2020年9月、約9年半にわたる連載を終えた『あさひなぐ』。
最終話が掲載された週刊ビッグコミックスピリッツ2020年41号で、同作の劇場版で主演を務めた西野七瀬さんが表紙を飾ったことも話題になりました。
9月30日に最終巻の第34集が発売されたことを記念し、『あさひなぐ』担当編集の生川遥さんから、「こざき亜衣先生に、完結記念インタビューをしませんか?」とアルにお声がけをいただきました。やったー!
そしてなんと今回は、アルでライターとして記事を執筆している花さんを逆指名いただきました。実は花さん、ライターを始める前からずっと『あさひなぐ』のファンで、先生に何度もファンレターを出されていたのだそう。
そして、「これだけ作品のことを愛してくれている人にインタビューをお願いしたい!」とお声がけいただいたというわけです。作家さんから逆指名されて、完結記念インタビューにつながるなんてすごい!
そんなわけで、生川さんにもご同席いただき、『あさひなぐ』連載を終えたこざき先生のもとへ花さんと一緒に伺ってきました。
ここでしか読めない裏話が満載のインタビューを、約2万字の大ボリュームでお届けします!記事の最後に、こざき先生の直筆サイン色紙プレゼント企画もありますよ!
登場する人たちのプロフィール
こざき亜衣
マンガ家。2007年「さよならジル様」でちばてつや賞一般部門大賞を受賞しデビュー。2011年より週刊ビッグコミックスピリッツにて「あさひなぐ」を連載、このほど完結したばかり。同作で2015年に第60回小学館漫画賞一般向け部門を受賞。2017年には舞台化、実写映画化もされた。
生川遥
漫画編集者。2005年小学館入社以来、ビッグコミックスピリッツ編集部に在籍。
取材協力
花
アルのライター。『あさひなぐ』をはじめビッグコミックスピリッツ等の青年誌作品を愛読している。
目次
- 連載を終えて今はホッとした気持ち
- 「旭が2年生のインターハイまで描く」と最初から決めていた
- ストーリーはキャラと話し合って決める
- 『あさひなぐ』で描かれた薙刀の世界はだいぶリアル
- 紺野さくらの成長と、部旗が生まれたエピソード
- 大人たちは、旭たちをうらやましがる役目
- なぜ真春と奈歩の勝負を描かなかったのか
- こざき先生に聞く、思い入れのあるシーン
- 未読の人は、まず3巻まで読んでほしい
- 『あさひなぐ』最終巻・第34集が発売中!
- こざき亜衣先生のサイン色紙をプレゼント!
さらに見る
連載を終えて今はホッとした気持ち
ーー連載を終えられて、今はどのようなお気持ちですか。
もっと喪失感があるのかと思いきや、ホッとした気持ちです。まだ単行本が出ていないからかもしれませんが(※)。
※最終巻が発売される前にインタビューを実施しました。
ーーおお、ホッとした気持ち。
あ~終わったわ~っていう(笑)。
ーー連載を終えてから、どんな感じで過ごされているんですか?
掃除をしています(笑)。仕事をしていないと、家の掃除ができるんだ!と思って。
10年近く、ほとんど休みがゼロの生活でしたもんね。
ーーやばいですよね、マンガ家さんだと普通なのかもしれませんが…。
こざきさんは本当に休まなすぎるので。休載や合併号があると休んだりされる方も多いんですけど、こざきさんは1週間のルーティンが完璧に決まっているんです。
そうですね。1週間に1本仕上げると決めていたので。金曜に打ち合せをして、土日でネームを描いて、月曜から木曜に作画をする。そのルーティンを崩すのが嫌で、休むとなったら1週間休むんです。
でもその1週間も単行本作業やカラーを描かれることでほぼつぶれていましたもんね。
人の予定をずらしたくないからでもあります。私がスケジュールを崩すと、アシスタントの予定も変えることになります。だから休むときは、あらかじめ「この週は休むから」と言って、きっちりやってきました。
ーー週刊連載だと、よくネームに詰まっちゃってみたいな話とか、あるあるっぽく聞きますが、とにかく描き切るって感じなんですか。
詰まると言えば、毎回詰まっていたようなものですけど(笑)。
