転生したらスライムだった件

川上泰樹/著 伏瀬/原著 みっつばー/企画

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読者第一、原作重視。『転スラ』コミカライズの裏を担当編集者に聞く

近年は定着化しつつあるジャンル「なろう系」発の「異世界転生」作品。

その代表作として筆者がすぐ思い浮かべるのは、『転生したらスライムだった件』(以下、『転スラ』)です。

小説投稿サイト「小説家になろう」(※)で早い時期から注目され、小説の出版、コミカライズ、TVアニメ化と躍進。

※「小説家になろう」は株式会社ヒナプロジェクトの登録商標です。

2020年9月には小説とマンガのシリーズ累計2000万部を突破したことが発表されました。

本記事では、「月刊少年シリウス」編集部に所属されている、『転スラ』のコミカライズ企画を創案された宮島徹さん、その後の立ち上げを引き継がれた梅津理一郎さん、お二人にインタビューした内容を記します。

「『なろう系』コミカライズ」の勃興期に宮島さんが『転スラ』に目を付けたきっかけから、マンガやTVアニメとして作品が広がりを見せていく中で梅津さんが何より大切にしていた「読者第一」の姿勢、そして「なろう系」や「異世界転生」と呼ばれる作品群の大局のお話までを伺いました。

シリウス編集部入口の案内図。シリウス編集部の隣に講談社ラノベ文庫編集部があるのは、シリウスにラノベ原作が多いことも関係しているでしょうか。

編集者さんのプロフィール

宮島徹

20年以上のヤングマガジンでの編集を経て、月刊少年シリウスに転属。『転スラ』との出会いがきっかけで、現在はKラノベブックスも手がけている。

梅津理一郎

シリウス一筋13年。バトル漫画とラブコメ漫画が好き。

王道な物語と、斬新な主人公に魅了された

ーー今日はよろしくお願いします。まず、『転スラ』のコミカライズを企画されたきっかけについて教えてください。

そもそものきっかけは、コミカライズ企画の検討対象として『オーバーロード』という作品を読んで、「なろう」に興味を持ったことです。


それから初めて「小説家になろう」のサイトで色々な作品を読み、その面白さに気づきました。


残念ながら、『オーバーロード』の企画そのものはKADOKAWAさんのほうでコミカライズが決まってしまったんですけど。

ーーもともと、「なろう」に目をつけたのは別の作品からだったんですね。

それまでも『ソードアート・オンライン』がWEB発なのは知っていて、小説投稿サイトもあなどれないとは思っていましたが、この出会いで、それ以外にも良い作品があるんだと分かりました。


「なろう」に興味をもって、はじめは累計ランキングを上位から読みまくっていたのですが、その中で特に『転スラ』のコミカライズをやってみたいなと思っていたんです。


そんなときにマイクロマガジン社(編注:『転スラ』原作の出版元)さんが小説の書籍化をされまして、ぼやぼやしていられないなと伏瀬さんにコンタクトを取りました。

ーー当時、『転スラ』は「なろう」の中でもすでに目立っていたんですか?

いや、当時もサイト内で上位ではありましたが、かといって一般的に有名というほどではありませんでしたね。

ーー宮島さんは『転スラ』のどういったところに注目されたのでしょうか?

ストーリーは王道でありがながら、主人公が今までにないタイプだった点です。タイトル通り、主人公のリムルはスライムなわけですが、編集者がオリジナルで連載作品を立ち上げるとき、スライムを主人公にしようとはまず考えないだろうなと。

ーー確かに。

人からかなりかけ離れた生き物を主人公にするのは、少年マンガとしてはかなりリスクが高いです。


しかし、編集主導ではない「なろう」だからこそ生まれたであろうこの作品を世に問うてみたいと思いました。そこで編集長に打診したところ、やってみようと言ってくれたんです。

ーーリスクが高いというのは、人間以外が主人公だと共感されづらいということですか?

