デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション

浅野いにお/著

コマ投稿OK

時代性を反映した作品を描く。『デデデデ』浅野いにお先生の新人時代

2020年に40周年を迎えたマンガ雑誌「スピリッツ」が、この節目に「創刊40周年記念 連載確約漫画賞」を創設しました。

その名の通り、大賞受賞作はスピリッツでの連載権を譲渡されます。そしてこの漫画賞、審査員もめちゃくちゃ豪華です。

公式ホームページには「特別審査員陣」として、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』浅野いにお先生、『映像研には手を出すな!』大童澄瞳先生、『あさひなぐ』こざき亜衣先生、『新九郎、奔る!』ゆうきまさみ先生の名前が挙げられています。

さらに「スペシャルゲスト審査員」として、映画『アイアムアヒーロー』、ドラマ『重版出来!』『MIU404』などの脚本を務めた野木亜紀子さん、お笑い芸人であり小説『火花』『劇場』などの作品も執筆する又吉直樹さんも参加。

この漫画賞の開催にあたり、審査員をつとめる4人の漫画家さんの新人時代について、スピリッツ編集部が取材・構成したインタビュー記事をアルにて独占掲載!

第三回に登場するのは、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』浅野いにお先生です。

『デデデデ』の他にも『ソラニン』『おやすみプンプン』など独自の世界観の作品を描いてこられた浅野先生は、実は「描きたいものはあまりない」そうで、デビューからずっと「時代性」を反映した作品を描いてきたといいます。

そんな浅野先生が、どのように作品を生み出してこられたのかを詳しく伺いました。

浅野いにお Inio Asano

1980年生まれ。茨城県出身。高校時代に持ち込みを開始し、1998年、「ビッグコミックスピリッツ増刊号 manpuku!」にて『菊地それはちょっとやりすぎだ!!』でデビュー。2001年『素晴らしい世界』が初連載。代表作に『ソラニン』、『おやすみプンプン』、『うみべの女の子』、『零落』など。現在は「ビッグコミックスピリッツ」にて『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』を連載中。

「今だから描ける内容」であることが、マンガを描くモチベーション

ーー浅野さんの初連載作品である『素晴らしい世界』は、2002年に「月刊サンデーGX」で連載されました。振り返って、ご自身ではどのような印象を抱く作品ですか?

あの作品を描いていたのは大学4年生の頃で、僕も若かったですね。


当時は、インターネットを日常的に使っている人もまだあまりいなくて、すごく狭い世界の中で描かざるをえない状況だった。


でも、無知であるがゆえの思いきりのよさがある作品だなと思います。


今の自分からするとこっぱずかしい内容もたくさんあるんですけど、本当に、自分自身に向き合って描いたがゆえの素直さがあると思っています。

ーー逆に、『素晴らしい世界』の頃から現在の作品まで通底しているものがあるとすれば、どういった部分にあると思いますか?

『素晴らしい世界』は20代のモラトリアムを中心に描いていましたけど、それより遡ると、自分が投稿を始めた頃はギャグマンガを中心に描いていたんです。


なので、これは照れ隠しでもあるんですけど、自分の中でバランスを取るために、僕のマンガにはかつて好きだった不条理マンガのテイストがどうしても出てくる。


もちろん、20代と30代で描き方自体は変わっていますけど、マンガは自分の人格から生まれるものなので、根っこの部分はそんなに変わらないのかなとも思います。

ーー『素晴らしい世界』は短編の連作という形式の作品ですが、これは編集部からの要望などがあったのですか?

いや、これは僕からの提案というか。そもそも、僕は連載マンガをほとんど読んだことがなかったんですよ。


ギャグマンガが好きだったのもあって、単行本が1巻だけの作品や短編ばかり読んでいて、なんだったら4コママンガが一番好き、くらいの感じだった。


なので、実際に自分がストーリーものを描くとなったときも、それを長編の連載にするという発想がまったくなくて。


「忙しく連載をやるくらいなら、ずっと読み切りを描いていたい」みたいなことを言っていたんです。


当時は「欲がない」なんて言われましたけど、欲がないんじゃなくて、忙しいのが嫌だったんです(笑)。

ーー(笑)。

そんな感じで当時は読み切りのネームばかり描いていたんですけど、あるとき、読み切りのタイトルを考えるのも面倒くさくなっちゃって。


サブタイトルは付けつつも、全部共通タイトルにしちゃえば、描いている内容は読み切りでも、連作としてひとつの流れを付けることができるんじゃないかと思った。


そういう話を担当さんにしたら納得してくれて、『素晴らしい世界』というタイトルで、短編の連作でやってみることになったんです。

ーー『素晴らしい作品』には、2000年代初頭の時代のムードが色濃く閉じ込められていると思うんです。今回、この新人賞に当たって出されたコメントにも「昨今の時代性を反映した漫画を期待しています」とありましたが、「時代」というのは、マンガを描くうえで意識されるものですか?