でも原稿が上がってこないことは、一度もなかったですよね。原稿も常に3、4本はストックがありましたし。
そうですね、なんだかんだ。
曜日を決めて制作されているのは、古屋(兎丸)先生のアシスタントをされていた経験がもとになっているんですか。
そうですね。兎丸先生がかなりきっちりやっていらしたので、そういうものだと思っていたというか。スケジュールがきっちりしたマンガ家さんのところでアシスタントをするのが楽だったので、自分もそうしようと思ってやっていました。
ーー連載の最後のほうはほぼ隔週で掲載されていましたが、あれは…。
あのときは産休を丸々1ヶ月くらいもらっていたんです。そのうち半月くらいは、なんだかんだ仕事をしていましたが(笑)。とはいえ、どうしてもペースを落とさざるを得なかったので、生川さんとかなり前からスケジュールを立てていました。
「ここまで作っておけば、隔週ならこれくらい持つ」みたいに話して、アシスタントにもあらかじめ産休のことを伝えて、予定通りに再開して。
最後まで見えたところで、「ラスト5話は連続掲載できるようにしましょう」と言って。本当にちょうどくらいでしたね。
結構スケジュール通りにいきました。あと、コロナの影響でリモートでせざるを得なくなっちゃって。だから最後の5話くらいが、急にフルデジタルになったという(笑)。
ーーアナログで制作されていたマンガ家さんは、リモートの対応が本当に大変だったとよくお聞きします。でも、しっかりスケジュール通り連載を終えられたんですね。
赤ちゃんもいるし、リモートでやらざるを得ないなと。まだ全然うまくやれていませんし、今も試行錯誤中です。なるべく絵が変わらないようにと思って描いていたんですけど、やっぱりちょっと変わったなと思います。
「旭が2年生のインターハイまで描く」と最初から決めていた
ーー今お話をお聞きしてみて、ケロッとされているというか、本当にホッとされているんだなあと伝わってきます。
そうですね、本当に。
ーーホッとしたというのは、納得できる終わらせ方ができたという意味でしょうか。
投げ出さずに最後までできたな、という感じです。
ーー旭たちが2年生のインターハイで物語を終えるのは、いつ頃から決まっていたんですか?
だいぶ早い段階でそう決めていましたね。
私が担当になったのは13巻くらいからだったんですが、そのときには既にストーリーの流れはほぼ全部決まっていたように思います。2年生のインターハイ以降の話は描かないと決めていて。
そこからまた旭たちが3年生になって、また新入生やって、合宿やって…というのは流石にダルすぎますよね。
一同:(笑)。
読者の方が読みたいと思ってくださる気持ちは分かるんですけど、この結末を目指してずっとやってきたから、その先を描く発想すら私にはありませんでした。生川さんとも1回もその話をしたことがなかったです。
ーー連載を立ち上げる前からできていたプロットですか。
いやでも、最初は3巻くらいしか描けないと思っていたので、何も考えていなかったです。「俺たちの戦いはこれからだ」という感じで終わるものだと(笑)。
ーー単行本の巻数は、想像の10倍になりましたね。
すぐ打ち切りになると思っていたんですよ、私。
こざきさんは初めての連載ですからね。1作目で、そこまで長期イメージありきで描き始める方はなかなかいらっしゃらないと思います。
ーーたしかに。
5巻ほど続けば御の字くらいに思っていました。
ーーそこから全体像ができていって、結末のイメージができたのはいつ頃ですか?
たぶん、11巻くらいですかね。和歌山の合宿あたりを描いているとき、自分の描きたいものと読者の読みたいものが一致してきている手応えを初めて覚えたんです。それで、もしかすると結構描けるんじゃないかと思って。
ーー描きたいものを描き切れそうだなと気づいた。
まだ描きたいこともいっぱいあるし、描かせてもらえるかもと思ったので、そこでようやく、ここまでいけたらいいなと考えた気がします。
ーーその頃はまだ生川さんが担当ではないんですよね?
