なぜ集英社がゲーム事業を始めたのか?担当プロデューサーに聞いてみた

2020年11月、「週刊少年ジャンプ」の集英社に「ゲーム」と名の付いた事業部が史上初めて誕生しました。

さらに、2021年4月20日には個人もしくは少数チームで開発をするゲームクリエイターを支援するプロジェクト「集英社ゲームクリエイターズCAMP」をリリース。

本腰を入れてゲーム事業に取り組んでいる集英社ですが、そもそも出版社である同社がゲームをつくろうとしているのはなぜでしょうか。

そして、実際につくろうとしているのはどんなゲームなのでしょうか。

プロデューサーを務める森通治さんにお話を伺ってみると、出版業界が抱える大きな課題と、出版社ならではのアプローチから生まれる新しいゲームの可能性が浮かび上がりました。

登場する人のプロフィール

森通治

2008年、Apple Japan, Inc.入社。スマートデバイス普及の黎明期において教育機関、エンタープライズ市場向けの事業開発・パートナー事業推進を担当。2015年に経験者採用で集英社に入社。デジタル事業部にて、電子コミックの事業推進、プロモーション企画、社内ウェブサービスやマンガアプリのグロース支援、週刊少年ジャンプ50周年企画などを担当。2019年に新規事業開発室の設立に伴い異動。現在、新規事業開発部においてゲームビジネスの立ち上げの担当をしながら、スタートアップ協業など、事業開発プロデューサーとして複数の新規事業開発を担当。

「人気作品のゲーム」をつくりたいわけじゃない

ーー今日はよろしくお願いします。まず、集英社がゲーム事業を始める理由を教えてください。

簡単に言うと、ゲーム市場がとても魅力的であり、出版社の事業とも相性が良いからです。

マンガの市場規模は6千億円くらいで、集英社はその中でもとても順調です。とはいえ出版市場全体を見通すと、1996年の約2.6兆円をピーク2020年時点で約1.6兆円と市場規模は1兆円規模で減っており、厳しい状況は続いているといえます。


一方でゲーム市場はとても大きく、国内だけでも1兆7300億円ほどの規模世界だと18兆円もの規模があり、いまだに伸び続けています。

ーーゲーム市場はとても好調なんですね。

僕たち新規事業開発部のミッションは、5年後10年後に新しい領域で集英社の収益の柱となる新規事業を考えること。


その観点で見れば、ゲーム市場は出版やマンガの市場に隣接しており、作家さんが生み出したIPを広げていく会社からすれば親和性がとても高い領域です。

ーー具体的にはどういうゲームをつくろうとしているんですか?

我々が「ゲームをやる」というと、『ONE PIECE』や『DRAGON BALL』といった人気作品のゲームをつくるんじゃないかとよく言われるんですけど、そういうことをしたいわけではなくて。


もちろん、「人気作品のゲームをつくらない」というわけではないのですが、既存の人気作品のゲームを自分たちでつくって収益をあげるというよりは、今の市場に合ったゲームをつくって、そこから作品の認知を広げたいという順番なんですよ。

ーーどういうことでしょう?

日本のIPから生まれたゲームって、基本的にはマンガやアニメを見た人がその作品を知っていて、その作品が好きな前提でやるゲームだと思うんですよね。


例えば、「ジャンプのヒット作品」のゲームはその作品を好きな人に向けて丁寧につくられています。ライセンスベースの企画だとその作品を知らない人に楽しんでもらう方向の設計思想は取り組みにくいものだと思うんです。


そうではなく、「ゲームを入口に、面白そうだと思って買ってもらえるゲーム」をつくることにチャレンジしたい。その上でプレイした人に「こんな原作があるんだ」と知ってもらう流れをグローバルに実現したいと思っているんですね。