そうですね。シリウスは少年誌なので、読者と同年代の男子を主人公に設定したほうが共感を得られやすいです。

リムルはスライムに転生する前の時点でも、すでに37歳のおっさんですしね(笑)。

今でこそ「なろう」がブームになって、「おっさん主人公」も「人外主人公」も山ほど生まれましたが、その当時はまだ珍しかったんです。


物語が進むとリムルは人型になるんですが、それもだいぶ後になってからなので。でも、それをそのままやってみると面白いんじゃないかと。自分が面白いものだから、読者にも共感が得られるんじゃないかと思ったんです。

転生したらスライムだった件

ーーコミカライズされた当時、ファンタジーが描ける雑誌と言えば「ガンガン」系が中心で、シリウスも講談社の雑誌の中ではファンタジーを描かせてくれる編集部という印象がありました。ここまでのお話を伺うと、やっぱり「なろう」作品でチャレンジしたかったのでしょうか?

その当時、まだ「なろう」はそれほど注目されてなかったんですね。だから、「なろう」だからということではなく、こんなに面白いものが世にあるならということでした。

マンガとしての面白さを第一にコミカライズ

ーーコミカライズされるにあたって、川上泰樹さんが作画を担当されることになった経緯も気になります。

実は私、『転スラ』の前に『まおゆう』(『まおゆう魔王勇者』)の外伝『まおゆう魔王勇者 外伝 まどろみの女魔法使い』のコミカライズの企画をしていたんです。


その作画をされていたのが、当時梅津が担当していた『転スラ』作画の川上泰樹さんだったんです。

ーー川上さんの場合、『まおゆう外伝』の最終巻が2014年に出ていて、その後のお仕事となるわけですね。

『まおゆう』もネット発の作品で、引き続きその可能性を探っていきたいという想いがありました。

ーーじゃあ、最初から川上さんに作画をお願いすることで決まっていたんですか?

いや、コンペを行いました。部内で『転スラ』の連載をやるとを告知し、各編集者が担当作家を出していく流れで決めました。


実は私も別の方を候補に出したのですが、梅津が推した川上泰樹さんと一騎打ちになり、最終的には原作の伏瀬さんに選んでいただいて、川上さんになったんです。


ちなみに、そのときに最後まで争ったのが、今『転スラ異聞』(『転生したらスライムだった件 異聞 ~魔国暮らしのトリニティ~)』)を描いている、戸野タエさんです。

ーーそういう流れだったんですね。

川上さんは、みっつばーさんの絵が自分の絵と似てると思ったそうで、これなら自分の絵に落とし込めると思ったのだとか。


アニメ化の際も、キャラデザを担当された江畑諒真さんが、みっつばーさんと川上さん、それぞれの絵柄のどちらにも寄せすぎず、どちらの良いところも反映できるようにキャラデザをしてくださいました。


だから、小説版イラスト、マンガ、アニメそれぞれの絵に親和性があるんですよ。

ーー面白い。

あと、私が川上さんにお願いしようと思った理由としては、ファンタジーをかっこよく描いてくれる人が良かったというのがあります。例えばドラゴンを描くにしても、かっこよく描ける人もいれば、可愛くなってしまう人もいます。


そのあたりは、『まおゆう外伝』の時点で、川上さんならかっこよく描いてくれるだろうと分かっていたんですよね。

ーー『転スラ』に登場するドラゴン・ヴェルドラは、かっこよさだけでなく可愛さも持ち合わせたキャラクターだから、バランスよく描くのが難しそうですよね。

転生したらスライムだった件

川上さんはドラゴンだけでなく、主人公や敵キャラ、背景を含めてファンタジー感をしっかり出せる作家さんなんです。川上さんのそういった技術力を、伏瀬さんが気に入ってくださったのが大きかったですね。

ーー1巻のあとがきでも、序盤のリムルがまだ目がない状態での描写を、川上さんの技術力のおかげで乗り越えられたと伏瀬さんが書かれていましたね。

あの辺は私たちも「これどうやってマンガにするの?」と不安だったんですが、上手く表現していただきました。発明だったと思います。

ーー違和感なく最後まで読んで、あとがきを読んだときに確かにすごいなと。

転生したらスライムだった件

ーーまた、マンガ版は小説に比べてストーリーが進行するテンポが早いように感じました。原作よりもすっきりした構成的になった感じですね。この辺りは、コミカライズに際して意識されたのでしょうか。

