ブルーピリオド

山口つばさ / 著

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人生の教科書「ブルーピリオド」

こんにちは!この記事では私の大好きなマンガ「ブルーピリオド」について紹介していきたいと思います!

ブルーピリオド
山口つばさ/著

この作品の何に私が惹かれているのか、それを端的に言うとかなりの「熱量」とおそらく作者が意識しているであろう「ロジック」の塩梅です。私が読んでいる時の体感としては熱量が8割、ロジックが2割ぐらいかなあという感じなのですが、その2割のロジックの部分に今回は着目して語らせていただきます!

ブルーピリオド (全5巻) Kindle版

※四箇所ほど端的にネタバレしている箇所があります。物語全体の流れからすると些末なシーンではありますが、ネタバレを完全に避けたい方は読むのをご遠慮下さい!

主人公と風変わりなヒロイン

この作品を語るにあたって外せないのが二人のメインキャラクターです。私は基本的にはこのマンガをこれから紹介する二人のキャラクターを中心とした群像劇として読んでいます!それでは見ていきましょう。

まず主人公が成績優秀で誰とでも仲良くできる器用なヤンキーくんである「矢口八虎」。彼は持ち前の地頭のよさ、圧倒的な努力量、愛嬌の良さで見事に世渡りをしており、社会のレールに意図的に乗ることに成功している。いわゆる「インサイダー」の極みのような人間です。

一方この主人公の対になるようなキャラクターとして常に女装をしており、ルックスの良さから生徒からは人気があるが先生たちからは若干疎まれている様子の「鮎川龍二(あゆちゃん)」がいます。

他人に気を遣いながら華麗に世渡りをする八虎とは対照的に周囲の目は気にしない。まさに唯我独尊という言葉がしっくりくる「アウトサイダー」の極みとも言えるキャラクターです。王道で行くなら女の子のヒロインを配置するポジションに女装男子を置いているというのがまたアウトサイダー感を加速させています。

ここでようやく簡単なあらすじを紹介させてもらうと、先程紹介した通り、社会のレールに乗って生きていた八虎が絵を描くことに喜びを見出し将来性それ程保証されてはいないとされる芸大の中でも最難関と呼ばれる東京芸術大学を目指すマンガなのですが、本質的なテーマがかなり明確です。

先程八虎と龍二をそれぞれインサイダーとアウトサイダーとして紹介しましたが、この二人が物語の両極に位置し、インサイダーからアウトサイダーになっていくことへの葛藤や、アウトサイダーであり続けることへの葛藤を発露し、そこに続くように様々なキャラクターの闘いが描かれます。

メインキャラクター二人の初期の関係性を象徴するのが次のコマです。

アオ

ブルーピリオド

ある放課後、美術の授業の際にタバコを美術室に放置していたことに気付いた八虎が回収にくるとそこには大きな絵が一枚置いてあり、八虎は見惚れてしまいます。そこに龍二がやってきて、八虎が忘れていったタバコを差し出して、タバコに関して「付き合いでしか吸わないんだね」と指摘、箱がシワシワな割に中身が減ってないことから見抜いた様子でした。

続けて「好きでもないのに付き合いで体悪くするくらいならやめときなよ」「君のこと見てると不安になる」などと言い放ちます。それに対する八虎の反論からはじまるのが上の画像のシーンです。

八虎は女装のことを指して「俺も龍二見てると不安になるぜそのカッコー」と皮肉で応戦、ここでのやりとりはまさに二人の関係性を象徴しており、二人の矜持のぶつかり合いだと私は考えています。

周りに合わせてタバコを吸うことによって世渡りをするインサイダーの八虎、周りを一切気にせず校内でも女装をしている龍二、この場面では「タバコ」がインサイダーとしての八虎を象徴するアイコンとして、「女装」がアウトサイダーとしての龍二を象徴するアイコンとして機能しています。

このやりとり、コマは二人の一番はじめの関係性であり、物語の幕開けです。ここからの二人の関係や二人が何と向き合っていくかの変化、またそれらが周りに及ぼす影響こそがこの作品の物語そのものです。