そうですね。だから私が担当になってからは、2年生のインターハイで終わるのが前提で話していました。
和歌山の合宿で熊本東がバーンと出てきたから、描き切らずにやめたら「こいつらなんだったんだ」という話になりますから(笑)。出したからには、編集部も描かせてくれるだろうみたいな(笑)。
まさか島田さんがああなるとは、誰も思っていなかったでしょうね(笑)。
当初はただの脇役でしたから。何も考えていませんでした。
ーーいつの間にかラスボスみたいな感じになっていましたよね(笑)。そういうことって、描いているうちに段々変わっていくんですか。
そうですね。インターハイ予選での寧々との試合が終わったあと、これからどうしようという話になって。
そうですね。島田さんっていつ旭の最後のライバルに設定したんでしたっけ。
なんかあるとき、私が見つけたんです(笑)。「いた!この子使えそう!」って(笑)。
ーー初登場のときは寧々の当て馬キャラみたいな感じでしたもんね。
最初は本当にそれだけの存在だったんですよね。
ーーすごい大人しい子だったのに。
変わっちゃいましたね(笑)。とにかくあるとき、ふと単行本を読み返していたら目に入ってきて、「いい子いるじゃん!」ってなって(笑)。
ーーご自身で読み返されて、そういう発見につながるんですね。
そういうこともあります。基本、読み返さないですけどね。
お互いKindleに単行本を全巻入れていて、打ち合せ中にしょっちゅう読み返していましたよね。「あのセリフ、なんでしたっけ」みたいな。
私は自分であまり読みたくないから、「あれ、なんでしたっけ」と言って生川さんに読ませるんです(笑)。
ストーリーはキャラと話し合って決める
ーーこざき先生はどういう風に物語を作っていかれるんですか。
試合だとインターハイという箱があって、薙刀をやるのはもう決まっているので、ストーリーはそんなに奇想天外な方向にはいかないんですよ。Aルートに行くか、Bルートに行くかくらいで。
ーー旭たちにどこまで勝たせるかを決めて、それから誰が試合に出て、どういう風に勝つかを決めていくというか。
そうですね。先に「Bに行きましょう」みたいに決めて、キャラをそっちに向かわせるにはどうしたらいいか、納得いくまでそのキャラと話し合うという感じですかね。
ーーキャラと話し合う。
そのキャラがどうしても「Bには行きたくない」ということだったら、「じゃあAにしようか」という感じで話し合いますね。どちらに進むにしろ、とにかくキャラの気持ちを無視しないように気をつけていました。
ーー思い出深いルート変更とか、ありますか?
ちょこちょこありますね。トーナメント表を先に作って、試合ごとの星取り表、つまり誰と誰が戦って何本差で勝つかを、最初に話し合って決めているんですよ。
誰と誰が戦ったら熱いかなみたいに考えて。関東大会の予選での寧々と旭の戦いは、後からすごく大きな変更があったような記憶がある。なんだか忘れたけど。
こんなに長く続くと、どうしても忘れちゃいますよね(笑)。
ギリギリで変更することも本当に多いので。インターハイもそんなことばっかりでした。
ーー最後のインターハイの流れは、どういう風に決めていかれたんですか。
インターハイの流れはだいたい最初から決まってましたよね。出雲の試合で誰を戦わせるのかは結構揺れましたね。
ーー3人しか試合に出ないから?
そうですね。最初、野上さんと薙じゃなくて将子と文乃が出るはずだったんですよね、たしか。
最初は、出雲が結構強いから、順当に勝てそうな布陣でいかないとと思って将子と文乃を入れて、旭も主人公なのでしょうがないから入れてやるかと。
ーーそこから、どうして変更したんですか?
なんとか勝てそうではあったんですけど、どうも盛り上がらなくって。そこから、ここで野上さんが入ったら熱いんじゃないかという話になって。文乃も薙に変更しました。
ーーでも、野上は負けちゃっていましたね。
そう、野上さんも薙も負けたんです。がんばれば勝てそうな将子や文乃じゃなく、いかにも負けそうな野上さんがここで食い下がって、それでも負けるほうがいいんじゃないかと。
そこは現実に沿うというより、どっちのほうが読者の方の気持ちが盛り上がるかを考えました。
毎回、試合の流れを延々とシミュレーションしていましたよね。
そうですね。引き分けでも、どっちも取らないまま引き分けるのと、1本ずつ取って引き分けるのでは流れが大きく変わってくるので、そういうバランスを取りながら、反則とかも細かく使いつつ考えていましたね。
『あさひなぐ』で描かれた薙刀の世界はだいぶリアル
ーー試合の空気みたいなものを描く上で、工夫されていたことはありますか?
とんでもなく現実離れをしないように、気をつけていましたね。
ーー高校生の試合を取材されたりしていたんですか。
そうですね。
ーーそれはどれくらいの頻度で?
最初のうちはいろいろ行かれてましたよね。毎年インターハイにもお伺いして。何を見るかは、そのときに何を描くか次第ですよね。
そうですね。真春が怪我をしたときには、実際にその怪我をして薙刀を続けている人に話を聞きに行ったりとか。私は知らずに描いていると縮こまってしまうタイプというか、逆に想像の翼があまり広がらないので。
ーーリアルな様子を知ったほうが、想像できる?