小説はどうしてもモノローグが多かったり、設定語りが多くなったりしがちで、それはマンガの読者が求めていることと離れているかなと。


マンガ版を初めて読む人からすれば、地の文が多過ぎても良くないと考え、その時点で不要な情報は後に回すということを最初に川上さんと確認しました。


物語序盤に語っておくことで後から効いてくるような設定も、その回に必須の情報でなければカットしたりして、マンガとしての面白さを第一に、大胆につくっています。

ーーキャラクターで言うと、ゼギオンのように小説では序盤に少し出て、後からかなり重要な役割を担うキャラが、マンガではまだ登場してなかったりしますよね。

あ、それは実は6巻で1コマだけ出てるんですよ。

転生したらスライムだった件

アピトとゼギオンが一瞬登場。

ーーおお、気づきませんでした…!本当ですね。

原作ファンの方にはそういう風にチラ見せして、後からの活躍が期待できるようにフォローしています。このキャラの場合、最初に登場してから活躍するまでが長く空き過ぎますしね。

ーーあと、マンガの巻末の「ヴェルドラのスライム観察日記」が個人的にはすごく面白いです。テンポが早いマンガの展開を、ヴェルドラの語りで効果的に本編をおさらいできるのと、ずっと主人公のお腹の中にいるヴェルドラが物語についてきてくれている感じがたまらないなと。

転生したらスライムだった件

ヴェルドラのスライム観察日記(通称、ヴェルドラ日記)は、リムルのお腹の中にいる、主人公リムルの行動について感想を述べていくコミックスでの書き下ろし小説。ファンに愛されるヴェルドラの常に勘違いし続けるキャラと、実際にはとんでもなく強いというギャップが、筆者としては萌えポイントが高いです。

あれは伏瀬さんのアイデアで、巻末のご相談をしたときにご提案してくださったんです。


伏瀬さんはメディアの違いを非常にしっかり理解されていて、アニメやマンガでは描写の省略をしたり、逆に原作にはなかった描写を追加したりすることにとても寛容な方なんです。


一方で、原作者としてはそれによって抜け落ちた情報をフォローしておきたいからと、あのやり方を考えられたみたいです。我々マンガをつくる側としては、とてもありがたいサポートをしただけています。

「主人公がスライム」の不安と、ヒットのきっかけ

ーーマンガ版の『転スラ』は、どのような工程でつくられるのですか?

まずはその回で原作のどこからどこまでを描くか僕と川上さんでお話しします。その打ち合せを経て川上さんがプロット、ネームをつくっていただき、それを伏瀬さんに確認していただきます。


そのタイミングで「マンガではこういう表現にしたい」と相談したり、逆に伏瀬さんから「こんな表現はどうですか」とご提案いただいたりします。

ーーなるほど。小説をコミカライズする場合、その回ごとに都度、原作者さんに確認してもらうものなんですか?

ほとんどの場合はそうすると思います。お借りしている原作の設定と解釈がズレてしまったりしていないかをしっかり確認し、原作ファンの方たちにも喜んでもらえる作品にするためです。

ときたま「お任せします」と全く見ない方もいらっしゃいますが。

ーーそうなんですね。コミカライズをされる際にたくさん苦労されたと思うんですが、中でも印象的なことはありますか?

気になっていたのは、先ほど宮島がお話ししたことと同じで、主人公がスライムで大丈夫かということ(笑)。スライムは可愛いんですが、読者にそっぽを向かれてしまったらどうしようという不安は常にありました。

転生したらスライムだった件

この世に4体しかいない最強の「竜種」の一角・暴風竜・ヴェルドラに名付けられるスライムの主人公・リムル。

ーーおお…その不安は、いつ頃まで?