もちろん、過去に出ている集英社作品のゲームがそうなっていないというわけではないのですが、そういう思想で取り組んでいきたい。


海外の有名な作品でいうと、『ウィッチャー』シリーズというゲームがあるんですけど、あれって原作があって、ポーランドのファンタジー小説がベースなんですよ。

ーーそうなんですね。有名なゲームなのでタイトルは知っていましたが、それは知りませんでした。

『ウィッチャー』は世の中ではゲームIPとして認知されていますもんね。


プレイヤーはゲームとしての『ウィッチャー』をプレイしてその世界観やキャラクターを知るわけで、原作の『ウィッチャー』のファンだからプレイしているわけではない。


結果として原作が売れているかはわからないんですが、ゲーム自体が『ウィッチャー』というIPの入り口になっています。


同じように、とにかくゲームを入口に世界観やキャラクターを楽しんでもらえるものをつくって、「原作は日本の作品らしい」と知ってもらえるような流れを実現したいんです。

ーー集英社が抱えている人気作品のファンに向けたゲームではなく、RPGでもアクションでもFPSでも、そのゲームジャンルを好きな人みんながプレイしたくなるようなゲームをつくろうとしていると。

そういうことです。ゲームのための新規IPをつくろうとしている企画もありますし、原作付きの企画であれば従来のライセンスアウトではないアプローチに挑戦しています。


現在、予算をとって本格的に進めているのは規模の大小はありますが5〜6件くらいで、「やれたらいいね」という種の企画も含めると14件くらいのプロジェクトが動いています。

ーーなるほど。それらすべてのゲームでグローバルを目指しているんですか?

いや、日本でしか出さないタイトルもありますよ。ただ、僕たちのゲーム事業全体としてはそもそも日本市場だけを見ていなくて、グローバル市場を常に意識しながら取り組んでいるということです。

編集者とゲームクリエイターのコラボが生む新しい可能性

ーーゲーム市場は出版社の事業と親和性が高いということですが、具体的にどういうシナジーがあるのでしょうか?

現時点で結論が出ている話と、今後の取り組みを通じて証明していきたい話がありますね。まず前者ですが、集英社が扱う作品とゲームはそもそも相性が良いんです。


携帯ゲームがわかりやすくて、出始めの頃は『怪盗ロワイヤル』や『ドラゴンコレクション』などのゲームオリジナルのIPから盛り上がっていきましたが、最近はマンガ原作の作品や『Fate/Grand Order』などの人気IPのライセンスのゲームが人気を集めています。


当時はいろんなIPを持っている会社に「スマホゲームなんて盛り上がらない」と捉えられていたから、DeNAさんやグリーさんといったベンチャー企業がオリジナルのIPで参入し、大きくなっていったんだと思うんです。


しかし知っての通り携帯ゲームの市場はとても大きく育ち、「それならチャレンジしてみたい」とIPを抱える企業が積極的にライセンス許諾をしていき、大きな成功事例が多く生まれています。

ーーIPが乗っかったゲームがたくさん成功しているから、そもそもIPとゲームは相性がいいと。

そういうことです。そして後者の話ですが、編集者とゲームクリエイターの人材的なシナジーがありそうだと考えています。


ゲームの世界観やキャラクターをつくる過程で、集英社の編集者がマンガでやってきたノウハウを活かせると思っています。

ーーどういうことか詳しく教えてください。

この2年間でいろんなゲーム会社さんと議論するなかで、ゲームとマンガでは作品やキャラクターづくりのアプローチが全然違うことがわかってきました。


どういうことかというと、ゲーム会社さんはバトルやアクションといったゲームのシステムでプレイヤーを引っ張ろうとするんですよ。


世界観やキャラクターの説明より先に、ゲームシステムでプレイヤーを惹きつける。実際に、そのアプローチで引っ張れちゃうのが、我々から見るとすごいと思うポイントなんですが。


一方でマンガは世界観やキャラクターを好きになってもらわないと成り立たないから、編集者はまずはそこをしっかり詰めようとする。


「なぜこのキャラクターは必要なのか」「この場面でこのキャラクターがこう動くのはおかしくないか」といった、キャラクターがより魅力的になるための試行錯誤です。


今まで入り混じることのなかった互いのノウハウが交差して生まれるゲームに、新しい可能性を感じているんです。

ーー面白いですね。

現物を見せられないのでまだ証明しようがありませんが、作り手同士のプロジェクトの議論の様子を見ていると、これは面白いものが生まれるだろうなと。

ーー実際のゲーム制作の体制はどのような感じなんですか?