取材をしたほうが「えっ、そんなこともあるんですか」と視野が広がる。事実は小説より奇なりという感じで、取材をしたほうが面白いマンガを描けるんです。なので、いっぱい取材をするようにしていましたね。
ーーそれはキャラの気持ちの動き方だったり、強くなっていく道のりだったりをいろんな生徒さんにお話を聞かれて。
そうですね。実際に薙刀をやっている子たちに接していると、自分がキャラを描くときにすごい実感がこもるというか。本当にそうなんだから!私、見たんだから!みたいな(笑)。
ーー嘘じゃないよ!という。
嘘じゃないもんという気持ちで描けるのでいいですね。
ーー旭が初心者から1年ちょっとの練習で、インターハイで戦えるほどに強くなっていく描写に納得感があったなと思っていて。例えば初心者から1年でめちゃくちゃ活躍してる子とかって、実際にいたりされたんですか。
そういう子ばっかりでしたね。関東でやっている子はほとんどもう、高校から始めたという子ばかりで。
ーーそうなんですね!実際にやっぱり西が強いんですか?
そうですね。西のほうだと、幼い頃からやっていた子がいっぱいいるんですけど、関東の子は高校に薙刀経験者の先生が潜り込んでいて、そこで秘かに同好会を結成し、部になるまでがんばるぞみたいな。
関係者の皆さん、薙刀の普及への意欲が尋常じゃないですよね。
あまりスポーツは得意じゃないみたいな子が集まってきているんですよね。わざわざ薙刀部に入る子は、他の運動部に入るのはちょっとはばかられるみたいな子が多くてかわいいんです。
小さいときからやっている子は、本当に真春とか薙みたいなタイプで。
ね。将子みたいに剣道から移行してくる子もいて、そういう子はすごく多大な期待を背負っている。「この子は剣道やってたから!」みたいな(笑)。
ーー本当にその3タイプというか。
そう考えると、『あさひなぐ』の世界はだいぶリアルですよね。まさに人数もあんな感じで。
ーー1学年に3人くらい。
そうですね。1学年3人くらいがちょうどいいという感じですよね。
最初の勧誘のリズム薙刀も、実際に見られたんですか?
そうですね。リズム薙刀、面白いですよね。実際に取材した学校だと、B'zの曲を流しながら演舞していたんですよ。
ーーえっ、B'zですか?
B'zに合わせて、薙刀を振っている(笑)。『あさひなぐ』では『ぶんぶんぶん』にしました。マンガの中でB'zを流すと、ちょっとシュールすぎるじゃないですか(笑)。
ーーなんでB'zなんだろうと思っちゃう気がします(笑)。
そこをリアルにしても、B'zに全て持っていかれちゃいますよね(笑)。そこの選曲は結構悩みましたね。
30年後、50年後も読んでほしいですからね。
50年後も読んでもらうには、やっぱり普遍的な曲にすべきではないかと話しましたね。
紺野さくらの成長と、部旗が生まれたエピソード
ーーたくさんの取材が、リアルな描写につながっていたんですね。「旭の成長に納得感がある」って言いましたけど、旭だけじゃないですよね。一人ひとりの選ぶ道というか、紺野とかはああいう成長をしていくじゃないですか。
たしか生川さんが担当になったばかりの頃、薙刀の先生のところに取材に行って、「次の部長をさくらにしようと思っているんです」と言ったら、「紺野は無理よ」と言われて(笑)。
すごく反対されたんですよね。その先生はキャラの名前を苗字で呼ばれるんですよ。完全に生徒と同じ扱いで(笑)。
本当に生徒。「東島はこういうときに」とか「八十村にはがんばってほしい」とか(笑)。
ーーおもしろい(笑)。でも結局、紺野を部長にしたんですね。
そうですね。紺野はやれると思ったので(笑)。
ーー野上と紺野の部長交代のエピソードがあったじゃないですか。競技で強い子じゃなく、ああいう子が部長になる感じがすごいいいなと思って。
そうなんですよね。私も運動部に入ったことがないから、ずっとエースが部長をやるものだと思っていたんですけど、取材していても、やっぱりエースと部長って違うんですよね。
エースが部長になるパターンももちろんありますけどね。
いろんな部長のあり方があるんだなと。取材していると見えてきますよね。とにかく人格的に慕われる部長とか、エースとして尊敬されている部長とか。
さくらは本当にがんばりましたよね。
彼女は当初、人望と実力のどちらもなかったけれど、がんばりました。
ーーコミックスのおまけページのところに「コイツクズですけどね」って書かれてましたもんね(笑)。それが最終的には、部旗を買うときも「パパにお金を出してもらうのは違う気がする」みたいに言って、すごく人の気持ちを考えるようになった。
成長しましたよね(笑)。
一番変わった子ですから。
でも性格が良くなったわけじゃないですからね。そこがポイントなんです。
いま話に上がった部旗のエピソードについてなんですけど、「野心」という文字がニツ坂にすごくぴったりだなって。あのエピソードはどういう風に生まれたのか、ずっと気になっていました。