単行本の1巻が出て、ある程度売れてからですね。読めば面白い作品だと自信を持って言えるのですが、作品に興味を持ってもらうハードルが高くなってしまうのではないかと、不安でした。


これも宮島が先ほどお話ししたことですが、今ならスライムをはじめ人外ものはたくさん出ていて、一つのジャンルとして見てもらえると思うんですが、当時は珍しいジャンルだったので。

ーースライムが主人公でちゃんと受け入れられるかどうかが、ずっと不安だったんですね。実際にコミックが出版されたときはどうでしたか?

読者受けについて不安はありましたが、素直に、上手くやれたなという感じでした。こういうものは、結果が出て初めて確信が生まれるので、それまでは自分を信じるしかないですね。


自分と作家が面白いと思っている作品なのだから、とにかく全力を尽くして、結果を受け止めるしかないと。変に読者におもねったつくりにしなかった、梅津の力もあると思います。

実は、原作でリムルが人型になったところからストーリーを始める案もありました(笑)。つまり、冒頭の部分を過去編のような扱いにするということです。


ただ、すでに「なろう」で読者から強く支持されていた作品なこともあり、原作ファンの方たちにそっぽを向かれることが何より怖かったんです。一番濃いファンですからね。


原作ファンの方たちに喜んでもらうには、原作を丁寧に扱うことが何より大事です。最終的には、冒頭に少しだけ人型になった後のシーンをリムルの夢として描き、その後の時系列はなるべく原作へ忠実に進めました。

転生したらスライムだった件

ーー原作ファンの方たちをとても大切にされていたんですね。結果として『転スラ』はこれだけヒットしているわけですが、その理由として何が思い当たりますか?

一つのきっかけとして、一般の方のツイートがバズったことが大きかったと思っています。リムルとヴェルドラが会話しているシーンを切り取ってアップしてくださったんですが…。

川上さんがヴェルドラを可愛く描いてくれたことで、ドラゴンがツンデレな点がウケて伸びたみたいで。そのツイート以降はどんどん重版がかかり、1巻を雪だるま式に刷っていた記憶があります。


2巻や3巻のあたりでは、初版部数が倍ほどになりました。ツイートがなくても売れたかもしれませんが、このツイートのおかげで一気にヒットしたと考えていて、とても感謝しています。

数多くあるスピンオフ群は、「企画を出したら通っちゃった」から

ーーたくさんスピンオフが展開されている点にも関心があります。

転生したらスライムだった件 魔物の国の歩き方

転スラ日記 転生したらスライムだった件

転生しても社畜だった件

転ちゅら! 転生したらスライムだった件

転生したらスライムだった件 異聞 魔国暮らしのトリニティ

転生したら島耕作だった件

『転スラ』スピンオフシリーズの一覧。

『島耕作』コラボは私もびっくりしました(笑)。

ーースピンオフに関しては、『はたらく細胞』(編注:同じくシリウス作品)も似た展開をしているように感じます。この多面展開はどういう意図で始められたんでしょうか?

読者の方々に『転スラ』の世界をより楽しんでもらうためですね。ここまでお話ししてきた通り、本編で省略しなければいけないことが多い一方で、『転スラ』は日常シーンでのキャラクター同士のやり取りなども大きな魅力なので、そういった部分を楽しんでもらえればと。

ーーそれにしてもかなり多いですよね。

やろうと思えばできるんじゃない?という感じでどんどん増えていきました(笑)。

ーースピンオフでは、コミカライズの立ち上げに関わられた宮島さんが、改めて編集者として参加されているんですよね。

そもそもスピンオフをやろうと言い出したのは編集長なんですけどね。編集部みんなで企画を持ち寄ってみたら、たくさん通っちゃった感じです。


中には流石に世界観やキャラを崩し過ぎてしまっていて伏瀬さんNGだったものもありましたが(笑)。

ーーたくさんスピンオフの企画を提案されたときの伏瀬さんのリアクションが気になります。

まず『島耕作』はちょっと別格で、業界の大先輩の作品であり、伏瀬さんも昔から読んでいた作品なので、まさか断るわけもなく、伏瀬さんもぜひやらせてくださいという感じでした。


