「少年ジャンプを超える『少年ジャンプ+』創刊」という挑戦的なリリースから6年。
「少年ジャンプ+」は今や『SPY×FAMILY』や『怪獣8号』といったアプリ発の大ヒット作品を世に送り出し、創刊とともに掲げられた壮大な目標も現実味を帯び始めているように思います。
そんな「少年ジャンプ+」編集部は現在、「ジャンプの漫画学校」や「ジャンプ+連載争奪ランキング」といった新しい新人発掘の取り組みへ積極的に取り組んでいるようです。
アル編集部は、「少年ジャンプ+」編集部がこういった企画に取り組む狙いを確かめるため、プロジェクトを主導する副編集長・籾山悠太さんにインタビューを実施。
すると、マンガ雑誌編集部が共通で抱えるとある課題と、「少年ジャンプ+」編集部が創刊時から大切にしてきたある方針に行き当たりました。
編集者さんのプロフィール
籾山悠太
『少年ジャンプ+』編集部 副編集長。2005年、株式会社集英社入社。『週刊少年ジャンプ』編集部、デジタル事業部などを経て、2014年『少年ジャンプ+』創刊に参画。2019年より同誌の副編集長を務める。
「ジャンプルーキー!」で持ち込みとは別の層の作家と接点を持てる
ーー今日は「少年ジャンプ+」編集部として、新人作家さんの発掘にどう取り組んでいるかを伺いに来ました。
まず他のいろいろなマンガ雑誌と同様に、作品の持ち込みをもちろん受け付けています。
その上で「少年ジャンプ+」は「週刊少年ジャンプ」のように新しい人気マンガがどんどん生まれてくる場所をアプリでつくるという目標で始めたサービスです。
そのため、Webが中心の時代に適応した新しい新人発掘の仕組みをつくる試みとして、マンガ投稿・公開サービスの「ジャンプルーキー!」を運用しています。
ーー編集部では「ジャンプルーキー!」に投稿された作品すべてに目を通しているんですよね。
はい。作品を投稿されているのは必ずしも「少年ジャンプ+」で連載したいという作家さんばかりではないんですが、僕たちは力のある作家さんと少しでも多く出会いたい。
なので、大体月に3,000話ぐらい、作品数でいうと500〜1,000作品ぐらいの投稿があるんですが、編集部で手分けしてそれらすべてをチェックしています。
編集者が作品を見て良いと思ったら画力やストーリー、オリジナリティーなど、その作品の良いところを評価するバッジを付与していますし、スカウトももちろん行っています。
ーーかなりの投稿数ですが、編集部ではどういう体制で投稿作をチェックしているんですか?
誰もチェックしていない状況を防ぐために最低1人は見るよう、毎週の担当を決めています。
とはいえ、実際には各編集者が才能のある作家さんと出会いたいので、よっぽど忙しくなければみんなが毎日「ジャンプルーキー!」に目を通しています。
ーーなるほど。
「ジャンプルーキー!」は「少年ジャンプ+」での連載デビューへの道があるだけでなく、作家さんの活動基盤になるような設計にしています。
というのも、作家さんの活動のあり方は商業誌での連載だけではなく多様化しており、さまざまな形での活動を応援できるよう、投稿作品を通じた広告収入を作家さんへ100%還元しているんです。
要は投稿した作品が読まれれば読まれるほど、投稿者は広告収入を得られる仕組みです。
ーー作家さんに還元される広告収入は、一部ではなく100%なんですね。
この仕組みを設置してから、投稿される作品数は2倍以上と劇的に増えました。投稿者数自体もかなり増えたと思います。
作家さんの活動のあり方が多様化している現状と、うまくマッチしたのだと捉えています。
ーー「ジャンプルーキー!」出身の作家さんの人数ってどれぐらいになるんですか?
「ジャンプルーキー!」の6周年目の振り返りを編集部ブログに掲載しているんですが、「少年ジャンプ+」連載作家が57名、「週刊少年ジャンプ」掲載作家が9名、ジャンプコミックス刊行作家が44名です。「ジャンプ」各誌への読切作品掲載作家は156名ですね。
ーーすごい数ですね!
そうですね、多いと思います。
ーー籾山さんから見て、「ジャンプルーキー!」で集まった作家さんならではの特徴はありますか?
いろいろな方がいらっしゃるので一言では表現できないですが、今までの持ち込みなどでは出会えなかったような多様な才能が集まっていると感じています。
ーーというと?
