事件を引き起こすのは犯人か探偵か。『親愛なるA嬢へのミステリー』、物語の味わいを思い出させてくれる一冊

右手が使えなくなって断筆中の小説家・能見啓千（のうみたかゆき）。啓千のもとにお手伝いとして送られた綾乃は、彼の貴重な蔵書の数々に目を輝かせる。啓千宅で読書するという至福の時を過ごしていた矢先、綾乃の通う学校の司書教諭が殺害される事件が発生する。学校に警察と共に現れたのは啓千。啓千は探偵として警察の事件を手伝っていた。

事件解決のカギは初版本

被害者は重い図鑑で頭部を殴られた後に絞殺。現場には都築応居（つづきおうい）の小説「月の回転軸」が置き去りになっていた。応居は、啓千のペンネーム。動揺する生徒たちの中で、一人だけ平然とした様子の女生徒がいる。彼女は被害者の教諭に関係を強要されていた。

「本の中に書かれていることは絶対だ

読者はそこから逃れられない

奴隷のようなものなのだ」

事件解決のカギは、誤植のおかげでプレミアがついている都築応居の初版本にあった。

都築応居の作品は盗作？

お使いに出た綾乃は、古い書店で美しい女性と出会う。彼女は、応居唯一の恋愛小説「夏時雨の恋人」に出てくる女性・綴（つづり）のモデルになった人物。彼女は啓千が愛した人なのか。さらに「夏時雨の恋人」には、盗作の疑惑がかけられていた。

オムニバス形式で事件を追いながら、啓千の過去に迫っていく本作。啓千の右手が動かなくなった理由とは。さらに無関係のはずの綾乃にまで危害が及び始める…！

「もしかしてすべての事件は

その探偵のせいで起こっているのかもしれないよ」

物語を「味わう」喜びが溢れている

綾乃は物語を愛せるひと。鮮烈な描写をもったストーリーが、世界の空気の色を変えてくれるのを知るひと。『親愛なるA嬢へのミステリー』は、物語が細胞に染み入る喜びを教えてくれる。作者が心を込めて生み出した物語を、大切に「味わい」たくなる一冊。