それ以外は、マイクロマガジンさんでもスピンオフはやっておりますし、本編の内容を別の視点から描くという作品の広げ方はOKですよということでした。


ただ、原作者として伏瀬さんの名前もクレジットされているので、内容についてはしっかりご確認いただいておりました。

本編だけでなく、スピンオフも全てネーム段階で伏瀬さんにチェックしていただいています。今ある量ですごく大変なので、これ以上は増やせないと考えられているようです。

アニメの脚本や絵コンテも目を通されますし、毎回なかなかすごい量をこなしていただいています。

ーーアニメなどをどこまでチェックするかは作家さんによってかなり違うと聞きますが、伏瀬さんはすごく細かく見られる方なんですね。

細かく見られる一方で、先ほどもお話ししましたが、伏瀬さんはメディアの差をすごく理解されています。


例えば、原作者として本当はこういう絵にしたいけど、アニメでやるのは難しいみたいな話になれば、そこは折れてくださいます。


場合によっては、そういった描写の不足を補完するアイデアを出してくださることもあります。アニメ制作会社さんとしては、一番助かるタイプの原作者さんなんじゃないかなと。

『転スラ』スタッフは「読者第一」のチーム

ーー『転スラ』のアニメでは、原作としてマンガがクレジットされていましたが、これは何か経緯があったのですか?

マイクロマガジンさんとさまざまな相談の末、講談社がメインでアニメ化を手がけることになったからです。


小説とマンガそれぞれの出版社の仲が悪いんじゃないかと言われたりするんですが、全くそんなことはありません(笑)。マイクロマガジンさんも製作委員会に入られてますしね。

ーーおお、そうだったんですね。アニメ化されたことで、マンガの売り上げもやはり伸びましたか。

登り調子の作品は、巻を進めるごとに初版部数が増えていくのですが、アニメでそれがさらに1.5倍から2倍ほどになりましたね。

ーーそれはかなり大きな伸び具合ですよね。

伸びとしてはかなり高いほうだと思います。

ーーアニメ化時って、累計部数だけでなく初版部数も伸びるんですね。

伸びないものもありますね。それに、アニメが終わるとそこをピークに去っていく読者がすごく多いです。


『転スラ』はアニメ1期から2期までが2年ほど空いたのですが、初版部数はじわじわ伸び続けています。後から後から新しい読者の方が入ってきてくださったようです。

ーー今の時代だと、Netflixなどの配信サービスでいつでもアニメを見れることも関係していそうです。お話しいただいたように、初版部数が伸び続けてきた背景として、どういった要因が考えられますか?

アニメの出来が良く、2期の告知も早くからできたことが大きいんじゃないかと考えています。


視聴者の方たちからすれば、1期以降の話が描かれないと尻すぼみのように感じられてしまうと思うんですが、2期の情報を出せたので、続いている感じがしたんじゃないかなと。

ーー単行本の14、15、16巻の限定版にオリジナルアニメが1話ずつ付いていたのも、すごく贅沢でしたよね。しかも内容は伏瀬さんの書き下ろしですし。

OAD(単行本特典オリジナルアニメ)は購入者がアプリで視聴することができる。

ダメ元で伏瀬さんにお伺いしたところ、書いてみましょうかと言っていただけたんです。アニメ1期と2期の間に何もアニメの映像がないのは少し寂しいですし、定期的に映像として出したいと思ったんです。


そうなると、読者が一番見たいのは原作者の書き下ろしだと考えて、一肌脱いでいただいた形です。

ーー時系列的にもアニメ1期と2期の幕間の話で、ディアブロも登場してノリノリだなと思いましたし、原作ファンのことを考え、作品の火を絶やさないような企画をされているなと。