ジャンプのマンガが好きでどんどん作品を描いている新人作家さんはもちろんいらっしゃいますし、これまでいろいろな雑誌で経験がある作家さんが投稿しているケースもあります。
しかし、マンガ家として「少年ジャンプ+」で連載するための道のりを歩むために投稿しているというわけではない人たちも集まっているんです。
例えばSNSで話題を集め、今や「少年ジャンプ+」で連載になっている『ゲーミングお嬢様』は、マンガを描き始めて数週間で投稿されたという処女作でした。
また、「ジャンプルーキー!」で人気の作品の投稿者さんへ一緒に作品をつくらないかとお声がけして、「連載をしたいわけではない」とお断りいただいたケースもあります。
そういった方たちが作品を発表する場所として機能しており、僕たちとしてはそういった方たちと出会える場所になっているのが面白いところです。
“大成功”だった「ジャンプの漫画学校」の成果とは
ーー2020年12月に発表された「ジャンプ+連載争奪ランキング」も、そういった今まで接点がなかった作家さんとつながるための企画ですよね。
「ジャンプ+連載争奪ランキング」とは毎月1位を獲得した作品に「ジャンプ+インディーズ連載権」が授与される制度。連載権を獲得すると、担当編集者がつかずに「少年ジャンプ+」で連載することができます。
世の中には、「商業誌で連載したいわけではない」とか「編集者と二人三脚で作品をつくるのは苦手」という作家さんの作品で、すごく面白い作品がたくさんあると思っています。
「少年ジャンプ+」を本当に面白い媒体にしたいから、そういう作家さんにも参加してもらうにはどうしたらいいか考え、「ジャンプ+連載争奪ランキング」を企画しました。
自分の力だけで自由に作品を描きたいという作家さんでも、「少年ジャンプ+」の多くの読者さんに自分の作品を読んでもらって反応をもらえるのは、きっと嬉しいことだと思います。
作家さんと読者さんをつなぐのが僕たちの役割なので、そういった環境が求められているのであれば、それをつくりたいなと。
ーーすでに2020年12月から2021年2月までの連載争奪ランキングの結果が発表され、9作品の連載準備が進んでいると思います(※)。手応えはどうですか?
※2020年12月〜2021年2月は創設記念キャンペーンとして、毎月1位に授与される連載権が上位3作品に授与されます。
すでに連載権を授与した作家さんが9名いて、順調に進んでいます。
「ジャンプ+連載争奪ランキング」の企画を発表して初めて投稿してもらえた作品も多かったので、連載を狙ってくれた作家さんが多かったのかなと。それは良かったと思っています。
ランキングは読者の閲覧数で決まるんですが、連載権を獲得した作品は「少年ジャンプ+」の新しい風ともいえるラインナップの多彩さがあります。読者さんの反応が楽しみです。
ーー担当編集者さんが不在という斬新なやり方をやってみてどうですか?
作家さんと作品に関してのやり取りはしていませんが、進行管理などのサポートのための連絡はスタッフから取らせてもらっていて。
ご自身で希望してエントリーされているので当たり前ではあるのですが、連載へのモチベーションが高い方ばかりです。
中にはもともと担当がついている作家さんもいるんですけど、この企画で連載権を獲得した作品に関しては一人で描かれています。
ーーそんなケースもあるんですね。
担当編集者と作家さんの関係性はだいぶ変わってきています。
昔はどこも二人三脚という感じでしたし、今も一部はそうだと思うんですが、いろいろな出版社の編集者と並行してやり取りをするような作家さんが増えているんです。
そんななかで、作家さんがこの作品は自分の力だけで描きたいというケースはあると思います。
ーーまた、同じく新人発掘の企画として、「ジャンプの漫画学校」を実施したきっかけも伺いたいです。
「ジャンプの漫画学校」とは、2020年8月〜12月に実施された、ジャンプ編集者とジャンプ作家が漫画制作に関する経験やノウハウを公開する講義に参加できる企画。全10回の講義が行われ、期間中はジャンプ編集者が受講生の仮担当となり、ネームの添削を行います。
「週刊少年ジャンプ」や「少年ジャンプ+」といったマンガ雑誌そのもの以外にも、作家さんが「ジャンプ」というブランドに注目してくれるような新しい旗印がほしかったのがきっかけです。
僕たちが新人作家さんに貢献できることは何かを考えたとき、「ジャンプ」の半世紀に及ぶ歴史の中で蓄積された編集者と作家さんの経験やノウハウを伝えられると良いんじゃないかと考えたんです。
作家さんがレベルアップするきっかけになればもちろん嬉しいですし、そこから成長した作家さんを見て「自分もああなりたいな」と、新しい作家さんが集まってくるサイクルができるといいなと。
ーー実際にやってみて、どうでしたか?
