『鬼滅の刃』で20年間失われていた「努力する主人公」が帰ってきた──少女マンガ編集者に聞くヒット作と時代の変化

時代ごとに変化する「ヒット作」。時には、景気に左右されるとも言われています。時代によってヒットする作品があるのであれば、マンガから社会を見ることだってできるはず。

小学館「Sho-Comi」の編集長を務め、これまで『僕は妹に恋をする』『ぴんとこな』などを担当してこられた畑中さん。数々の少女マンガのトレンドを世に送り出してきた畑中さんに、近年のヒットと世の中の流れについて聞いてみました。

※この記事は後編ですが、後編からでも楽しめます。前編の記事はこちら。

編集者さんのプロフィール

畑中雅美(はたなかまさみ)

少女漫画編集者。1998年に小学館に入社。少女漫画誌の編集者として、青木琴美の『僕は妹に恋をする』『僕の初恋をキミに捧ぐ』『カノジョは嘘を愛しすぎてる』をはじめとする数々のヒット作を世に送り出す。担当した作品には映画化されているものも多数ある。少女漫画誌『Cheese!』編集長を務めていたが、2019年7月からは新たに『Sho-Comi』の編集長として活躍。

97年、「生まれながらに特別な存在」の主人公がブームになる

ーー「マンガは隠れた願望を映す鏡」と畑中さんが昔のインタビューで話されていたのが、印象に残っているのですが、例えばどんな社会的な願望が作品のトレンドを作ってきたんでしょうか?

そうですね。これは、本当に結果論ですし、私見ですが…97年あたりに物語の主人公像がガラッと変わったんです。マンガにとどまらないのですが、具体的に言うと『ONE PIECE』と『ハリー・ポッター』シリーズのブームです。

ーールフィとハリーの共通点って何だろう…。

ルフィとハリーは物語のスタートの段階から「特別な存在」って言われている主人公。この2作品は、無力な存在から努力して「何者か」になっていくのではなく、最初から「選ばれた人」です。


もちろん順風満帆ではなくて、ルフィとハリーが「特別な存在」として努力するストーリーを描いています。ただ、それまでの主流の努力の描かれ方が違うんですよね。


たとえば「新入社員としてお前には無理だと先輩に言われながらも、がむしゃらに頑張る」というような報われるかどうか解らないことに立ち向かうことこそが努力という概念の主流だったのに対して、「いきなり部長を任された!確かに俺がやるしかない…!」というような「立場」がある人間が「ミッション」をやり遂げることを努力として描くことがこの時期あたりに爆発的に増えてるんです。


この差異って、プロット上だとかなり大きな違いなんですよ。

ーー「特別な存在」だと、読み手は共感しにくいようにも思えます。どうして2作品が人の心を捉えたんだと思いますか?

97年当時、あの2つの作品が、読者である自分の気持ちともフィットしていて…多分、閉塞感があったんだと思います。

ーー閉塞感?

学校でも社会全般でも「若者は、とりあえず見返りを求めずに努力すべきだ」って言われすぎていた気がするんですよね。言われたとおりに、報われるか分からない努力をしてみるものの、上手くいかない。


「努力すれば失敗も美しい」とする風潮があって、それに疲れていたんです。だから、着実な努力で約束された成功を掴んでいくドラマが見たかったんじゃないかなぁって思います。

ーー自分にも約束された成功があったらな…みたいな感じですかね。

そうそう。すべての物語は「現実直視型」と「現実逃避型」の2種類に分類できるっていうのが、持論であるんですけれど、『ONE PIECE』も『ハリー・ポッター』も後者として人気を得たような気がしています。

ーー「現実直視型」と「現実逃避型」。

「現実直視型」は厳しい世界をありのままに描くタイプ。「現実逃避型」は、読者の救いになるような展開を描く物語です。私の経験では、「現実逃避型」のほうがヒットすることが多いですね。

ーーなぜでしょう?ご都合主義に見えそうな気もします。

「現実逃避型」は生活の中で悩みや苦しみを感じているとき、スカッとした気持ちにさせてくれるんです。97年は不景気とか世紀末の雰囲気もあって、社会全体が先行きが見えない状態だったので。

2011年:「甘やかし」ブームの到来

少し違いますが、2011年あたりも転換点があった気がしています。

ーーどんな変化があったのでしょうか?

2011年ごろから「肯定」とか「甘やかし」というキーワードが流行り始めたと思っています。今もその流れは続いていて、私が関わったものだと『コーヒー&バニラ』ですね。


恋愛慣れしていないヒロインにイケメン社長が愛を注ぐというストーリーで、主人公は存在しているだけで肯定されている雰囲気があります。

ーー存在しているだけで認められる…。これは「特別な存在」でありつつ、努力しなければいけないルフィたちとは違いますね。

そうですね。震災が起きる前までは『僕の初恋をキミに捧ぐ』のような、波乱万丈な作品が流行っていた。自分自身、起伏のある物語が大好きだったんですが、震災を通して激しめの物語が読めなくなってしまったんです。

ーーなぜでしょう?