あれは部旗をつくろうという案が先に出て、文字を考えていたときに運命的なものがあって。私、女子高だったんですけど、校章がなでしこの花だったんですよ。それで1巻のデザインをするとき、なでしこの花をデザイナーさんに頼んで入れてもらって。
ーー毎巻の巻数のところですね。
新しい防具を作るエピソードがあるんですけど、単行本にも使われているし、なでしこの花の模様をあしらったらどうかと話したんです。そのときになんとなく花言葉を調べたら、「大胆、勇敢、野心」って出てきて、「ええやん!」ってなって。
でもそのときは、どちらかというと薙のエピソードを描く上で、花言葉のひとつである「いつも愛して」を印象的に使っていたんですよね。「大胆、勇敢、野心」はあくまで「振り」だった。
そうそう。防具に付ける花としてふさわしいんだよと伝えつつ、本当は薙ちゃんの切ない心が隠されているのよという感じで出てきて。そのとき、「大胆、勇敢、野心」がニツ坂にぴったりだなと気に入って、部旗に入れる言葉を考えたときに思い出したんです。
「大胆、勇敢、野心」を3つ並べるという話もありましたよね。それから、「野心だけでいいんじゃないか」とお話しした覚えがあります。
「野心」が一番、ニツ坂らしいなと。試合を取材していると、みんな部旗を持っていて、いいなと思っていたんですよ。
ーーそんな経緯で決まったんですね。
本当に偶然ですよね。狙ってその言葉が出てきたわけでもないので。
そうですね。こざきさんがノートに一生懸命デザインを描かれていた記憶があります。
大人たちは、旭たちをうらやましがる役目
作中での大人たちの描かれ方も印象的です。小林先生がケガをした真春に対して「今決めるな」と話すシーンがすごく好きで。小林先生って、描いていくうちにだんだん、ああいう大人としてのサポートをする役回りになっていったのでしょうか。
最初は本当にただの役立たずですよね(笑)。薙刀を一生懸命やればやるほど、だんだん視野が狭くなっていってしまうけど、そんな彼女たちに「それで一生が決まるわけじゃないんだぞ」と言えるのは、適当な小林先生にしかできない役目で。その適当さを最後まで全うしてくれましたね。
そうですね。やす子が登場したのは二代目担当のYさんの「大人を出したほうがいい」というアドバイスからでしたっけ。
そうですね。
やす子が出たことで、小林先生と二人の会話も成立するようになりましたよね。部内戦のラストの二人の会話とか、すごく好きです。
部内戦でお互いボロボロになるまで傷つけ合っているのを見て、小林先生が「ここまでする必要あるのかな」とやす子に話すシーン。ああいう大人の視点の描写は意識的に入れるようにしていました。
ーーやす子が「今のうちに傷つかせてあげるのも大切」みたいに言うんですよね。
だいぶ、私の気持ちも代弁してくれるようになって(笑)。ありがたい。
ーーそれは大人たちが?
そうですね、やす子も小林先生も。うらやましいという気持ちもあるんですよね。大人の視点から見て、あんな風にお金にもならないことに必死にのめり込めるなんて、うらやましいですよね。
ーーなかなかできないですもんね、大人になると。
今だったら絶対、「これをやって何になるんだろう」とか考えちゃいますもんね。実益になることをやろうとしてしまう。でも高校生で部活をしているときなんて、絶対にそんなこと考えないじゃないですか。
ーー全然考えないですね。
ただ、その日1日を一生懸命に生きているだけだから。うらやましいですよね。
私たちも本当にうらやましくて、いいなあ、かわいいなあと思いながら作品に向き合ってきました。
ーーすごく分かります。最近、何かやっていても「なんでこんなことをしているんだろう」とか思っちゃうんですよ。
自分にとってプラスになるとかならないとか、考えちゃうんですよね。でもね、本当は純粋に楽しめればそれでいいんですよ。
そうですね。しかし、そんな時間もなかなかないですからね。
悲しい話になっちゃった(笑)。
ーー話を戻すと、大人の視点を入れるという意味で二人を描いた。
そうですね。寿慶先生も結局そうなんですけど。大人の視点でいろいろアドバイスしたり、サポートしてあげたりするんだけど、実は絶対にもう戻れない場所から振り返って、「いいな」と思うという役回りなんですよ。「うらやましいな」「がんばれ」って。
ーー言われてみれば『あさひなぐ』に登場する大人たちは、みんなそんな感じかもしれませんね。
そうですね。みんな私の心を代弁しています。本人たちは死ぬほど悩んでるから、「いいな」なんて口が裂けても言えないですけど。そっと背中を見ながら(笑)。
親視点も意識的に入れるようにしていましたね。「家族も知らない居場所を築いていく」というのが作品の裏テーマでしたし。
そうですね、お父さんたちも。さくらのお父さんとお母さんがお気に入りです。将子のお父さんも。
宮路家だけ出てこないかな。真春の両親は見たくないですよね、ミステリアスであってほしい(笑)。
※ここから、第34集のネタバレをたくさん含みます。未読の方はぜひご購読の上、続きをご覧ください!