ありがたいことに、いろいろなゲーム会社さんが「一緒にやりましょう」と声をかけてくださっています。今までライセンスのパートナーだったゲーム会社さんもとても重要だと思っていて、引き続き連携して動いていることも多いです。


そもそも、ゲームをつくるには何十人も、大きい規模だと数百人もの人員が必要になりますが、我々は人的リソースや制作ラインを現状では抱えていません。


なので集英社はあくまでもプロデュースのような役割で、ゲームの制作自体はゲーム会社さんにお願いしています。

ーー編集者さんはどのように関わっているんですか?

編集者は基本的には編集部に所属していて、兼任として手伝ってもらっています。


僕は基本的に企画や予算といった社内・社外調整に注力して、クリエイティブの中身には口を出さないようにしています。信用している編集者を口説いて、口説いた以上はその人を信頼して任せる体制です。


プロジェクトによって違いますが、大体3〜4人で1つのプロジェクトに取り組んでいます。現在はマンガの編集者が多いですが、いずれ文芸やファッションなど他のジャンルの編集者にも手伝ってもらえるといいなと考えています。


企画によって向き不向きがあると思っていて、例えばミステリ要素があるゲームであれば、文芸の編集者に手伝ってもらったりできるといいのかなと。


これを読んでいる集英社内の方で興味がある方がいればぜひ声をかけてください(笑)。

ーーゲームの企画はどういう風に生まれているんでしょうか。

雑談ですね。僕が「集英社がゲームをやっています」という情報発信をすると、社内外のいろいろな人が声をかけてくれるんです。


僕が普通にアプローチしたら会えないような人も、相手の方が面白がって連絡をくれます。そのすべてが仕事につながるわけではないですが、意見交換や雑談をするなかでアイデアが生まれるんです。


そこから面白いと思ったものを早い順で、僕のリソースと社内の予算承認が許す限りチャレンジしていっています。

出版社ならではのアプローチで、ゲーム事業に取り組む

ーー集英社がこれまで一緒に仕事をしてきたマンガ家などのクリエーターさんもプロジェクトに参加しているんでしょうか?

もちろん協力していただいています。我々がゲーム会社さんとゲームをつくる上で提供できる価値として、一緒に仕事をしてきたクリエイターさんとのつながりは大きいと思います。


一方で、クリエイターの可能性を広げるアプローチを大事にしたいという考えもあって。マンガ家さんって本当にすごくて、「全部できる」んですよ。


世界観をつくってシナリオを書いて、真っ白な紙に絵コンテを切って絵も描いている。映画やアニメなら分業されている役割をすべて一人でこなせる能力を持っているんです。

ーー本当にすごいですよね…。

マンガ業界ってすべての能力がある程度以上でないとヒットできない本当に厳しい世界で、「週刊少年ジャンプ」のトップ作家さんともなるとすべての能力がずば抜けているチートキャラのような感じだと思っています。


そんな雑誌で連載を目指す若い作家さんで、まだすべての能力が成熟しているわけではないけれど、一部の能力が突出しているような人たちがいます。


そういう今すぐ連載を始めるわけじゃない作家さんの尖った能力を一時的に貸してもらい、キャラクターデザインやシナリオ、ネーム、イラストなど、ゲーム制作の仕事を部分的にお願いしているんです。

ーー若い作家さんにお願いしているんですね。

作家さんにとっても良い収入になれば良いと思っています。


20代半ばぐらいの人が年に1,000万円以上を稼げるクリエイティブの仕事ってあまりないのですが、ゲーム業界だったらクリエイターとして関わって、一本大きなヒットが生まれればチャンスがあるんですよ。


そういった仕事にもチャレンジしてもらって、もしゲームでヒットが生まれて、お金に多少の余裕がある状態で腰を据えてマンガの連載準備にも取り組めるのは良いことだと僕は考えているので。


もちろん作家さん本人や担当編集者の考え方次第ではあるので、意向を優先します。ただ、選択肢が増えるのは良いことだと思うので、雑誌の編集部に所属しながらゲームの仕事をする選択肢を提供できたりするといいんだろうなと。

ーー「ゲームの仕事をやってみたいからマンガ家を辞める」ではなく、副業のように挑戦できる。

ちょっとずつ作家さんへお仕事をお願いしていっているんですが、最近は編集者から「この作家さんの手が空いているんだけど、こういう仕事はないか」みたいに相談されることが増えてきているんですよ。ニーズはあるんだなという手応えを感じています。


また、さまざまな業界のクリエイター同士がゲームという市場に向けてゆるやかにつながれる場所をつくる取り組みとして、4月20日には「集英社ゲームクリエイターズCAMP」をリリースします。

ーーどんな取り組みなんですか?

