猫で人魚を釣る話

菅原亮きん

コマ投稿OK

 そこにある絵、そこにある言葉、そこにある思い。マンガだからこそ出来る表現でそれを纏った物語「猫で人魚を釣る話」

出会い

「小説でもドラマでも映画でもなく、マンガだからこそ表現できる作品を切望しています。」

この言葉は、第330回スピリッツ賞発表時の担当者コメントである。

小説にドラマや映画、はたまた舞台などの「物語」というエンターテイメントが溢れる昨今、「マンガだからこそできる表現」とは一体どんなものだろうか。そんなことをふと思った。

そしてある作品に出会い、理解したのである。

花@電王乗車中

あえて台詞を入れず「引き」の画での表現に惹き込まれました

「猫で人魚を釣る話」

猫で人魚を釣る話
菅原亮きん

絵の力

第1話の物語ほぼ冒頭で主人公の医者・四月一日 正直(わたぬき まさなお)が担当している患者・吉祥てらに病名を告知するシーン。あえて台詞を出さず、「引き」の画で病気の重さを表すこのシーンに思わず胸が締め付けられ強烈に惹かれたのだ。

とにかく「絵力」が強い。

作者・菅原亮きん先生の描く絵柄は、従来のマンガ家の絵柄というよりはイラストレーターの様な雰囲気に近い。それがこのマンガの魅力を引き出していると感じる。


例えば他のシーンをあげると、

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「…猫?」の台詞の吹き出しの細かさがツボです

「…猫?」の台詞の吹き出しを猫の形にする細かさや、

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正に恋に落ちる瞬間!

見つけたノラ猫について熱弁する吉祥てらを見て恋に落ちた瞬間の四月一日が、背景にシャボン玉が飛んでいることにより気分が上昇しているのが見てとれる。

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一番お気に入りのシーン!このページだけで1枚の絵画の様に見えます

ノラ猫と思われていた猫が実は飼い主がおり、その飼い主の前で四月一日が「猫の愛情表現」である瞬きをするシーンは、構図の良さが相まって1枚の絵画を観賞した時の感動を覚え思わず溜め息が出た。
(個人的にこの絵がとても大好きなので、是非ともポストカードにして販売して頂きたいと切に願っている。)

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エドワードゴーリーの様な雰囲気

かつては賑わいを見せていた吉祥てらの自宅が今は閑散として孤独が広がっている様子は、ベタの効果が最大限に使われて、どこかエドワード・ゴーリーを彷彿とさせる。

1ページ丸々使い表現されるシーンが多用されていて、どのシーンも画力の高さ故にキャラの心情が強く引き出され感動する。

完結の3巻で、四月一日が吉祥てらに病気が進行期に入った告知をするエピソードも、その「絵」に魅せられて涙が止まらなくなった。あえてその絵はこちらに掲載しないのでご自身の目で確かめて欲しい。

言葉の力

そしてもう一点、この作品には「マンガだからこそできる表現」による魅力がある。

それは「言葉」だ。

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まるで宮沢賢治の詩の様な心地よさ

哺乳類の心臓について考える四月一日の言葉。これには宮沢賢治の詩に初めて触れた時のリズムの心地よさ、爽やかさを感じ何度も何度も読み返していた。

また、吉祥てらの亡き愛猫・茶々丸と幼い頃から共に過ごし、茶々丸の生きるスピードの速さと変わらない愛情を絶妙な言葉で表現されている。

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猫の生きるスピードの速さ、そして不変の愛情

他には、大学の卒業式での学長の「病気を診ずして病人を診よ」の言葉に対する四月一日の感想と解釈は彼の生真面目さを正確に表現している。

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四月一日先生の医者としての原点

くまみー

月おぼろ 春樹と僕の 心臓は ずれながらドキドキ 一拍重なった

吉祥てらが見つけたノラ猫・春樹を抱いて眠る四月一日のモノローグは違う生き物が共に生きている様子をシンプルかつ優しく包んでいる。

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弾けて消えてしまう様な切ない想い

吉祥てらの幼なじみ・武蔵野が、彼女に失恋した時の悲しい表情を見た瞬間のモノローグは、彼女の「世界」が消えると同時に自分自身の「世界」が消えてしまった虚無感が滲みでているようである。

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「今、ここ」を生きる。

そして四月一日の「今、ここを生きている。」の言葉。


この作品に散りばめられた数々の「言葉」が、読んでいて私の中の「今」を生かしてくれた。

「マンガだからこそできる表現」に惹かれたのがきっかけで読み進めていた作品だが、1ページ1ページ進む度に涙が止まらなくなる。
(このエントリーを書く為に読み返しながら作業していたがやはり涙が止まらないでいる。)

人と人が関わることで初めて知る感情、生まれる感情、変化する感情があるのだと私自身が知ることができたことが喜びとなり思わず泣いてしまうのだ。この作品に出会わなかったら、果たしてこの感動を一生の内に手に入れられただろうか、とすら感じさせる。

小学館新人コミック大賞受賞作品であると知り、先生の作品の凄さに納得し改めて尊敬した。

そして、最終巻で作者である菅原亮きん先生のあとがきを読んである「言葉」に改めてはっとさせられるので、どうか読んで体感して頂きたい。

あなたへ伝える力、わたしに伝わる力

本来こういったマンガのレビューというものは、普通ならばキャラとストーリーについて丁寧な説明をした上で感想を書かなければいけないかもしれない。

しかし、不器用な私はいつも自分の言いたいことばかり言い、書きたいことばかり書いてしまう性分なのだ。それが今回のエントリーにも言える。

とにかく「絵力」と「言葉」が魅力で、私に刺さる作品だったのでそれを伝えたかった。

今このときに書かなければ、きっと私はいつまで経ってもこの思いを書いたり発表することもなくいつもの日々を送っていたに違いない。

「今とても書きたくて仕方がない」と思わせてくれる作品「猫で人魚を釣る話」に出会えたことに心から感謝したい。そして、もし「猫で人魚を釣る話」を読んで感動した方がいたら是非ともアルに好きなところ、良かったところを投稿して欲しい。


同じ「今、ここ」を生きている誰かがどんな感情を抱いたのかを知りたいから。

【編集部から】 花@電王乗車中さん、ご応募ありがとうございました。マンガが好きだからこそ、空気も言葉も感情もコマの中で表現できる自由と力を併せ持つマンガの可能性に感動している花@電王乗車中さんの喜びが形になった記事でした。また素敵な記事をお待ちしています!