「意味」から「強度」へ

先程、このブリーピリオドは本質的なテーマが明確であることを指摘しましたが、そこには「意味」と「強度」という二つのキーワードがあると私は考えています。ここからはこの二つのキーワードについて考えていきます。

社会学者の宮台真司氏は「人生の教科書 [よのなかのルール]」という本の中で人が生の濃密さを表す概念として「意味」と「強度」を挙げています。

「意味」とは、例えば高度成長期の日本であればたくさん勉強をしていい大学に入り、就職活動をすれば良い人生を送れるとある程度保証されていました。それは言い換えれば社会が個人に対して「物語」を与えていたとも言えます。そして多くの人がその物語に乗って生きることに価値を見出していました。宮台真司氏はそのような文脈での「物語」のことを「意味」と呼んでいます。

一方で「強度」とは先程説明した「意味」とは真逆の概念です。先程の宮台氏の本の中に「ゲームで興奮するのも、スリルやスピードが気持ちいいのも、意味とは関係ありません。ただひたすらに楽しく、気持ちよく、充実しているわけです。」とあるように、簡単に言ってしまえば「今ここ」を充実させようという態度のことで、宮台氏は「体感」と表現しています。

近代過渡期には国家主導で人々に「意味」を提示して、それを追求させることが国の成長と結びついていましたし、多くの人もその「物語」を信じていました、しかし近代成熟期に入り近代社会が出来上がってしまえばその「物語」は価値を失ってしまいます。そしてそれはまさに今の日本社会そのものです。

そうなった時に相対的に価値を持ち始めるのが「強度」です。宮台氏は「強度」こそがこれからの社会における生の充実の鍵になると指摘していますが、ブルーピリオドというマンガの登場人物、特に主人公の八虎はまさに「意味」や「物語」から「強度」へと向き合おうとしているキャラクターであり、それはこの漫画の姿勢そのものであるとも言えます。

龍二にしても同じことで、龍二は女装なんかしなくても顔立ちは良く人気は出るだろうし、無難に人気を取ろうと思えばそれができるだけの器用さを持ち合わせているとも思われますがそのようなことをしません、それは龍二が誰かが用意した「意味」ではなく自身が欲する「強度」を選択したからであると言えます。

強度ポイント!!

ロジックに焦点を当てると宣言した通り、ここまで理屈っぽく解説してきましたが、ここからは軽めにわかりやすく私がブルーピリオドを読みながら「ここ強度が出てるな〜」とか「このシーン強度めっちゃ感じるな〜」といったように先程説明した定義通りの「強度」が漫画内で強調されていたり、溢れ出たりしている場面を「強度ポイント」としていくつかさくさくと紹介していこうと思います!

強度ポイント①「俺の心臓は今動き出したみたいだ」

アオ

ブルーピリオド

ブルーピリオドのはじまりといっても過言ではない場面ですね…絶対に外せないです。ここまでは絵の道に進むかどうかの葛藤があった八虎ですが、そんな八虎がようやく家庭の経済状況など頭によぎる様々な邪念を振り切り絵の道に一歩踏み出す場面です。

この前のページでもまだ美大に入れるかどうか「確信が持てなくて」と美術部顧問の先生に不安を吐露し、自分が美大に入れるかどうかを訊ねます。それに対する先生の回答が「わかりません!でも好きなことをする努力家はね最強なんですよ!」というもの。これを聞いた後の八虎のセリフが「明日入部届け持ってきます」からの画像のシーンでした。

八虎が確信、つまり継続した努力の先に成功があるか否か、これはつまり言いかえると「意味」があるかどうかが不安だとするのに対し先生は「好きなことをする努力家」そのものが最強であるとキッパリ、言いかえれば「強度」が最強だと言っているのです。ここからの八虎の振り切り感も気持ちよく、これぞ物語のはじまりです。