自分が読者のとき、変なことをされると急に冷めちゃったりするじゃないですか。読者第一の企画をしようと常に心がけています。

ーーそれは梅津さんの方針なのか、編集部としての方針なのか。

基本的には担当任せになっています。『転スラ』に関わるスタッフ全員が同じように読者第一で動いてくれているのも、とてもありがたいです。


僕はマンガの担当なので、他のところではあまり口出ししないようにしているんですが、伏瀬さんが読者第一という方なので、全員が自然と同じほうを向いている感じがします。

ーー1期と2期の間にあれだけの特典映像を出せるということは、かなり前から準備されていたのだと思います。

製作委員会の雰囲気として、この勢いなら早々に2期もいけるという風になっていたのはありますね。制作陣がひとたび解散すると、同じメンバーを集め直すのは大変です。


それをフォローするため、1期を制作したスタッフの方たちに、そのままの流れで特典動画を作ってもらいました。このまま、同じチームで2期にも突入できる予定です。

編集部に伺った際に撮影したポスターの写真。TVアニメ2期のポスター(左)と全国の地方紙に展開されたTVアニメ化&2000万部突破記念の広告(右)。

ーー1期が終わった時点で早々に2期の制作が望める状態って、珍しいケースなのでしょうか?

なかなか無いことだと思います。要は投資した分が返ってきて、さらにどれだけ利益が出たかということですからね。

ーー早々に回収できる見込みが立ったということですね。

昔に比べて、その判断は早くなりましたね。昔はDVDやブルーレイディスクの売り上げが後になって分かるわけですが、今は配信、特に海外向けの販売などの結果が比較的すぐ分かるようになりましたから。

国内の盛り上がりを見ての海外からの買い付けも早くなりましたね。アニメの主要な売り先は北米とアジア圏なわけですが、『転スラ』はそのどちらからも良いオファーをいただけました。

今は配信の影響で海外のほうが早いのかもしれません。放映前にオファーが来ているケースもあります。


前評判で配信会社は買い付けに来るし、タイミングとしては国内・海外両方の配信の買い付けが放映前に決まるくらいの感じです。


だからこそ、放映前から2期も配信で買い付けてくれると見込みが立ったりするんですよ。

『転スラ』の英訳題名は「That Time I Got Reincarnated as a Slime」。北米最大のアニメファンサイト「My Anime List」でも人気。

「なろう」はアイデアの蓄積と共有の場所

ーー日本では80年代に『ロードス島戦記』などでファンタジーの王道が生まれ、その後「なろう」などで欧米とは違う独特な進化を経て、現在に至っていると考えています。その中で、『転スラ』は「なろうの王道」と言える作品に位置付けられるんじゃないかと。

「なろう」史を語れる立場にはないですが、「なろう」はアイデアの蓄積だと思うんです。


『転スラ』や1月からTVアニメ化される『無職転生』(『無職転生 〜異世界行ったら本気だす〜』)など、「なろう」でランキング上位だった作品は、後の作品にすごく影響を与えていますね。


「異世界転生」は、その中の一つだと思います。『ソードアート・オンライン』に代表される「VRもの」の多くの作品も、アイデアを多くの作品で共有しています。そうした流れで「なろう」は成り立っているのではないでしょうか。

ーーアイデアの蓄積、そして共有ですか。

「なろう」は同人みたいなところがありますよね。アイデアの共有がなされ、その蓄積の中でさらに面白い作品が現れる。


今までの文芸の成り立ちとは違うところに、新しいものが生まれたと感じる部分です。これまでの文芸というのは、作家の頭の中の閉じた世界で作品をつくっていました。


しかし、「なろう」は開かれている。だから、ランキングに同じようなタイトルがどんどん並ぶんですが、それを盗作とは言いませんよね。

ーー最近では、異世界転生そのものをメタ的に扱う作品もよく見かけます。

メタ化されるということは、要するにジャンルとして定着したんだと思います。「みなさんおなじみのこれを、こういう風にしてみました」という遊びができるようになったということです。

「トラックに轢かれて転生」や「俺TUEEEE」もそうですし、少し違いますけど「悪役令嬢」や「聖女追放」もそうですね。

異世界おじさん』なんかもそういう共通認識があったから、面白さを共有できるようになったんですよね。一過性の流行りのように見える時期もありましたが、もはやそうではないと思います。

ーーなるほど。

ベースは『ドラゴンクエスト』シリーズなどから始まるJRPGだと思うんですが、詳しく説明されずとも、冒険者ギルドがあったり酒場で情報収集したりという設定は、誰でも分かるでしょうと。


