『乱と灰色の世界』の入江亜季先生が極北の島国・アイスランドを舞台に描く、「車と話ができる」17歳の青年探偵・御山慧の物語『北北西に曇と往け』。
2021年1月15日より、コミックス最新5巻が発売中です。
「ハルタ」で連載されてきた同作は、2021年4月創刊の新雑誌「青騎士」への移籍が決まっています。
アル編集部は、5巻発売のタイミングで宣伝も兼ねて何とか入江先生にインタビューできませんか?とごねたところ、何と自宅兼アトリエにご訪問させていただけることになりました。やったー!
そんなわけで、ぎっしり詰まった本棚、執筆道具に囲まれた作業机、写真資料と撮影用のカメラ、モノクロとカラー両方の生原稿、クロッキー帳まで、入江先生のアトリエを許される限りで公開しちゃいます。
登場する人たちのプロフィール
入江亜季
香川県生まれの漫画家。2002年、ぱふ(雑草社)にて入江あき名義で掲載された「フクちゃん旅また旅」でデビュー。魅力的なペンタッチと鮮やかな人物描写が高く評価されている。2021年4月からは新漫画誌「青騎士」へ移籍して『北北西に曇と往け』を連載する予定。
大場渉
『乱と灰色の世界』『北北西に曇と往け』担当編集者。1997年にアスキー(現在はKADOKAWA)へ入社。あすか編集部とハルタ編集部の責任者で、2021年から新漫画誌「青騎士」を創刊する予定。著書を全冊読破した作家は、谷口ジロー、南條範夫、外山滋比古。
入江先生の本棚と作業机、執筆道具
ーー今日はお仕事場にあるものを色々と撮影しまくっちゃう予定なんですが…よろしくお願いします!
散らかっていて、すみません…。
マンガや資料の本が二重に仕舞われている本棚。奥の列に仕舞われた本までは確認できませんでした。
ーーそしてこちらが入江先生の作業机ですね。
入江先生の作業机。執筆道具や資料に囲まれています。
傾斜台はなんでこんなにすごい角度なんですか?
このほうが描きやすいんですよ。
かなりの角度まで持ち上げられた傾斜台。
ーーペンはどこのものを使っているんですか?
GペンはゼブラのハードGペンで、丸ペンはタチカワのものですね。
「マンガを描くのにメインで使う道具はこんな感じ」だそうです。
このペン軸、気に入っているんですよ。今はもう売っていないんですけど。またつくってほしいです。
ーーずっと同じ道具を使われているんですか?
いや、色々な道具を使ってさまよった末に辿り着くものです。
ーーおお、じゃあ今使われている道具はその辿り着いたものですか?
今はこれで落ち着いていますけど、また変えるかもしれません。新しいペン先が出たりもしますしね。
担当編集の大場さんが当日に持参していた『北北西に曇と往け』最新5巻の色校正のための用紙。
『北北西に曇と往け』生原稿を公開!
入江さん、色稿以外にもなんか絵を出そうよ。生原稿を見たい。
ーー見たい!
『北北西に雲と往け』の生原稿。単行本用に修正するため出してあったもの。
近くで見ると、とても繊細な筆致が見て取れます。
こちらはもう1枚置いてあった生原稿。
「ハルタ」と書かれた大きな紙封筒から取り出してくれた、5巻裏表紙のカラー原稿。
スクロールして少し戻って、色校と見比べてみると面白いですよ。
ーー生原稿とても素敵でした、ありがとうございます!そしてこちらには『北北西』1巻の色校やポスターが貼られていますね、これって撮影してもいいやつですか?
いいですよ。
居室には『北北西に曇と往け』のポスターや、1巻の色校が貼られています。「ポスターつくってもらえて嬉しかったので貼りました」と入江先生。手前に見切れている銀色の物体は、チェロが入ったケースです。
チェロ弾こうよ。
ーーチェロ、ご自身でも弾かれるんですか?
マンガに出てくるので、取材を兼ねて弾いています。
ーーレンタルとかじゃなくてご自身で購入されるんですね。
1年やってみて、まだ辞めないなって思ったので。レンタルが結構高いんですよ、年間7万円くらいで…。
ーーひー、高い!
アイスランドの形の飾りがある。それはどうしたの?
ああ、クリスマスオーナメント。アイスランドのお土産ですよ。
デスクライトからぶら下がっているアイスランドの形をしたオーナメント。
アイスランドでは、自分のツリーをつくるために子どもの頃から毎年1個ずつ買う風習があるそうです。アイスランドに行くたびに買っているから、他にも何個かありますよ。
仕舞っていたケースから取り出して、オーナメントを見せてくださいました。
こういうのってどこで売ってるの?