すごく手応えがありました。受講生を募集したのは5月のコロナ禍でかなり大変な時期で、「オンラインでやるかもしれないが基本的には東京の会場で実施する」とアナウンスしたんですが、定員50名に対して1,000件ほどの応募がありました。
新人作家さんはもちろん、すでに商業誌でたくさんの作品を発表されている方もいらっしゃいますし、本当に老若男女いろいろな作家さんが集まって。
ーーすごい応募数ですね。
過去に描いた作品を1つ送ってもらうという条件で募集したんですが、集まった作品のレベルの高さに驚きました。
「週刊少年ジャンプ」、「少年ジャンプ+」、「ジャンプSQ.」の3編集部で作品を見させてもらったんですが、選考を通過した50名を含め100名以上の作家さんに各編集者から連絡を差し上げました。
ーー新人発掘のプロジェクトとしては大成功ということですね。
そうですね。8月に実施した第1回の講義からまだ1年も経っていませんが、そこでつながりを持てた作家さんですでに掲載が決まったり掲載されていたりする方も複数人いらっしゃいます。
例えば、先日「少年ジャンプ+」で公開し好評だった読切『二番目の運命』の幌山あき先生もその一人です。
講義自体も、受講生のみなさんにご回答いただいたアンケートを見ると満足度が非常に高く、成果を得ることができました。
新人発掘の課題は「雑誌の存在感とカラー」が薄まっていること
ーーこのように新人発掘のプロジェクトをどんどん立ち上げているのは、どういった背景からでしょうか?
昔はどの雑誌も看板マンガが存在し、雑誌のカラーがはっきり認知されていたんですが、今は存在感が薄まっているように思います。
「ジャンプ」というブランドは今でも存在感がありますが、ほとんどのマンガ雑誌が作家さんに「この雑誌で連載したい」と思ってもらえるだけの存在感がなくなっているのではないでしょうか。
というのも、雑誌があまり読まれなくなり、マンガはコミックスが売れるかどうかが勝負という感じなので、どの雑誌に載っても読者さんに見つけてもらいにくい。
ーーなるほど。
作家さんからすれば、どの雑誌に載せても一緒のように感じられる状況といえるかもしれません。
先ほどお話ししたように編集者と作家の関係性も変わっていて、一人の作家さんにたくさんの編集者が連絡を取っています。
僕たちはその中で作家さんから選んでいただけるように努めるわけですが、そういう勝負に追い込まれているということに、時代の変化を感じます。
そうではなく、「この雑誌で描きたい」と思ってもらえるブランドをつくらなければいけない。
ーーでは、「ジャンプ」というブランドをより広げていくためにも、もっとさまざまな才能が集まるようなプロジェクトを今後も実施していく?
そうですね。マンガ業界全体が盛り上がって、マンガ家さんが次々マンガを発表できて、マンガを読みたい読者がたくさん面白い作品を読める世の中が一番です。
「ジャンプ」のようなブランドではないからこそできることもあると思っているので、個人的にはそういう企画もやっていきたいなと。
商業誌的な環境ではなく、今の自由なインターネット的な環境だからこそ花開く作家さんもいるはずなので。
ーー「ジャンプ」というブランドとは切り離した企画もやっていくと。
はい。とはいえ、基本的にはやはり「少年ジャンプ+」を盛り上げていきたい気持ちが大きいです。
2014年に創刊したとき、「少年ジャンプ+」で描きたいと言ってくれる作家さんは多くありませんでした。
けれど徐々に読者さんが増え、ヒット作も生まれ、今では「少年ジャンプ+」で描きたいという作家さんも増えました。レベルがどんどん上がっています。
ーー例えば今だったら、『SPY×FAMILY』が大ヒットしている影響で持ち込みも増えたりしている?
はい。あとは、読み切りも関係がありそうです。読み切りの数の多さとレベルの高さは「少年ジャンプ+」の特徴だと思っていて、新人作家さんは「少年ジャンプ+」で描くとチャンスがたくさんあると思ってくれているんじゃないかな。
ーー読み切りだけでもものすごい数を出されていますし、面白い作品が本当に多いですもんね。SNSでもよく話題になっているし、新人作家さんは「こんなに話題になるなら」と投稿したくなりそうです。
「少年ジャンプ+」が読み切りに力を入れる理由を編集長・細野修平さんに伺ったインタビューはこちら。合わせて読むと「少年ジャンプ+」から次々ヒットが生まれている背景への理解が深まるはずです。
読み切りは読者さんが読んで面白いのはもちろん、作家さんの成長や作家さんと編集者の関係構築にもつながります。
連載をするとなると準備が重くてとても大変ですが、読み切りを載せればその作品が当たるかどうかのテストもできるし、良いことづくめなんですよね。
ーー新人作家さんの成長にとって欠かせない読み切りが目立つことで、新人発掘にもつながるというのは面白いです。
まとめると、冒頭にも話しましたが、「少年ジャンプ+」とは「週刊少年ジャンプ」のような面白い人気マンガがどんどん生まれていくような場所や仕組みをデジタルで実現する試みです。
やっぱり「週刊少年ジャンプ」のような仕組みが一番で、面白いマンガを連載していればそれが読者に届き、評価され、支持を獲得し、さらなる読者が集まり、それを見た作家さんが集まってくる。
そういう当たり前を変化の激しい今の時代にこそ実現し、国民的な作品を生み出して世の中にどんどん届けたい。
そのための取り組みとして、今日お話ししたまだ見ぬ新人作家さんと出会えるような取り組みも引き続き力を入れていきたいですね。