僕は、描きたいものはあんまりないんですよ。どちらかというと「今、マンガを描いている理由」が欲しいんです。


それを考えていくと、「今だから描ける内容」であることが、自分がマンガを描くモチベーションを後押ししてくれているなと思います。もし、10年前や10年後でも描けるマンガなら全然意味がなくて。


『素晴らしい世界』は当時の自分の若さを武器にした内容ではありますけど、それ以降もずっと、自分の実年齢だからこそ描けるものを意識してきたし、それが結果として、時代性とイコールになってきたんだと思いますね。

ーー「マンガは自分の人格から生まれる」と仰ってましたけど、『素晴らしい世界』に関しても、ご自身の人格に実直に向き合うことが、「時代」を描くことにつながった。

もちろん、自分のことばかり描いていたわけではないんですけどね。自分と、自分以外の他者の存在を見たときに、自ずと当時の世相が浮き彫りになったんだと思います。


渦中だったので自覚していたわけではないんですけど、当時は「フリーター」という言葉が一般化した時期だったんです。


「正社員として働かなくてもやっていけるんじゃねえの?」という考えの人たちがワッと増えて、それが「モラトリアム」と呼ばれたりもしたんですけど、あの作品は「こういう人たちの生き方もあるよね?」ということを提示していたと思うし、そこが新しかったんだと思うんですよね。

ーー新しい人間の類型が、マンガの中で可視化されたというか。

僕よりも上の世代になってくると、学生時代が終われば社会に出て、そこでどう立ち振る舞うのか? というところがテーマになっていたと思うんですけど、そうじゃない選択肢もあるよね? って。


もちろん、前例がない状態ではあったし、「みんな無職だけど、この先どうするの?」という世の中の見方もありましたけど、そんななかで、自分は「先はわからないけど、今はこれでいいと思う」という感覚をマンガに描いていたんだと思います。

その時代のカルチャーの一部としてマンガを捉えている

ーー当時の浅野さんは、ご自身のマンガの読者にはどのような想いを抱いていましたか?

僕は「売れ線ではない」と言われていたし、当時の僕は、小学館といういわば大手出版社で、「マンガらしくないマンガを描いている」という実感があって。


「マンガらしくないマンガだけど、こういうものもマンガでいいんじゃない?」という気持ちでやっていたし、それを受け取ってくれる読者はどこかにきっといるだろうとは思っていました。


それは「マンガの内容が伝わってほしい」というよりも、「僕のマンガ家としてのスタンスを受け止めてほしい」みたいな言い方のほうが近いかもしれない。

ーーなるほど。

僕は、その時代のカルチャーの一部としてマンガを捉えているし、同じように、時代性のあるカルチャーとしての側面をマンガに求める人は必ずいるだろうと思っていました。


よく覚えているんですけど、最初の単行本が出たときに、販売の人と一緒にサイン本を持って書店を回ったんです。


マンガ家でこういうことをする人って、あんまりいないらしいんですけど。特に僕は、「とにかくヴィレヴァンに置かれたい」と最初から言っていて。

ーー浅野さんの作品は、今やヴィレッジヴァンガードでは大々的に並んでいますよね。

当時はまだ僕の本は1冊も置いていなかったですけど、ヴィレヴァンを回ってなんとか本を置いてもらいました。


ヴィレヴァンって雑貨屋だから、本来的には書店ではない。あくまでもカルチャーの一部としてマンガを扱っている代表的なお店という認識が僕のなかにはあって。


ヴィレヴァンにマンガを買いに行く人って、マンガだけを買いに行くんじゃなくて、他の本や雑貨も買いつつマンガも買う人たちですよね。


僕自身、そういう気持ちで買うマンガが好きだったし、そういう場所に置かれていることが、自分のマンガにとっては一番座りがいいと思っていたんですよね。

ーー「生き方」としてカルチャーを求めている人たちに刺さってほしかった。

そうですね。僕のマンガは、いわゆる「マンガ好き」に向けて描いているものではないんです。なんだったら、僕の単行本はインテリア扱いでもいいんですよ。


持っていることや読んでいることに意義を感じられるものであってほしい。僕のこういうスタンスを馬鹿にされることもあるんですけど、僕はそれでもいいと思っています。

時代性を意識したうえで、本人の持ち味を生かしてほしい

ーーデビュー前のご自身にアドバイスをするとしたら、どんな言葉をかけますか?

う~ん……なんにも言うことないですね(笑)。


できる限りのことは勝手にやっていたし、やったらやったぶん結果が返ってきた実感はあるので、これ以上、自分に言うことはないです。

ーーでは最後に、今回の新人賞に応募される方へメッセージをお願いします。

今、マンガを描くにあたって、発表する場所の選択肢は増えていると思うんですけど、わざわざ「スピリッツ」に送ってくるのにはなにかしらの理由はあると思うし、雑誌のカラーは、多少なりとも意識してほしいなと思います。


「スピリッツ」って、他に比べても特殊な立ち位置にある青年誌だと思うんです。「スピリッツ」には昔から時代性や現実に起きていることを反映させたマンガが多かったし、僕は、それこそが青年誌だと思う。


そういうことを意識した作品の投稿を期待しています。そしてもちろん、時代性を意識したうえで、作家本人の持ち味を生かしてほしいです。


審査をするのはSNSではないので、めちゃくちゃなことを描いても袋叩きに会うこともないですから(笑)。

ーーたしかに(笑)。

ひんしゅくを買うような内容であったとしても、たかだか4~5人の審査員に嫌な顔をされるだけなので、自分の描きたいものを正直に描いたうえで評価されてほしいなと思います。


もし、この賞で評価されなかったとしても、「『スピリッツ』のやつらはクソだな」と思って別のところに送ればいいだけなので。そういう気持ちでマンガを描いてほしいです。

取材・文:天野史彬


「スピリッツ創刊40周年記念 連載確約漫画賞」ご応募の詳細はこちらから。