九龍ジェネリックロマンス

眉月じゅん/著

『九龍ジェネリックロマンス』大人のラブロマンスに同居する、静かなミステリー

ヤングジャンプコミックスで連載中の、眉月じゅん先生による『九龍ジェネリックロマンス』。本作は架空のディストピア都市である九龍を舞台とした、2人の男女の関係を描いた作品となっています。

連載当初こそ、時に切なく時にくすりと笑えるようないわゆる大人のラブロマンスが話題になったこの作品。しかし物語が徐々に展開していくにつれ、少しずつ露わになり始めたストーリーの本質が今大きな話題を呼んでいるマンガです。

今を生きている私が、果たして「本物」の私である証拠は?

皆さんは哲学の世界に「世界五分前仮説」という理論がある事をご存知でしょうか?この説はその名の通り、「世界は5分前に始まったのかもしれない」という仮説です。

いやいやそんなわけないでしょ。だってこの世界には間違いなく10分前も1日前も1か月前も存在しているし、その頃に自分が何をしていたかの記憶もある。きっとそう考える方が圧倒的に多いのではないでしょうか。

ですが、今私たちが生きる世界はもしかしたら5分前に、10分前や1日前、1ヵ月前の「非実在の過去の記憶」を持って突然出現した世界かもしれない。私たちは記憶にあるような過去を過ごした、と誰かに「思いこまされている」。その可能性を、否定する事はできませんよね?

これはノーを証明できないならそれすなわちでイエスである、という「悪魔の証明」と呼ばれるものの有名な説の1つです。今を生きている自分は、一体いつからこの世界に「本当に」存在しているのか。過去を証明することができない自分は、果たして「本物」の自分なのか?そんな問いと向き合っているのが、本作の主人公・鯨井令子なのです。

たとえ「本物」の自分でなくても、「絶対」の自分で在りたい

同じオフィスに務める先輩・工藤に惹かれる中で、自分には過去の記憶が一切ないこと、そして昔自分と全く同じ名前、同じ容姿をした人物が、工藤の婚約者だったことを鯨井は知ってしまいます。

自分と工藤の間には、過去に一体何があったのか。自分が工藤に抱いているこの気持ちは、「偽物」の自分ではなく「本物」の鯨井が持っていたものなのではないか。一体自分はいつから「本物」ではない、「偽物」の鯨井玲子となっていたのか。

当たり前すぎて意識することすらなかった、自分という存在。そのアイデンティティが崩壊する事の恐ろしさは、とても想像のつかないものです。

ですがその中でも、たとえ自分が「本物」の自分ではないとしても、自分を信じて突き進める「絶対」の自分になりたい。たとえ偽物であっても、それを美しいと思い、同時にその偽物を求める人もいる。そんなふうに自身のアイデンティティを確立させていく主人公・鯨井の姿は、読者にとっても非常に魅力的に映る事でしょう。

物語は徐々に核心へ…「偽物」≒ジェネリックな鯨井の運命は?

現在物語は少しずつ、ストーリーの核心に迫る展開ともなりつつあります。鯨井以外にも「本物」ではない人物がいる可能性、人間のクローンとも呼べる「ジルコニアン」の存在の示唆。そしてこの九龍の街自体が、そもそも「偽物」である可能性すら浮上し始めています。

徐々に明かされていく物語の舞台の真相。その中で同時に進んでいく、「偽物」≒ジェネリックである主人公の鯨井と工藤の恋。展開も佳境を迎え始めている本作を、ぜひ今すぐチェックして頂ければと思います!

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