図書館の大魔術師

泉光 / 著

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物語を支える奥深き世界観『図書館の大魔術師』の壮大な舞台を巡る

「good!アフタヌーン」にて連載中のビブリオファンタジー、『図書館の大魔術師(※)』。胸を打つセリフ、美麗すぎる画、読み手の感情の起伏を知り尽くしたかのような映画的構成など、その魅力を挙げたらキリの無い本作ですが、最も特筆すべき特徴の一つが、その奥深すぎる世界観です。

図書館の大魔術師

この記事ではそんな世界設定や物語の舞台に焦点を向け、本作を一段深く楽しめるような情報をお届けします。

本誌ではまだ語られていない情報も多く含まれていますが、これらは作者の泉光先生の許諾を得た上で先生のツイートを元に紹介させて頂いています。

👉 泉先生のTwitterアカウント: @izumimitsu1102

昨年の4巻発売時に続き、5巻発売に合わせて現在(2021年5月28日より)Twitterを再開され普段知る事のできない情報を多数発信されていますので、アカウントのフォローもお忘れなく!※昨年と同じく1ヶ月程度の期間限定更新の予定とのこと。

また、あらすじや各巻の見どころについては以下の記事でまとめていますので、2021年6月7日の新刊発売に併せてこちらもぜひチェックしてください。

(※)単行本の表紙等では『圕の大魔術師』と表記されていますが、本記事ではアフタヌーン公式サイトの表現に合わせています。

たしかな世界があるからドラマが輝く

本作の魅力を語る時、細部まで創り込まれた綿密な世界観は絶対に外せない要素です。一方でこの作品は普段ファンタジーを読まない方にもおススメしたい作品で、それは作品の中心があくまで人やその関係性にあるから。物語の根幹は人間ドラマです。

図書館の大魔術師

しかしこの2つは対立するものではなく、作中に文化や歴史がしっかりと根付いているからこそ、登場人物たちの言動に魂が宿り読者の琴線に触れるのだと思います。

物語を取り巻く背景を知ることで各シーンやセリフの印象も変わってくると思いますので、ぜひこの記事で世界の舞台裏を歩いて頂き、そして本編を読み直してみてください。

民族と宗教と文化

7つの民族と宗教

『図書館の大魔術師』の舞台となるアトラトナン大陸は「特領七民族」と呼ばれる7つの主要な民族、およびその他の少数民族によって構成されています。また複数の宗教が存在しており、これらの違いが異なる考え方や他者との区別を生み出し、それが過去には覇権争いや戦争の原因ともなっています。

民族

宗教

外見

説明

ヒューロン族

司道
アシン教

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アフツァックで最も多くみられる民族。

首府は父の都ベレへベツィ。

ラコタ族

司道

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本や活版印刷を生み出した大陸文明の牽引者。

全体的に背と鼻が高い。

ココパ族

司道

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身体が小さく羽根を持っており、妖精のような外見。

ホピ族

不明

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とがった耳が特徴。詳細は謎に包まれている。

カドー族

起教

図書館の大魔術師

人前では常に仮面を被っており素顔を見せない。

文字は縦書き。

クリーク族

司道

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獣の亜人のような見た目で大柄。

敬語は存在しない。

セラーノ族

不明

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龍のような外見をした種族。

他の種族とは一線を引いている。

ちなみに7つの民族名ですが、現実世界におけるアメリカ先住民の部族名などに同じ名前を見つけることができます。

さらに本作とストーリー上の関係性は無いものの、泉光先生の別作品『7thGARDEN』(集英社 / 既刊8巻で休載中)には以下のような記述があります。

アトラトナン大陸 最近発見された新大陸なんだ 文明水準は低いんだけど とっても大きな図書館があるみたい

引用元:『7thGARDEN』2巻より

もしかしたら、アトラトナン大陸に住む民族はヨーロッパ人に発見される前のアメリカ大陸と重なるところがあるのかもしれません。

文化

民族や宗教が異なれば当然その文化や生活様式も異なりますが、本作では各民族における羞恥心の感じ方の差まで設定されています。

その価値観の違いは当然服装にも表れ、同じヒューロン族でもアシン教と司道(マナアクア)では服装が異なり、アシン教の信者はムスリムの方などが身に着けるヒジャブで頭を覆っています。また個人によって信仰への熱心さが違うのもリアルなところ。