なぜ真春と奈歩の勝負を描かなかったのか
ーー見せないという点で、無粋な質問かなと思いつつ、最後の真春と奈歩の試合が描かれなかったじゃないですか。
それは、いらないと思ったからですね。最初から生川さんと「そこは描かないですよね」という前提で話していました。
ーーTwitterを見ていると、「描かれないんだ」という声が結構上がっていましたよね。
皆さん読みたかったんだと驚きました。とはいえ、真春が奈歩との試合に出ると決めたこと、あれだけ必死な試合をした旭と島田さんがその様子を見て、やっぱり二人のような美しい試合がしたいと泣いたということ、それが全てだと思うんです。
頂上決戦みたいなことをするのは、別にこのマンガじゃなくてもいいというか。だって、真春も奈歩も本当の薙刀の達人かと言ったらそうじゃないんですよ。二人だって別に普通の高校生だし。
ーー『あさひなぐ』を読んでいると無敵の存在のように思えてしまいますが、言われてみればそうですね。
とにかくあの場所にあの人たちが集まって、決勝戦をしたということ。大事なのはそこだけで、どう勝ったかとかはあまり大事じゃないと思っていたものですから。だから、みんながそんなに見たいだなんて思わなかった(笑)。
実際の美しい試合って、動きも少なくてすごく地味ですよね。
そうなんですよ。あの二人も本当に静かな試合をして、たぶん真春がパシッと打って決まったと思うんですよね。最後に二人がバッと踏み込んで決まったんだなと思ってもらえれば。
このマンガの本質は、勝敗そのものよりも、それに伴う成長や心の変化にあるので。真春があそこで出ると言った時点で、もう答えは出ているんですよね。
だから試合を通してあれ以上、真春の心が動くことはたぶんきっとなくて。勝つか負けるかは、言ってしまえばどうでもいい話なんです。
ーーなるほど…。
あと、この物語は『あさひなぐ』であって、真春と奈歩の話じゃないんですよね。旭が彼女たちの試合を見て何を感じるかが一番大切。
ーーだんだん納得してきました(笑)。
ちゃんとマンガで納得させられなかったのは、ちょっと申し訳ないですね。
単行本で通して読むとまた印象が違う気がしますけどね。毎週読んでくださった読者の方からすると、ついに真春が出てきたということで、前の週でこちらが思っていた以上に盛り上がってくださったんですよね。
感想を見ていて、やばい!ってなりました(笑)。若干、誤算でしたね。
ーー試合をリアルに描くなら、代表戦には勝てる見込みのある人が出ますよねと。主人公は旭だしというか、なんというか。
そうなんですよね。ジャンプのようなマンガだったら、それこそ代表戦で奈歩と旭に対戦させていたかもしれませんけど。優勝も、せっかくだから優勝させようか、という感じで、あくまで「せっかくだから」でしかないんですよね。
ーーそこはやっぱり、このマンガにおいて大事なところではないから。
そうですね、本当に。何で優勝したんだっけ、と思っちゃうくらい。極端な話、負けても本当に良かったですよ。そこは本当にどっちでもいい。
ーー優勝させないルートもありましたか。
ありました。私、途中で1回提案したような気がする。「優勝しなくてもいいんじゃない」って。
それは私が「そこはまあ」とお願いして(笑)。別に後味を悪くしたいわけではなかったので。
ここまで来たら別に優勝しなくても、後味悪くなかったかもしれませんけどね。
そこはでも、そんなに議論にもならないくらい、あまり大事なポイントではなかった気がします。
言ってしまえば本当にどっちでも良かったから。最終回に「感情というものにはあまり持続力がない」と書いたんですけど、本当にそのままで。
「優勝して嬉しい」とか「負けて悔しい」みたいな気持ちはずっと続くことではないし、半年経てばもう「本当に優勝したんだっけ」くらいの感覚になっている。それがこの子たちにとってはリアルだろうなと思って描きました。
ーー武道を通しての人の成長というか。
私、武道をやったことないので、偉そうなことは何も言えないですけどね(笑)。
こざき先生に聞く、思い入れのあるシーン
ーー武道っていうテーマを選ばれたのはそもそもどうして?
