「原稿より健康」講談社が漫画家1000人の医療相談をサポートする理由

先日、講談社に寄稿する漫画家約1,000人に対してオンライン医療相談サービス「first call」が提供されると発表されました。

これは講談社コミック事業局が主導した取り組みで、Twitterでは漫画家さんや編集者さんを中心に称賛の声が上がっています。

そこで、講談社でこの取り組みを主導した「週刊ヤングマガジン」編集次長のヤングマガジンのスズキさんにインタビューを実施。

「first call」の使い勝手からオンライン医療相談サービスの導入を決めた背景、講談社が目指す「クリエイターの不安・不満・不便の解消」まで、詳しくお話しいただきました。

登場する人のプロフィール

ヤングマガジンのスズキ

2006年講談社入社。週刊少年マガジンを経て、現在はヤングマガジン編集部と投稿サイト事業チームを兼任(※)。DAYS NEO&ゲームクリエイターズラボ責任者。うさぎ飼い。喫茶店が好き。

※記事公開後の2021年6月1日付で異動し、現在は講談社クリエイターズラボ部長として、DAYS NEO、講談社ゲームクリエイターズラボ、KickstarterPJTの責任者を務める。

友達にLINEする気軽さで医師に相談できる

ーーまず、改めて今回の取り組みについて教えてください。具体的に、漫画家さんはどういうサービスが受けられるんですか?

「first call」はLINEのようなチャット形式で、お医者さんに気軽に相談できるサービスです。画像を送ったり、ビデオ通話したりもできます。


例えば火傷をしたときとかに、「これ放っておいても大丈夫ですか?」みたいな雑なチャットを送っても、それを見たお医者さんが「大事ではないので心配いらないですよ」とか「これは通院して治療を受けた方がいいですね」とか返してくれるんです。

ーーそんなにラフな感じで送れるんですね。怪我したときに友達の医者に「これ大丈夫?」とLINEする感じというか…。

使い勝手としては、まさにそんな感覚ですね。


他社のサービスと比較検討するにあたって自分でも試してみたんですが、返事がすぐ返ってくるし、使いやすかったんですよね。


医師が実名で返答してくれるから安心感もあるし、送る側は匿名でいい。また、対応できる科目もすごく多いのも決め手でした。

ーーちなみに返事はどれくらいで返ってくるんですか?