外見や政治的主義の違い

同様に同じ民族の中でも、地域によって外見や政治的主義に違いが生まれます。

例えばラコタ族は過去の厄災「ニガヨモギの使者」襲来以前、商業地区だった海側と農村地区だった陸側に分かれていましたが、彼らの子孫はそれぞれ異なった顔立ちをしています。

またこの2地区はかつて奴隷反対派と賛成派に分かれて対立し、「海陸戦争」を引き起こしました。これはアメリカにおける南北戦争を想起させます。この当時、奴隷として扱われていたのが獣のような耳を持つクリーク族です。

また、民族間の血が混じる事を良く思わない人も多くおり、主人公のシオが幼少期にいじめられていたのも混血が大きな理由の一つでした。一方でこのような差別をなくすため、大陸中の本を管理する「アフツァック中央圕(としょかん)」を中心に混血の子どもには「友愛児」という呼び方を広めようという動きもあります。

図書館の大魔術師

その他にも民族ごとに挨拶の仕方や名前の呼び方が違ったりと、そこには紛れもなく独自の文化圏が存在しています。

図書館の大魔術師

モデルとなった建物たち

泉先生は連載開始前の取材旅行でオーストリアやトルコを訪れたことを明かされています。

その中で紹介された歴史的な図書館のいくつかは筆者も訪れたことがあるのですが、見た目の美しさや荘厳さはもちろん、世界の叡智を集めようとした先人たちの想いが未だ空間に満ち溢れているようで、踏み入れた瞬間に自然と立ち尽くしてしまうような感動がありました。

図書館の大魔術師

シオが中央圕の内部へと初めて足を踏み入れたシーンはまさにその時の感覚が蘇ってくるような描写になっており、泉先生も当時同じような体験をしたのではないかと想像してしまいます。

ここでは作中に負けず劣らず美しい世界の歴史的建造物をご覧ください。

オーストリア国立図書館 / ウィーン、オーストリア共和国

(筆者撮影)

アドモント修道院図書館 / アドモント、オーストリア共和国

(筆者撮影)

スルタンアフメト・モスクなど / イスタンブール、トルコ共和国

セルシウス(ケルスス)図書館 / エフェソス遺跡、トルコ共和国

歴史と繋がれる未来

アトラトナン大陸の歴史

作中ではほとんど語られていませんが、驚くことにアトラトナン大陸の歴史は有史以前(人類誕生前)から設計されています。

なぜ複数の民族がおり外見が異なるのか?民族間の複雑な感情や力関係はどこから来ているのか?ファンタジーを読んでいてそのルーツにまで思いを馳せることは少ないと思いますが、私たちの生きる社会を見渡しても明らかなように、ある時点の情勢はそれまでの積み重ねの結果です。

その点において本作はまるでもう一つの人類史が存在するかのような厚みがあり、それが物語の土台を強固なものにしています。

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👉 全編を知りたい方は先生のTwitterアカウントをチェック!

七古抜典

アトラトナン大陸では、社会に多大な影響を及ぼした7つの書を「七古抜典」として定めています。また一つの組織・民族が書の利益、力を独占しないよう、その多くは中央圕で管理され一般公開されています。

焚書(書物を焼却すること)や禁書、検閲やマスメディアを使ったプロパガンダなど、書物や情報の管理は私たちの世界でも歴史上、または現在進行形で常に議論に上っています。

これは同時に書や情報の持つ影響力の大きさを示しており、だからこそ作中では「書を護ること それ即ち 世界を護ること也」というフレーズが繰り返し登場しています。

名前

外観

製作者

作成年代

概要

樹海創讃文書

図書館の大魔術師

不明

不明(1700年前頃)