ちょっとした手づくりの売店とかで売っているかな。あとアークレイリの町はずれに、オーナメントを大量に扱っているお店があって、そこで買いました。
ーーアイスランドには結構な頻度で行かれているんですか?
正確に何回行ったかはちょっと忘れかけているんですけど6、7回かな。
ーーそれって『北北西』の執筆を始められる前から?
そうですね。描こうと思う前に1回行って、素敵だなって思って。その後に2回ほど取材に行って、それから連載ですね。
アシスタントは新人作家がどんどん出入りしていく
ーーそうなんですね。こちらのもう一つの机も作業用ですか?
こっちはアシスタントさん用の作業机です。
『北北西に曇と往け』のキャラクターの描写についてのメモが挟まれています。
ーーこの作業机、椅子が2つありますけどアシスタントさんは2人?
状況によりますね。基本的には1人入ってもらってのんびりやっていますが、仕事がたまっていると2人来ていただきます。
ーーおお、そうなんですね。アシスタントさんって結構入れ替わったりするんですか?
入れ替わりますね。基本的には昔から、プロアシさんではなく自分の描いている雑誌の新人さんに、原稿に慣れてもらったり話を聞いたりする機会として来てもらっているんです。
だから早く独り立ちしていなくなってもらわないと困るというか、どんどん入れ替わってもらいたいなと思っています。
ーーアシスタントさんがどんどん抜けていっちゃっても、仕事として回るものなんですか?
まぁ新人さんはいっぱいいますからね。そう言われてみると、なんとかなってきたなって思います。
難しい仕事はあまり任せないから?
そうだね…プロアシさんに来てもらえるときは作画も少し頼むのですが、仕事のほとんどは指定通りトーンを貼ってもらったり、ベタを塗ってもらったり。慣れてもらえれば誰でもできるものですね。
ーー入江さんの仕事場でフルで働いてもらっているというより、必要があるときにお願いするって感じなんですね。
そうですね。お仕事があるから来てもらえませんか、みたいな。
ーー編集者さんを介してじゃなく、入江さんから直接?
はい。ただ誰も捕まらないときは、編集さんに誰か頼めそうな人がいないか聞いたりはします。別の担当編集がついている作家さんに来てもらったりもしますね。
ーーそういう新人さんって、どういうところでつながってお声がけされるんですか?
編集部に行くとばったり会ったりします。ハルタは割と作家同士で仲が良いんですよ。昔は合宿があって、50人とかで温泉に行ったりしていたんです。
ーーへー!
一泊二日でマンガについて語り明かす会みたいな。そういうところで探してたりしたんですけど、今は流石に開催できないので。
ーーコロナ下だと流石に難しいですよね。
だから編集部に電話をかけて、誰かいませんかって。それで何人か連絡先を聞いておいて、その時々で空いている人に頼むんです。
あとは連載が終わって次作準備中の後輩マンガ家にお願いしたりします。
ネーム作業はポメラと紙で
ーー普段はこの部屋で、どのようなルーティーンでマンガを描かれているんですか?
それね、何とかしたいと思っているんですけど、まだ考え中なんですよ。
夜8時くらいに寝て2時くらいに起きるサイクルがものすごく楽だったんですけど、人と会ったり締め切りが押していたりするとそうもいかなくて。
ーーネームや作画などの時間配分はどんな感じですか?
場合によりますが、大体、月の3分の1がネームで3分の2が作画って感じです。
ーーそうなんですね。ネームを描かれていて詰まっちゃったりしたときは?
実際のところ、詰まったら打ち合わせですね。ネタが出ないくらいのことだったら散歩するか寝るか。あと、ネームはだいたい外でやるので店を移動してみたり。
ーーおお、外でやられるんですね。カフェとか?
そうですね、喫茶店が多いかな。居酒屋とかファミレスとかもあります。
ーーノートとかを持ち運ばれるんですか?
紙とか、ポメラです。ポメラポメラ〜…あった、これです。
ネーム作業に使用するというデジタルメモ「ポメラ」。「北北西ネーム」というタイトルのファイルで、ネームのメモが書かれています。
ーーありがとうございます!ネームは最初、文章で書かれるんですね。
これが最初のたたき台ですね。思いつくまま書き出します。とりあえずのあらすじって感じで、ここから絵にするときにかなり変わります。この段階で決まるのって3割くらいかな。
ーーこの段階で頭の中で絵というか、こういう映像がつながっていくという風に浮かんでいるんですか?
