棲生物を取り扱っています。しかしサンショウウオは小夏が名付け親であるという事情もあり、他の生物と比べても少し特別な存在です。

熱帯魚は雪に焦がれる

またサンショウウオが特別視されるもう1つの理由として、井伏鱒二の短編小説『山椒魚』の影響もあります。2年生の授業で取り上げられており、小夏にとって身近な小説です。

本作が短編小説に沿って進められていくという訳ではありません。しかし大まかなあらすじを理解しておくと彼女たちの心の機微に深く向き合うことができます。

そのため、本作を読み進めると共に小説『山椒魚』の概要を軽く復習しておくと、更に心情の変化を楽しむことができるのです!

進展に費やす時間さえも愛おしく感じる物語

『熱帯魚は雪に焦がれる』は、孤独という共通の心境を元に惹かれ合う2人の女の子の物語です。

彼女たちの孤独は飛び抜けて特殊な事情ではないのかも知れません。しかし読者にとっても等身大の不安だからこそ、真剣に立ち向かう姿に心を動かされます。

熱帯魚は雪に焦がれる

本作を数巻読み進めただけでは、彼女たちの関係性を確定することはできません。お互いがどのような存在であるか掴み切れていない部分にもどかしさを感じずにはいられないでしょう。

しかし彼女たちはそれぞれの抱く感情に基づき確実に成長しています。私たちは一読者として、彼女たちのゆっくり踏み出す一歩を見守ることが求められているのです。

「いっそ蛙になれたらいいのにな…」

引用元:『熱帯魚は雪に焦がれる』単行本第一巻P.54より

始めて会った日、どうして小雪は小夏に声を掛けたのか。そして『山椒魚』の物語を暗喩したこの言葉が紡ぐ物語の続きを知る人は、たった今書店に向かう準備を始めたアナタなのではないでしょうか。

彼女たちを見守り孤独を分かち合えるアナタにオススメの1冊です!

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