チャットは24時間受け付けていて、1日以内に返事が届くようになっています。僕が使ったときは5分ぐらいで返ってきましたよ。


また、メドピアさんが弊社側の要望を聞き入れてくださり、漫画家本人だけでなくご家族やアシスタントさんのことでも相談OKになっています。


これは少し誤解されているんですが、ご家族やアシスタントさんが同じアプリを使えるということではなく、漫画家本人からの相談であれば受け付けるということですね。

ーーものすごく使い勝手が良さそうですね。

とにかく漫画家さんが楽に使えるかどうかを重視して選びました。


漫画家さんって本当に忙しくて、体調でちょっと気になることがあっても、何となく放っておいてしまったりすると思うんです。


よほど酷くなってからじゃないと病院に行かなかったり、後回しにしちゃったりする傾向がある。それに通院したくても何科に行けばいいか分からなかったりとか。

ーー「何科に行けばいいか分からない」って、漫画家さんに限らずあるあるですよね。

人間の身体って不調が起きている部位と、その原因になっている部位が離れていたりするじゃないですか。


僕自身の昔の経験で言うと、右側頭部がずっと痛む時期があったんです。


通院してもなかなか原因が見つからず、いろんな診療科をたらい回しにされた結果、ようやく原因が虫歯だと分かったということがあって。

ーーうわ、怖いですね。

症状の原因が自分では想像もしていないことだったりするんですよね。また、ちょっとした体調の違和感が大病の予兆であることも多いじゃないですか。


とはいえ、総合病院に行って精密検査を受けたりするのも時間がかかるし、僕のように診療科をたらい回しにされてしまったりする。


それなら後回しでいいか…と漫画家さんが考えてしまいそうなときに、簡単に相談できるようなサービスがないか調べて、「first call」に辿り着いたわけです。

ーー実際にサービスを利用する漫画家さんのことが、よく考えられていますね。

その点ではもう一つ重視したことがあって、漫画家さんがどれだけサービスを使っても僕たちが把握できない仕組みにしているんですよ。


漫画家さんが体調について編集者に伝えたいときは言ってくれていいんですが、性別や家庭の事情など、さまざまな理由で知られたくない場合があるじゃないですか。


だから、実際に漫画家さんによってどのように利用されたのかを講談社側が把握できないようなサービスと提携したかったんですよね。

ーー配慮がすみずみまで行き届いている…。

メドピアさんが柔軟に対応してくださったおかげで、誰がどういう症状で相談したかとか、一人が何回利用したかという情報が講談社に一切伝わらない形で実現できました。


唯一、責任者である僕ともう一人の担当者であるコミック事業局の局長にのみ、サービス全体として何回使われたかという情報だけは伝わるのですが、これは料金を支払うためですね。


当然、各担当編集者は何も把握できないので、講談社に寄稿する漫画家さんは何も気にせずどんどん使っていただきたいです。

森川ジョージ先生の言葉を借りれば「原稿より健康」

ーーTwitterでは、漫画家さんや編集者さんからこの取り組みを称賛する声がたくさん集まっていましたね。

そうですね、いい反応がもらえるのは嬉しいです。リリースが先に出ちゃったので、講談社の作家さんからは「そんな案内来てないぞ」と言われてしまったりもしたんですけど(笑)。


編集者は漫画家さんから健康の相談を受けることも多いのですが、適切なアドバイスができないことを課題に感じていたんですよね。

ーー役割的にいくら漫画家さんを支えたくても、医者ではないですもんね…。

もちろん通院は勧めますが、さっきもお話ししたように漫画家さんは常に忙しい。


僕たちが病院に行くことを勧めても、すぐに実行できる場合の方が少ないと思うんです。


けれど、医者から「すぐ病院に行った方がいい」と言われたら、仕事を一旦止めてでも行くじゃないですか。


そうやって早期に小さい症状から気軽に相談できれば、大事に至ることは減るんじゃないかと。

ーーそうですね。

今回の取り組みについて、森川ジョージ先生が「原稿よりも健康!」とおっしゃっていたんですが、本当にその通りだなと。そもそも健康じゃないと原稿は描けませんからね。

ーーすごくいい言葉だと思います。現状、導入はどんな感じで進んでいるんですか?

5月3週目から全部署に配り始めたんですが、なるべく5月中には担当編集者を通じて約1,000人の漫画家さん全員に行き渡る予定です。


漫画家さんには案内のパンフレットとなぜこの取り組みをやるのかという説明、さらに「寄稿家カード」の3点セットをお渡ししています。

ーー「寄稿家カード」?

これです!裏面に「first call」アプリのQRコードとクーポンコードが印刷されていて、クレジットカードのようなしっかりした素材でできています。

サンプル画像なのでぼかしを入れています。
ーー確かにしっかりした質感ですね、何かの免許証みたい!

