はじめまして!夫婦でマンガを描いている峯せいじと申します。今回は、私たち夫婦が大好きな「不滅のあなたへ」をご紹介します。
「不滅のあなたへ」ってどういう作品?
「不滅のあなたへ」は、映画「聲の形」の原作で知られる大今良時先生の作品です。
一言でいうと、「主人公フシが世界を旅して、人々と出会い変化していく話」です。こう書くとどこが掟破りなんだろう?となると思います。
本作品は少年マンガ作りの掟とも言える手法をあえて使わずに作品を描きつつも、王道マンガになっているのがメチャクチャ天才だなと畏怖しています。ここでは、この作品のどこが掟破りでそして王道なのかを順を追って紹介していきたいと思います。
掟破り1:主人公の中身が空っぽ
少年マンガの主人公と言えば「〇〇になる!」、「〇〇をしたい!」という強い動機や揺るがない信念を持っているのが一般的です。
しかし、ここが本作の掟破りなところなのですが、主人公フシは最初、動機どころか自我を一切持たない球体として登場するのです。
こんな主人公はこれまでにいません。唯一無二です。
フシは話が進むに連れ、人と出会い、刺激を受けることで、徐々に自我や感情を獲得し変化していきます。
最初「空っぽ」だし「揺らぐ」という掟破りな設定ですが、悩み、変化し続けるという意味では非常に王道な主人公とも言えます。
掟破り2:主人公の外観が変わる
先述のとおり、主人公フシは球体からスタートします。マンガのキャラ作りで有名な話ですが、人気キャラはシルエットでわかるようになっていると言われています。例えば、「鉄腕アトム」のアトムの頭部はどの角度から見ても、アトムのシルエットになっています。
でも、最初のフシは球体であり無個性の極みです。
刺激を得ることによって、動物や人の姿を獲得していき、最初に出会った少年を基本の姿としつつも、それも状況に応じて変幻自在で固定しません。
外観が変わるということは、読者からすると主人公フシを視覚的に捉えにくいので、本来愛着が湧きにくい構造という問題が発生します。ですが、読めば読むほど不思議とフシへの愛着が湧いてきます。
それは外観ではなく、フシの考え方や行動が、フシらしいということであり、キャラが強烈に立っているということの証明なのです。
掟破り3:主人公が死なない
フシはタイトルどおり不滅です。生物として死にはするのですが、すぐ元通りになります。
本作はバトルシーンも多くあるのですが、本来バトルというのは主人公がやられるかもしれない、死ぬかもしれないからドキドキするのであって、それをなくしてしまうというのはかなりの冒険です。
ですが、本作は主人公から生命としての死を取り払った代わりに、「存在としての死」というすごく本質的な設定が与えられます。
2巻以降、フシの宿敵とも言える存在「ノッカー」が登場するのですが、この敵はフシの記憶を奪います。
記憶を失っていくことで、フシはこれまで獲得してきたものを失い、最終的には初期の何でもない球体へと逆戻りしていきます。
この設定がすごい。「生命としての死ではなく、存在としての死を与えることで、不滅の主人公のピンチを作る」。
しかもそれが「生きるって?本当の意味での死って?」というすごく深いテーマにつながっているという手法。大今先生、天才です。
ここまでは主人公フシの掟破り具合を書いてきました。これ以降は、その他の掟破りなところを説明していきます。
掟破り4:メンターも敵も淡々としている
少年マンガでは主人公を導いてくれるメンターや、強烈な個性や欲望を持った敵は物語を盛り上げる上でとても重要です。
それが本作ではすごく淡々としています。メンターっぽく登場する黒いローブを着た男、フシを襲う敵「ノッカー」。彼らの目的がふんわりしてて、謎です。
黒いローブの男もフシを導いてくれるかのようで好きなようにさせますし、ノッカーなんか自我も感情もなく、淡々と襲ってきます。
でも、「こいつらって一体なんなの?」という謎が気になって次をどんどん読んでしまうんですよね。敵のキャラじゃなくて、謎で読ませる。
掟破りだけど、謎で読ませるというところは王道ですね。
掟破り5:時空間が結構移動する
最初、北欧のようなところから始まり、次は弥生時代の日本のような世界、インド(?)、中世ヨーロッパ等々。
しかも、その舞台ごとに文化、風習があり重厚な設定になっています。(これを週刊でやれるって、取材とか勉強とか一体どうなってるんだろう・・・その意味でもすごい)
さらに、章が変わると前回の章からは40年経過したみたいなこともあり、読者はフシと一緒に時空間旅行をすることになります。不滅の主人公だからこそできる、掟破りの手法ですね。
ここまでは、本作品の掟破りなところを説明してきました。最後に、本作の王道たるゆえんを説明します。
魅力的な仲間との出会いで成長する
主人公フシは空っぽの状態から、さまざまな人との出会いで成長していくのは前述のとおりです。
そこで出会う仲間なのですが、彼らを取り巻く環境や悩みが現代日本人の私たちに本当に共感できる内容になっているのがすごくいいです。
例えば、1巻ではフシが出会った少女、マーチが「大人になりたい」と考えているところに、それを許さない大人の事情、圧力がかかります。
「大人になるってどういうこと?」これってすごく普遍的なテーマですが、こういった普遍的なテーマが主要な仲間一人一人に設定されていて、さらに仲間との出会いからそれをフシが考え、答えを出すことで成長していきます。
一つの話が終わる度に、次はどんな仲間と出会うんだろうという楽しみ方ができる王道マンガです。
まとめ
こうして紹介文を書いていくことで、自分でも納得してしまったのですが、「不滅のあなたへ」は掟破りな作り方をしつつも、根底にあるのは「フシとフシが出会う仲間が紡いでいくストーリー」です。
つまり、主人公で不滅で、姿形が変幻自在で、舞台が変わっても、その世界にいるキャラを描くことに徹しきっている「超王道マンガ」です。
だからこそ、「死とは?生きるとは?」といった普遍的なテーマを描くことができる。
この掟破りの王道マンガ、みなさんも一度読んでみてはいかがでしょうか?
【編集部から】 峯せいじ/夫婦マンガ家さん、ご応募ありがとうございました。マンガ家の方は普段どんな作品を読んでいるでしょうか。そこからどんなエネルギーを得ているのでしょう。読者のわたしたちが普段抱えているそんな素朴な疑問への回答もなんだかここには含まれていて、とてもリッチな気持ちになって読むことができました。マンガと記事の二刀流での活躍、期待しています!