強度ポイント②「でも世間が良いっていうものにならなきゃいけないなら俺は死ぬ」

アオ

ブルーピリオド

個人的にはこのマンガで一番好きなセリフ、二巻からの引用ですが龍二を象徴するセリフだと思っています。

龍二が男にフラれたところを目撃した八虎からの「お前くらい整った顔なら男の格好してと方がモテるだろ」というセリフを受けての重い一言です。普通の格好していても男子からも女子からもモテるであろう龍二、それでも自分が見出した価値観に沿って生きれないならそれは死に等しいという龍二の信念そのものです。

少し面白いのは先程の場面のフラれて弱っているところを八虎に目撃された龍二が八虎にタバコを要求する場面があります。

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龍二が唯一タバコを吸う場面。その「唯一」が龍二の心境を現してる

今のところ龍二が唯一タバコを吸う場面なのですが私はここで最初の方に挙げたこのシーンを思い出しました。

アオ

ブルーピリオド

この場面ではタバコは周りとの付き合いや世渡りテクニックの象徴としてのアイテム、つまり「タバコ」=「意味」として扱われていました。

その図式を龍二がフラれた場面に当てはめると、タバコを吸う八虎を馬鹿にしていた龍二にあえてここでタバコを吸わせるというのは「自分の信念」=「強度」に忠実に従い、結果敗れて弱った龍二が「意味」に流れてしまいそうになっていることを示唆しているのかなあと思いました。

少なくとも作者である山口先生なら意識的にやっていてもおかしくないし、そうやって読むとまた深みが出てきて面白いかなあと思います。どれくらいブルーピリオドが続くかはわかりませんが、「タバコ」はキーアイテムとしてこれからも是非注目していきたいです!

強度ポイント③「世田介くんのこと好きだし 腹ん中煮えくり返りそうなくらい嫌なんだ」

アオ

エモシーン

ここでようやく八虎、龍二以外のキャラクターを紹介、八虎の目の前にいるのが世田介くん、見た目はかわいらしい男の子でこのマンガにおける唯一明確な「天才キャラ」です。初登場時から突出した才能を周りに見せつけていて、ハ虎にとってもとっつきにくいキャラクターでした。

どのマンガや小説でも天才を主人公に対してどういうポジションに置くかはかなり重要で尚且つ難しい問題だと思っていて、例えば主人公のライバルにしてみたり、主人公の師にしてみたり、そもそも主人公が天才だったりとか色々ある訳ですが、いずれにせよパワーバランスを崩しやすかったり葛藤を下手に描けないので置き場に困ります。

さて、このブルーピリオドにおいてはどこに置かれているのか、私は「主人公(ハ虎)」「ヒロイン的存在(龍二)」「天才(世田助)」と並べて、完全に並走関係にあると考えています。

分かりにくいと思うので詳しく書くと、そもそもハ虎が目指す東京芸術大学油画科は作中でも言及されますが、約1000人の受験者に対し合格者55人と狭き門であり、正直一マンガの登場人物だけで勝った負けたと言っても仕方がないのでライバルとして露骨な競争相手を出す意味もそんなにありません。

そんな漫画自体の性質もあり、人物同士の関係性は敵対というよりかは価値観を比較させて相対的に各キャラクターがどのような価値観で生きているのかなどを浮き彫りにさせる触媒のようなものになっているように思われます。

そのような観点で見た場合世田介くんはハ虎に対してどのような存在か、それはおそらく龍二に近い存在、ざっくり言ってしまえば彼もアウトサイダーに位置しているのですが、彼の場合は龍二よりも遠くにいます。

龍二がハ虎に対して「こちらにおいで」と優しく、ではありませんが手を差し伸べるような存在であるのに対して世田介くんは「こっちには来るな、ここはぼくの聖域なんだ」と言い放ち続けるような存在です。

天才の葛藤にも様々な種類がありますが、世田介くんは絵の世界で一番であり続けなくてはならない、孤高で孤独な存在です。友達がいなく遊び方がわからない。とにかく絵の世界で勝ち続けなくてはならない。だから遊びや世渡りと絵を両立できてしまう、ある意味では半端者のハ虎を忌み嫌っています。