オンライン医療相談サービスって、案内されても直近で悩んでいることがなければ、しばらく利用する機会がなさそうじゃないですか。


そうすると、パンフレットだけ送られてきても、利用するまでに失くしちゃう場合もあるかなと。


だから、捨てづらい存在感のあるものとしてお渡ししたかったんですよね。これだったら財布やカードケースに入れてくれたりして、失くしにくいんじゃないかと思います。

ーー本当に細部まで漫画家さんへの配慮が行き届いていますね。

前々から漫画家さんに「あなたは私たちにとってとても大切な人です」とお伝えできるような何かをやれたらいいなと思っていて。


いい機会なので、今回形のあるものとしてお渡しすることで、少しでも僕たちの尊敬や感謝の気持ちが伝われば嬉しいなと思っています。


事務的なやり取りにはしたくなかったので、お渡しする方法も漫画家さんとの距離が一番近い各担当編集者に任せるようにしたんですよ。

健康に限らず漫画家の不安・不満・不便を減らしたい

ーーこのタイミングで漫画家さんの健康問題の解決に取り組み始めたのは、どういうきっかけからだったんでしょうか。

そもそもは健康の話に限らず、例えば契約面など、漫画家さんがうちの会社と仕事をする中で感じている不安や不満、不便を減らせないか?というもっと大きな課題感があって。


半年前くらいに、僕はもちろん役員や部長クラス、現場の若手の編集者も合わせて8人くらいでアイデア出しの会議をしたんですよ。


そこで出たいくつかのアイデアを実現に向けて進めていく中で、たまたま「first call」の企画が最初に出せたというだけなんです。

ーーえっ、そうなんですか。じゃあ他にもいろいろな取り組みを準備されていると。

そうです。従来の形でも漫画家さんへの配慮はしっかりしているつもりですが、もっと安心して仕事を請け負ってもらえないかを考えたいんです。


先日、講談社は創業112年目にして企業理念とロゴを刷新したんですが、ご存知でしょうか。

ーー動画も出て、ニュースになっていましたよね。

ああいう風に、これから会社として世界に打って出ていこうという中で、クリエイターさんに「講談社に寄稿してよかった」とより思ってもらえる会社にならなければいけないと考えているんです。

ーーちなみに、「first call」の提供が漫画家さん向けなのは、コミック事業局が主導する取り組みだからですか?

そうです。小説家さんやイラストレーターさんなどの他のクリエイターを軽んじているわけでは決してなく、単純に僕たちの管轄外なんですよね。


ただ、もし今回の取り組みが漫画家さんに好評であれば他事業局、ひいては他社さんが同じような仕組みを導入することもあるでしょうし、業界としてクリエイターさんをもっと大切にする方向に進んでいくのが理想ですよね。

ーーそうなっていくと最高ですね。

持論ですが、編集者の仕事は作品をヒットさせることだけじゃないと考えています。


「作品ではなく作家の担当をする」が僕の信条で、僕たちは作家のビジネスパートナーではありますが、ビジネスとして成功させればいいというだけではないんです。


僕たち出版社はクリエイターさんがいなければ成り立たないし、生きていけないし、だからこそ作品を寄稿してくださる方々を本当に大切にしなければいけない。

ーーそうですね。

今って例えばnoteやpixivFANBOX、Twitterについた送金機能でもいいんですが、一人でも世の中に発信できるしお金も稼げる時代じゃないですか。


それでも講談社を選んで寄稿してくださった方たちに「講談社を選んでよかった」と思ってもらうため、パートナーとして全力を尽くすしかないんです。


うちの会社は僕に限らず、役員、社長と上に行くほどそういう考えが強い会社なので、今後も頭を柔くして、クリエイターさんのための取り組みを多角的に考えていければと思っています。


何を質問しても漫画家さんへの配慮の話につながっていくので、本当にクリエイターさんを大切にするという姿勢が一貫しているな、素敵だなと思いながら話を聞いていました。

スズキさんもお話しされていましたが、今回取り上げたような取り組みが出版業界全体に広まり、あらゆるクリエイターさんが普段の仕事により集中できるような世の中に向かっていくことを願ってやみません。


「週刊ヤングマガジン」編集次長を務めながら、マンガ編集者とオンラインで出会えるマンガ投稿サイト「DAYS NEO」や、インディーゲームクリエイターを支援する「ゲームクリエイターズラボ」などの責任者として様々な角度からクリエイター支援に向き合うスズキさん。「編集者の仕事」についてガッツリとお聞きしたインタビュー記事を公開しているので、ぜひ合わせて読んでみてください。