アトラトナン伝説の一部が記されている。司道の聖典。

ネザファパレハの円盤

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ホピ族

不明(1400年前頃)

万物に宿ると言われる8つのマナが描かれている。実在が確認されているのはそのうち7つ。

大三幻

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カドー族

1100年前頃

魔術書の生みの親であるカドー族によって作られた歴史上最凶と言われる3冊の魔術書。

アレマナカ

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ラコタ族

758年前

2つの衛星対星を元に作られた長期暦。それまでの大陽を元にした単暦より精度が高い。

4頁の冒険

図書館の大魔術師

ツネ=シロ

391年前

金属活版印刷機によって世界で最初に印刷された小説。

黒の書

図書館の大魔術師

ルゲイ=ノワール

145年前

ホピ族は劣等民族であると主張した本。これをきっかけにヒューロン族によるホピ族大虐殺が起こった。

明日に向かって吼えろ!

図書館の大魔術師

グレイブル=ダ=ヴェルボワ

121年前

ラコタ族の奴隷だったクリーク族が自由への権利を手に入れたきっかけとなったチラシ。

伝承の砂時計

中央圕のシンボルマークである「伝承の砂時計」。

彼らは書を護ることで人や文化、そして世界そのものを護ろうとしています。知識や思想を後世に伝え、異なる主張を同じ本棚に並べ、負の歴史を繰り返さないよう愚かな部分も直視する。それがよりよい世界に繋がっていくことを信じ、書を支配するのではなく護ること。このシンボルマークはそんな中央圕の使命を端的に表しています。

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そして、この砂時計と同じメッセージをシオに伝えた人物が一人。シオの成長を見守ったガナン親方が中央圕の象徴について知っていたかは定かではありませんが、シオが目指す先の理念と親方の考え方に共通する部分があったからこそ、彼は大きく成長できたのかもしれません。

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セドナの性別

最後に小ネタを一つ。シオが憧れ、カフナを目指すきっかけとなるセドナ。実はその性別ははっきりしておらず、意図的に明言を避けた書き方がされています。

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これも後々キーになってくるかもしれないと考えてしまう所ですが、実はセドナの性別は「自由」、不明ではなく自由とされています。

セドナの性別は『自由』性別不詳ではなく性別自由。男、女、またはそれに属さなくても自由に決めて読むことができ、周りのキャラクターもそれを認識している。

引用元:泉光先生のTwitterアカウントより

「周りのキャラクターもそれを認識している」までくるともはや哲学の域ですが、セドナは性別に捉われるようなキャラやスケールではない、ということかもしれません。

ただし外国語版では人称の問題から性別の扱いを決めなければならず、セドナは男性として表現されて(英語におけるheの表現が使われて)いるようです。

ドイツ語版(筆者撮影)

歴史の一端を覗きに

異世界を舞台にしたファンタジーの場合、作者はイコール創造主でもあり、自身が思い描くままの世界を創ることができます。

一方でそれは作品のリアリティーが作者の想像力や知識、思考の深さに依存するという意味でもあり、それは物語として描かれる外側、読者に見えない部分の豊かさによって支えられています。

特に魔法やバトル描写そのものより人間ドラマに主軸を置く場合、登場人物の言動や展開に真実味を持たせるには確かな背景が必要で、その点において本作は傑出しています。

もはや世界の謎や設定を「伏線」と呼ぶ必要すらなく、一つの人類史をほんの一部だけ切り取った作品、それが『図書館の大魔術師』であり、その周辺には語られることのない無数の物語があるはずです。

図書館の大魔術師

さらにここまで読んで頂ければわかるように、本作はおそらく現実世界の歴史や社会なども強く意識して創られており、これも作品の説得力を増す要素となっています。この点については、本作を現実の人類史と比較して読み解いたこちらの記事もぜひご覧ください。

細かい設定など気にせずとも十分に楽しめる本作ですが、ぜひ世界の奥行を感じながら、じっくりと物語を味わってみてください。

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