日本中が悲しみに襲われて、自分も周りも辛い毎日を送っているときって…現実逃避したい。きっと、目の前の現実が大変だからこそ、物語の中では甘やかしや肯定を求めたんだと思います。


世間ではほとんど盲目的に「頑張りなさい」と言われるけれど、何のために努力するのか分からないときには、「存在していること自体が素敵なんだよ」と肯定してもらいたいのかな…。


実際、編集長として「甘やかして欲しい」という読者の気持ちを感じましたし、根拠がなくても「大丈夫だよ」と言ってあげたいと思いました。

ーー肯定願望…ありますね。自分はもういい大人なんですけれど。

震災に限らず、人生の中で八方塞がりになってしまったときは、それまで大好きだった複雑なドラマが見られなくなる。年齢に関係ないことだと思っています。


私自身、今も新型コロナウイルスの影響で、苦しい選択をしなくてはいけないことも多くて…ここ最近はずっと『はめふら(乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…)』を見ていました。

あの作品は、ヒロインが確実にみんなから好かれる話なので、安心してハッピーな気持ちになれるんですよね。Netflixのランキングでもずっと上位にあったので、そういう機運が高まっているのかなって思います。

2010年代後半:「努力する主人公」が帰ってきた

あっ、でも去年…実質的には一昨年ですけど、面白いなと思ったのは『鬼滅の刃』のヒットです。

ーー『鬼滅の刃』は破竹の勢いですよね。どういう点が面白く見えたんでしょうか?

「努力」が久しぶりに戻ってきた。序盤のストーリーは、主人公の炭治郎がひたすら努力をする修行が中心ですよね。目立つ才能があるわけでもないし、周りに「お前には無理だ」と言われながらも、無駄になるかもしれない努力を始める。これはすごく面白いと思いました。

ーー作中では修業だけで、2年の歳月がかかっているんですよね。

担当編集者の方が、インタビュー(※)で「修業のシーンは引きが弱そうなので、短くしましょう」と、提案したと語っていたのも印象的でした。これって、あのジャンプの編集者がアドバイスするぐらい、「がむしゃらな努力」がマンガのシーンから消えていたってことだと思うんですよね。

※『鬼滅の刃』大ブレイクの陰にあった、絶え間ない努力――初代担当編集が明かす誕生秘話

でも、作者の吾峠呼世晴先生は「普通の人間がすぐに強くなるわけない」と、折れずに修業を丁寧に描いて、名シーンを生み出しました。


最終的に炭治郎も認められていく気持ちよさはありますが、物語の序盤は「無駄かもしれないけど、努力する」ストーリー。この20年の間に失われていた「努力」が戻ってきたと感じました。


もちろん、『ONE PIECE』的な「特別な存在」の物語も王道として人気ですが、『鬼滅の刃』は懐かしさと新鮮さがありました。


少女マンガの話で、「尽くし系ヒロイン」とか「結婚エンド」は王道として今も人気がありつつ、これまでと違った主人公が生まれているのに似ていると思います。

今一番読まれている”少女マンガ”は『鬼滅の刃』

ーー『鬼滅の刃』が、小学生から大人まで幅広い層から人気を得た理由が分かった気がします。

女の子からもすごく人気ですしね。きっと、今年一番読まれている少女マンガといえば『鬼滅の刃』ですし、部数やピュアな読者数で定義すればジャンプが一番の女性読者を抱えたマンガ誌かもしれません。

ーージャンプが少女マンガ…!

少女マンガって、恋愛マンガが多いと思われがちですが、本当はもっと広いんですよ。私は、女の子が読めば、どこで連載されていようとも「少女マンガ」だと思っています。


いつの間にか少女マンガをせまくした時代があった気がしているんですよね…。それがいつなのか、入社以来ずっと調べているのですが分からない。

ーー少女マンガをせまくする。どういうことですか?

恋愛マンガに特化する…みたいな。恋愛マンガはジャンルのひとつとして大好きですが、もっと他のジャンルの少女マンガも増えてほしいと思っています。私が編集長をしているSho-Comiも、「恋愛マンガ雑誌」という印象を持たれることが多いですし。

ーー恋愛マンガ以外も女の子は読みたいと思います。

アニメですが『富豪刑事(富豪刑事 Balance:UNLIMITED)』もそうですよね。きっとあのアニメが好きな女の子は多い。


もうね…女子が刑事モノや医療モノが嫌いって話は一回も聞いたことがないんですよ。でも、「少女マンガでは恋愛モノ以外ダメだから…」という思い込みがある。

私は、作家さん向けに「質問箱(Peing-質問箱-)」をやっているのですが、作家さんたちの質問を見ていると、窮屈さを感じますね。「医療モノとかファンタジーが題材だと、Sho-Comiでは無理なんですよね」みたいな…。どうしてこういう風潮が生まれてしまったのか。

たとえばニューヨークのギャングたちを描いた『BANANA FISH』は今も輝きを失っていないですし。誰が女性を縛っているのか…。自分が編集者として現役でいる間になくしたい風潮だと思ってます。少女マンガ雑誌は、恋愛モノ以外も心待ちにしているんです。

ーー実際、少女マンガ雑誌を見ると圧倒的に恋愛マンガが多いですよね。

なんとなく…少女マンガはせまい。今は電子書籍の時代にシフトしているので、売れ方自体も変わってきています。世界でもヒットする作品の傾向は、どんどん変わってきていて、ヒロインの描き方もアップデートされている。

編集者って、人気作品の数字や評価を分析するのが仕事だと思うので、世の中のニーズをしっかり汲み取り、少女マンガの作品の幅をもっと広げていきたいですね。

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