聴けない夜は亡い

福山リョウコ / 著

『聴けない夜は亡い』夜の記憶を持たない男の想い人との最後の会話とは

福山リョウコ先生の『聴けない夜は亡い』は、夜の記憶が一切残らない男・槙柊夜(まきしゅうや)が、告別式直前の遺族の話を夜通し聴きながら、故人の想いを紐解いていく物語です。

深夜に行われる通夜オプション

セレモニー敷島という名の葬儀社に勤める柊夜はショートスリーパーで、夜に起きたことを記憶できない体質の持ち主です。彼は「聴き屋」として、深夜から朝にかけて遺族の話を聴くという通夜オプションを提供しています。

ある夜の相談者は父を亡くしたばかりの少女・悠希。父の死後、悠希は父の遺品に女性宛の手紙の束を発見します。売れないギャグ小説家の父に愛人がいたと考え、父の死を知らせるために、悠希は柊夜と共に手紙の女性の家に向かいます。

愛人だと思っていた女性の正体とともに、開けられなかった手紙に書かれていたものを知り、悠希は知らなった父の想いに気づくのでした。
夜眠れない体質の柊夜は、このように遺族の声を聴きながら、彼らの本心を引き出し、遺族のカタルシスを手助けしているのでした。

記憶に残らない告白

柊夜が深夜に聴いた話は、彼が朝、目覚めるとともに忘れられ、柊夜の記憶に残ることはありません。故人を想って吐き出した本心は、本人の記憶にしか残らず、まるで大事な人を失った辛さをほぐすための自己対話のようです。

夜眠る代わりに話を聴く 死を聴いて生きている(1巻112ページ)

柊夜が眠れなくなった夜

柊夜の部屋には、ある女生徒の写真が飾られています。彼女の名前は敷島丹羽(にわ)。夜を一緒に過ごす時間が増えてきたある日、彼女は柊夜に言います。

ねえ柊夜。今夜きみの夜を貸してよ(1巻138ページ)

彼女のことが好きだった柊夜ですが、クラスメイトにからかわれたことを気にして誘いを断ります。ですがその夜、彼女は手首を切って自殺。帰らぬ人となりました。その日の夜、丹羽が柊夜に電話しており、彼女のスマホには自殺直前の発信履歴が残っていたのです。しかし柊夜には、丹羽と話したはずの30分間の記憶が全くありませんでした。

この日から柊夜は夜眠れなくなり、丹羽の兄の壱に誘われてセレモニー敷島に住み込みで勤め始めることになったのです。

死のきっかけはどこにある

丹羽の死を巡り、気にかかる点がいくつかあります。

  • 丹羽と柊夜の最後の会話の内容は

  • 丹羽を死に追いやったのは柊夜なのか

  • 柊夜の記憶がなくなったのはなぜか

  • 家族に問題がないのに、丹羽が家に帰りたがらなかったのはなぜか

お兄ちゃん大嫌いと口癖のように言いながら、丹羽は兄の本を大切に読み続けていました。

柊夜が夜の記憶を亡くしてしまうようになったのは、話した丹羽にとって本当は誰にも言いたくないことで、同時に柊夜にとっても、聴きたくなかった丹羽の秘密だったのかもしれません。

遺族の話を聴き続けることで、徐々に柊夜の記憶は戻り始めます。大事な人との最後の思い出を、果たして柊夜は取り戻すのでしょうか。しかし、柊夜自身を守るために思い出せずにいたとしたら、記憶を取り戻すことが柊夜にとって幸福なのかは分かりません。

進むための物語

1巻の単行本の巻末に、福山リョウコ先生の「生まれて初めて進むために描いた漫画が一冊にまとまりました」というメッセージが書かれています。辛い出来事を体験した人にこそ、届いて欲しい作品です。

聴けない夜は亡い 1 (ヤングアニマルコミックス)
福山リョウコ/著