画像の場面はそんな世田介くんが紆余曲折あってハ虎を大晦日の初詣に呼び出してからのやり取りです。

ハ虎が世田介くんになぜ自分を嫌っているのか尋ねると世田介くんは「矢口さんにはわからないと思うよ なんでも持ってる人には 俺には美術しかないから」と答えます。

画像のセリフはそんな世田介くんに対して「(美術をやってきた自分にはすごさがわかるから)世田介くんのこと好きだし 腹ん中煮えくり返りそうなくらい嫌なんだ」と複雑な胸中を吐露しています。

それに対して世田介くんは「俺も矢口さん見てるとイライラするよ」と返し、それを聞いた八虎は喜びます。なぜ喜ぶのか、それはハ虎が自分は世田介にとって特別な存在に自分はなれたのだと感じたからです。

ここでのポイントは世田介くんが「俺も」と言っているところだと私は思います。これまでは「聖域に入ってくる八虎が嫌い」という状況だったのが今度は「(俺も)(美術をやってきた自分にはすごさがわかるから)自分を聖域内で脅かしてくる八虎が嫌い」に明確に変わった、というより自覚したのだと思います。

先程も述べましたがこれは単純な勝った負けたの話ではありません、ただこの場面で明確に世田介くんはハ虎を同じく価値観の世界(強度の世界)にいるものとして認めたのです。バトルマンガのような明快なカタルシスはありませんが、静かに拳を握りしめたくなるような気持ち良さがある場面ですね!

強度ポイント④「じっ…自分のやりたいこと選んでて 俺も やってみたいと思っちまったんだよなあっ…」

アオ

ブルーピリオド

ハ虎の不良仲間で親友の「恋ちゃん」がパティシエの専門学校への進学を決めたことを八虎に告げる場面です。この時まで八虎は彼がお菓子作りに興味があることを知らなかったので、筋骨隆々な強面の彼からの突然の告白に吹き出してしまいます。

実際その場面はコメディタッチで描かれていてネタ感全開です。だからこそページをめくった後にある画像のシーンが胸に迫ります。私自身も今読みながら泣きそうになってます笑。

ここでのポイントは二つあります。一つは半分モブのような存在かと思われていた八虎の不良仲間、実際に話が進むにつれて存在感は薄くなっていました。そんな中四巻で突然の告白なので、単純にインパクトが強いですし、全てのキャラクターにきちんとドラマがあるのだという感動があります。

もう一つが彼が八虎を見ていて自分もやりたいことをやりたくなったと言っていることです。ハ虎は龍二をはじめとする様々な人間に影響を受けて、美術の世界に足を踏み出します。

そんなハ虎が四巻に至って影響を与える側になっているのです。強度の世界で戦い続けていた八虎を表にはそんなに登場せずとも見続けて憧れ、自分もやりたいことをやろうと一歩踏み出す人物がいる。様々な感動が詰め込まれている名シーンだと思います。

ブルーピリオドを読もう

もうここまで読んだ人にはブルーピリオドを読まない理由の方が少ないはずです。(記事執筆時の2019年7月現在)まだ5巻までしか出ておらず、全巻揃えるのも簡単です。この記事では強度ポイントとして4場面、1巻から4巻よりバランスよく一つずつ好きな場面を抜き出し紹介しました。ここで紹介していない4巻では強度の一歩先の物語が描かれています。是非実際に手に取り確かめてみて欲しいです。

最後に、冒頭でこのマンガは熱量が8割ロジックが2割だと紹介しました。私は今回あえてロジックに焦点を当てて、「意味がうんたら〜強度がどうたら〜」と書きましたが笑、本当はそんな読み方をする必要はありません。

とにかく山口先生の、登場人物の、関わっているスタッフや協力して絵を提供してくれている方々の熱を感じて欲しいです。この記事を通してブルーピリオドを読んで、突き動かされてくれる人が現れたら本望です。

長文、最後まで読んでいただきありがとうございました!!

【編集部から】アオさん、ご応募ありがとうございました。マンガを俯瞰で読むとき、いくつかの角度に出会うことがあります。今回は、光と影、補色のようにお互いを照らし合う関係性に着目することで、コマに描かれている絵に秘められた意味を気付かせてくれました。マンガって深い!これからも読む人を突き動かすような記事、お待ちしています!