浮かんでいますが使えないこともあります。やるべきことや演出のアイデアの前の段階です。
ここに書かれているのはほぼ原稿そのままで、最後の修正の後の状態になっていますけど。
ーーそうなんですね。
文字に引っ張られると、絵でできるサービスがおろそかになるので。この後、白い紙に向かってからのほうが本番です。
ただ、最初にセリフ出しをしたり展開の順番を並べたりはしやすいので、これを使っていますね。あと文字しか打てないところが、道具として好きなんです。
アイスランドで撮影した写真資料と愛用のカメラ
ーー今お話をお聞きしていて気づいたんですけど、こっちは全て資料ですか?
そうですね、写真や雑誌の切り抜きが入ってます。
入江先生が作画用に収集されている写真資料。奥のアシスタントさん用の作業机に向かっていると、目に入ってきました。
見せて見せて。
いいけど、どれがいいだろう。こんなデジタルの時代になんで私は全部アナログでプリントしているんだよって思うんですけど…。これはレイキャヴィークの街並みの写真ですかね。
ーー『北北西』の舞台にもなっている、アイスランドの首都ですね。
取材で行かれた際に街を歩きながら撮られた写真がファイリングされていました。「シモツケがこんなに色づいているってことは、秋ですね」とお話しされながら、入江先生はファイルをめくっていきます。
こちらも街中の風景写真。
こちらは墓地の写真。「墓地、綺麗でした」とのことです。
ーーすごくたくさんの写真がファイリングされていますね。取材中はずっと写真を撮られているんですか?
撮りまくりますね。私は写真があまり得意ではないので、とりあえず数を集めようと思っていっぱい撮るんです。
ホテルで撮影された食べ物や飲み物の写真も。「使うかも」ということで、たくさん撮影されるそうです。
ーー街で見かけた人とかも撮影撮ったりするんですか?
そうですね。流石に黙って人の写真を撮るのはいけないので、頼んで撮らせてもらったりしています。
大体はその辺で知り合った人ですね。あとはタクシーの運転手さんとかガイドしてくれた人、ホテルの人とか。カフェで隣に座った人。
アイスランドの街中で声をかけて撮影させてもらった人たちの写真。左上の写真は「私が写っちゃってるから」と手で隠していただきました。
衝動買いしたというライカのカメラ(左)と、一番よく使うというリコーのGR(右)。入江先生いわく「左のカメラは嘘がつけないから趣味用。右のカメラは夜でも綺麗に撮れてとっても優秀」「フィルムカメラの頃から代々GR」だそうです。
2021年4月より『北北西に曇と往け』が「ハルタ」から移籍する新雑誌「青騎士」のチラシがありました。『乙嫁語り』作者・森薫先生の描き下ろしです。
ーーそれにしても、作業机のすぐそこに寝床があるんですね。自宅と仕事場を分けるかどうかはマンガ家さんによってバラバラだと思うんですが、入江先生の場合は完全に同じスペースです。
そうですね、だから家にいても全然気が休まらないです(笑)。たまに友だちの家に呼ばれて行くと、とてもリラックスしますね。
ーーおお。自宅と仕事場、分けないんですか?
どうせ自宅でも仕事のことを考えてリラックスできないし、いいんですこれで。
ハルタ作家同士で描き合ったクロッキー
あ、これは面白いかもしれない。以前ハルタ編集部のみんなでクロッキー会をしたんですよ。
作家たちで集まって、みんなで順番に5分くらいポーズを取って、描き合うんです。とても楽しかったです。
ーーへー!じゃあ描かれている方々はみんなマンガ家さんですか。
あと、編集者さんも混じっていますね。
ハルタのマンガ家さんが集まって互いに描き合ったというクロッキー。指を組んで座っているのは中村哲也先生。
こちらは入江先生が描いた『乙嫁語り』作者・森薫先生の絵。入江先生いわく「森さんがとても森さんってポーズ」。
ーー温泉合宿のお話もそうですけど、マンガ家さん同士ですごく仲が良いんですね!クロッキー会も定期的に開催されたりするんですか?
以前は何回かやったんですけど、これも今は集まれないからできませんね。描きたい服を持ってきて着てもらったりするんですよ。セーラー服とかメイド服とか。
ーーめちゃくちゃ楽しそう。
またやりたいですね。
『北北西に曇と往け』最新5巻まで発売中です!