最初はそんなにすごいテーマだと思っていなかったので、友達が中学のときに薙刀をやっていたという話を聞いて、おもしろ部活じゃん!って(笑)。その程度だったんです。
ーーおもしろ部活ですか(笑)。
そもそも薙刀の存在を知らなかったんですよね。「武道」というテーマを作中で意識し始めたのは、せっちゃんが登場し始めたあたりかも知れません。摂のキャラ、悩みに悩みましたね。
関東大会はめちゃくちゃ手こずりましたね(笑)。
一番悩んだ気がします。でも、結果的にすごくいい場になりましたね。摂は寧々との話が一区切り付いたあとの、次のライバルみたいな感じだった。
すごく難産だった記憶がある。だいたい18時くらいからいつもの喫茶店で打ち合わせが始まって、そこが23時くらいに閉まるんですよ。そうすると近くのガストに移動するんですけど、ガストは2時くらいに閉まるんですね。そのあとは駅の反対側のジョナサンに行くんです。
ジョナサンまで行くとやばいという(笑)。インターハイ予選から関東大会のあたりは、毎回の打ち合わせがジョナサン行きのコースで、土曜日にやり直したこともありましたもんね。
ーーものすごいですね。
ちょうど映画の制作の時期と重なっていたのもあって、すごく大変でした。でも結果として、関東大会でせっちゃんを描いたことは、後々のエピソードを描く上でめちゃくちゃ大事だったという。
最終的に摂の言っていたことに行き着きましたもんね。当時は、そこまで自覚的に武道と部活みたいなテーマを考えて描いていなかった気がします。旭はすごくがんばることは当たり前と考えていたけど、摂は身体の事情で部活にも入れず、短い時間しか戦えない。
摂は勝ち負けを超え、ひたすら自分と向き合う薙刀のあり方を知る人で、旭は彼女と出会った時点ではそれをまったく理解できていないんですけど、インターハイを通して徐々に実感していく。旭の世界を広げてくれた存在なんです。
ーーおもしろい。すごく思い入れのあるキャラなんですね。他にも特に思い入れのあるシーンをあげるとすれば、どうでしょう。
「名セリフ総選挙」で上位に入ったシーンとかは、どれも全部思い入れがあって。
小林先生があんなに上位に食い込んでくるとは思わなかった。それ以外だと…さくらがお家でくさくさするところが気に入っていますね。お母さんとスナップエンドウをむきながら「ゴメンね」というシーン。意外とじんわりくるという。
13集収録の「なんでも上手な女の子」ですね。
そうですね。さくらが子どもの頃に習っていたピアノを弾くところとか、すごく気に入っています。私もさくらと同じで、得意なことしかしなくて、長続きしないタイプだったので。さくらのエピソードは全体的にすごく好きですね。あとは薙の「ラストオーダー」(第18集収録)のあたりかな。
私も大好きです。
単行本のおまけにも書いたんですけど、あの話を描いている頃にちょうど父がホスピスに入院していて、病院でネームを描いたりしていて。「お父さんがこんなに死にそうなのに、私マンガを描いている」と思って。しかもめっちゃ良い話が描けた、みたいな。己の業を感じましたね。
マンガ家の業ですね。
たしか「わたしを離さないで」(第18集収録)のカラーの見開きを病室で描いているときに父が亡くなったんです。一晩中、傍についていて、もう意識はなかったんですけど、時々見せながら描いた記憶があります。そういう意味でも、すごく思い入れが強いですね。
もう一つ質問したいんですけど、男子の薙刀も描こうとされたのはどうして?