ゲームクリエイター同士がゲームづくりの協業のためにマッチングできるコミュニティサービスです。平たく言うと、ゲームクリエイター向けの、pixivとFacebookを足したようなサービスをイメージしてもらえればいいです。

ーーコミュニティであり、ポートフォリオとしても機能するようなサービスということですね。どんな意図でこのプロジェクトを始めたのでしょう?

個人もしくは少数のチームがゲームをつくって世の中に発表できる時代になり、クリエイターが才能で勝負できる環境が整ったことに注目しています。


世界で有名な作品だと『Minecraft』や、最近だと『Among Us』といった素晴らしいゲームがインディーズから生まれていて、何億人という人たちがプレイしていますよね。


日本でも『天穂のサクナヒメ』がヒットして、才能あるゲームクリエイターが少数でつくるゲームの可能性を証明してくれたと思っています。


一方で、ゲームにはたくさんのスキルをもった人材が必要で、個人や小さいチームでインディーゲームをつくろうとすると、補完関係のあるスキルの仕事を頼めるクリエイターとつながるのがとても大変だと。


そこで、今名前を挙げたような尖った企画性のあるゲームが生まれてくることに期待して、まずはクリエイター同士がつながれる場所を提供したいなと。


その先に、出資をはじめとするプロジェクト支援を通してビジネスとして膨らませていければと考えています。

ーーなるほど。

出版社の価値はクリエイターと消費者の介在をすることだと思っています。


例えば漫画家さんは一人で作品をつくる方も多くいますが、一人で本を印刷して国内、世界へと流通させ、プロモーションを行うのは難しいので、僕たちはそこを支えることを通してビジネスにしています。


同じように、例えば「もっとこういう人材がいたらより良いゲームが作れるのに」「1千万円の追加資金があればもっと面白いゲームがつくれるのに」というゲームクリエイターがいれば、我々がそれを支援し、その才能に寄り添うやり方でゲームをつくってみたいんです。

ーーすごく出版社らしいやり方ですね。

クリエイター同士がつながる場所をつくるだけでなく、そこに集まった人々の活動をより活性化していくための取り組みにも注力します。


今後は協賛・協力企業さんと一緒に賞金と開発支援金を用意したコンテストを年に3〜4回開催していく予定です。これはマンガ事業における漫画賞のようなものですね。


そのほかにも勉強会など、ゲームクリエイターにニーズがある活動に積極的に取り組んでまいります。

ーー未来のための種まきのようなプロジェクトですね。

出版社ならではの発想だとは思います。というのも、このサービス自体は収益性もなく完全に赤字です。


どういう効果が期待できるのか問われても「できる限り早く、集英社が出資してヒットするゲームがコミュニティから生まれることを目指します」としか言えませんからね。


けれど出版社には、クリエイターの活動がよりスムーズになったり、モチベーションが上がったりする仕組みをちゃんと用意すれば、必ず良いものが生まれるという価値観がある。


すぐには効果が見えない種まきがビジネスになっていく可能性を持っていて、そこにお金を投資して広げることをずっとやってきた会社なので、「それはそういうものだよね」と全員が認知しているんです。


だからゲーム事業も同じようなアプローチをしたいと社内で提案して、認めてもらった感じです。

ーー出版社ならではのアプローチからどのようなゲームが生まれるのか、今から楽しみです。

いろいろと偉そうにお話ししましたが、僕が今日言ったことはすべて仮説なんですよ。

ゲームは一つの企画が世に送り出されるまで3〜4年と長い時間がかかってしまいますが、一つひとつ地道に進めていき、結果で証明できればと思っています。


この記事を通して、一人でも多くのクリエイターさんに集英社がゲームをやっていることを知ってもらって、一緒に仕事したいと思ってもらえると嬉しいです。


「自分には関係ない」と思っている方がいっぱいいらっしゃると思うんですが、あらゆるクリエイターさんと一緒に仕事する機会を持ちたいと思っているので、「集英社とゲームをつくってみたい!」と思っていただける方はぜひご参加をよろしくお願いします。


イラスト:雪あひる