「なろう」では、世界観などの点で新しいアイデアが描かれることは少ないと思うんです。読者もそういったものを読みたいのではなく、キャラクターのドラマが見たいはず。


そこに一点突破して、気軽に読みやすい作品群だと思います。

ーー読者にも共通認識ができているから、設定についての細かい説明が要らない。すると、ストーリーやキャラクターの魅力を伝えるための描写に比重を置くことができ、情報量を込めやすいように思えます。

その中で殻を破るような作品をつくるには、それらの設定の中の一つをピックアップして、掘り下げることなのだと思います。「なろう」発ではありませんが、『ゴブリンスレイヤー』とかそうですよね。


あれは、ゴブリンは弱いモンスターという共通認識がある中で、でも実は恐ろしいものだという風に掘り下げていくところに目新しさが感じられます。その中で主人公のドラマが際立つんです。

ゴブリンスレイヤー 1巻 (デジタル版ビッグガンガンコミックス)
蝸牛くも(GA文庫/SBクリエイティブ刊)/著,黒瀬浩介/著,神奈月昇/著

ーー今は「異世界転生」が新人マンガ家の登竜門的な位置付けになっているようにも思います。

実際、その通りですね。

新人作家さんがデビューできるチャンスが増えるという意味では、プラスに働いている部分が大きいと思います。


基本的にはこれから売れそうだったりすでに人気がある原作をマンガ化しますし、どういうストーリーやキャラクターをつくれば読者から支持を得られるのかを自然に学ぶ機会にもなるんです。

ーー原作ありきで立ち上げやすい上、新人のマンガ家さんからすれば、ストーリーやキャラクターのつくり方を学びやすい。

講談社の中でも「週刊少年マガジン」をはじめ、「なろう」はだいぶ増えました。それくらい、読者に求められているのかなと。


「なろうなんて」という人もいますけど、「異世界転生」や「VRもの」だから読んでみようという読者の方も増えています。


そういった作品をつくるのは、新人作家からすればゼロからつくるよりも有利だということです。


新人作家はとにかくマンガを描かないと上達しないので、そういう連載をできるのはすごく良いことだと思います。

ーー編集部としては、プラスの影響が大きいと。今後、「なろう系」や「異世界転生」の大局はどうなっていくと思われますか。

梅津も話していた通り、ここまで広がれば、一ジャンルとして定着すると思います。


「なろう」については、ランキング上位が「異世界転移・転生」から「ハイ・ファンタジー」へ移り変わってきている気がしますね。常に新しいものが求められているのは変わらないかと。

少し前にグルメマンガが非常に流行ったと思うのですが、ではブームが去った今、それが無くなるかというと、みんなが好きなジャンルとして書店の棚の一角を担っていると思います。


そういうジャンルと並べられるくらい、「異世界転生」も成熟したんじゃないでしょうか。

ーーありがとうございます。そして、2021年1月からTVアニメ2期の放送が開始されますね。2期の第1部と第2部の間に『転スラ日記』を挟み、3クール連続です。

TVアニメ『転生したらスライムだった件 第2期』第1部・・・2021年1月より

TVアニメ『転生したらスライムだった件 転スラ日記』・・・2021年4月より

TVアニメ『転生したらスライムだった件 第2期』第2部・・・2021年7月より

アニメ、マンガどちらも変化球を投げず、今後も皆さんが期待している『転スラ』を出していくつもりです。そこは期待して楽しみに待っていただければと思います。


「読者のため」「ファンのため」という言葉と、原作者の伏瀬さんの活躍についてたくさんお話しいただいたインタビューでした。

『転スラ』という作品の成長において、マンガ版がステップアップのきっかけとして大きかったのではないか?という仮説のもと取材依頼を差し上げたのですが、編集者であるお二人が原作をとても大切にし、丁寧にお仕事をされてきたことが良く分かる内容となりました。


TVアニメ『転生したらスライムだった件』第2期 第1部が2021年1月より放送中です!NetflixやAmazonプライムビデオなど、各種配信サービスでも配信されています。

詳細はアニメ『転生したらスライムだった件』公式サイトをご覧ください。