取材をしていて会場でたまに見かける男子が、その日試合をしないのにちゃんと道着を着たりしていて、涙ぐましいんですよね。目の前で本当にごくたまに試合を見られることがあって。
それも前座というか、エキシビジョンマッチみたいな扱いでやられるんですよ。賞状やトロフィーもなくて。
乃木さんがトロフィーをもらうシーンは、こざきさんのオリジナルで描かれたんでしたっけ。
そうですね。取材しているときに、「男子は賞状とか表彰もないんですよ」と聞いて、かわいそうだなと思って。「関東大会が事実上の男子のインターハイ」というのは、実際にお聞きしたことなんです。乃木さんはいい男ですよね。
ーーめちゃくちゃいい人でしたね。
真春との恋の進展は全くなさそうでしたけど。
どうなるんでしょうね、かわいそうですよね(笑)。
未読の人は、まず3巻まで読んでほしい
ーー完結を機に『あさひなぐ』を読もうという方もいらっしゃると思うので、まだ未読の方向けにおすすめしたいエピソードがあったら挙げていただきたいなと。
とりあえず3巻までは読んでいただきたいですね。
そうですね。名セリフ総選挙でも1位になった、夏合宿の「弱き者の武道」(第3集収録)まで。あの辺で旭と住職のおばあさんがしゃべっている内容が、結構いいなと思っているんですよね。
翌年に死んじゃった住職ですね。
サラッと殺しちゃいました(笑)。
ーー2年目の合宿でいなくなっていましたよね(笑)。
諸行無常ですね。旭に対して、「お前の身体はお前のまま。いきなりハルク・ホーガンみたいになったりはせん」って言うんですよ。薙刀は力が弱い人のために作られたものだから、弱い旭に向いている競技とも言えるし、捉え方一つで全部変わるみたいな話。その辺のところはちょっと、自分で描いていていいなと思いましたね。
完結待ちだった方も、本当にこの機会にぜひ読んでほしいです。3巻まで読んで、何かちょっとでも引っかかったら、たぶんそのあとすごくおもしろくなります。
早く読んでほしい(笑)。自分に似ているキャラとか、きっと作中にいるので。
ーーいろんなタイプのキャラを描かれていますもんね。
そうですね。気持ちが分かるなというキャラがきっといるだろうから、その人を見つけてほしいです。
推しって自分に似ている人を選ぶんですかね。花さんは野上さん推しとおっしゃっていましたが、それはご自分に似ているからでしょうか?
いや、逆ですね。私は紺野さんにすごいそっくりで…。
やばいじゃないですか(笑)。
調子に乗りがちで、嫌なことがあるとすぐにやめるタイプで、だから逆に野上さんに惹かれるんだろうと。
なるほど、自分に足りないものを求める逆パターンですね。生川さんは?
私は将子と薙が好きですね。
ーーすごい勝気な感じの二人。
高潔な人が好きなんですよ。男性の読者からは、三須さんが人気ですよね。
三須さんを好きな男の人は多いですよね。
ーーそうなんですか。
一生懸命な凡人が可愛いって(笑)。
俺だけが知っているこの子の良さ!という(笑)。寒河江さんも男の人から人気ですよね。
純ちゃんと三須さんは本当にすごいです。
二ツ坂は男子に人気がないですよね。野上さんは割とあるけど。
えりはありそうですね。あと、一部、真春が熱狂的に支持されているかな。
Mっけのある人は真春を好きですよね。旭、全然人気ない(笑)。
たしかに。旭を推している人はあまりいませんね。
旭を好きなのは特殊性癖を持った人ですかねぇ。とにかくメガネならなんでもいいみたいな(笑)。
ーー主人公とは思えない言われようですね(笑)。
旭はどちらかというと自分を重ねるんですよね、みんな。
でも私はこざきさんが34集のあとがきに書かれていたように、旭は自分より少し先にいる人というか、我が身を振り返る上で指針となる存在なような気がします。
たしかに『あさひなぐ』のキャラたちも、みんな旭には憧れているようなものですからね。旭を自分と全く同じと思える人って、少し心配になっちゃうくらいがんばっている人だと思う(笑)。
きっとめちゃくちゃ努力している人ですよね。
ーーあんなにがんばれないですよね。
あんなにがんばれないから、「なりたいな」ってみんなが思うのが旭なんだと思います。
『あさひなぐ』最終巻・第34集が発売中!
『あさひなぐ』の最終巻・第34集が2020年9月30日に発売されました。ご購入はこちらから。
また、「あさひなぐ名セリフ総選挙」の結果が発表されました!こちらも合わせてご覧ください。
上のページに掲載しきれなかった読者の方からのアツいコメントを、下のページでご紹介しております。
こざき亜衣先生のサイン色紙をプレゼント!
『あさひなぐ』完結を記念して、アルではこざき先生の直筆サイン色紙を抽選で1名様にプレゼントいたします。
アル公式Twitterアカウントをフォロー&該当のツイートをRTで応募完了!10月12日(月)12:00が応募〆切となります。
『#あさひなぐ』完結記念!#こざき亜衣 先生にインタビュー🎉
約2万字の大ボリュームで、9年半にわたる連載を振り返っていただきました👀
豪華サイン色紙プレゼント企画も🎁
✅このツイートをRT
✅@alu_inc をフォロー
で応募しよう!https://t.co/QCy2nej9Pm— アル@マンガ情報 (@alu_inc) October 5, 2020
注意事項
当選者には10月下旬までにダイレクトメッセージにてご連絡いたします。
Twitterアカウントが非公開、DMが送信不可設定の方は抽選対象外となります。設定をご確認のうえご応募ください。
プレゼントの転売、オークション等への出品は禁止します。