マンガ編集者さんって、本当にいろんなタイプの方がいらっしゃいます。それぞれヒット作を世に送り出すための仕事術に個性があり、お話をお聞きするのが本当に面白いんです。
「編集者インタビューリレー」Vol.4のインタビューは、なんと2時間半もの長丁場となったため、前後編の2本立て。話を伺ったのは、長らく「ハルタ」編集長を務めてこられた大場渉さんです。
アスキー(現在はKADOKAWA)に新卒入社し、「週刊ファミ通」、「月刊コミックビーム」での編集業務を経て、新雑誌「Fellows!(現ハルタ)」を創刊。
ハルタの初代編集長として『乙嫁語り』(森薫)、『乱と灰色の世界』(入江亜季)をはじめ数多くの作品を立ち上げた後にその座を退かれました。
現在はハルタ、「月刊ASUKA」で編集業務をこなしながら、2021年4月に創刊される新雑誌「青騎士」を準備されています。
後編となる本記事では、Fellows!(現ハルタ)と新しく創刊される「青騎士」それぞれの立ち上げのきっかけ、作品づくりで大切にされている「ロングライフ」というテーマ、「根っからの商人」だという大場さんが編集者という仕事をどう捉えているかまで、幅広く語っていただきました。
記事の前編はこちら。後編から読んでも楽しめますが、前編から続けて読んだほうが深く理解でき、楽しめる内容となっています。ぜひこちらからお読みください。
編集者さんのプロフィール
大場渉
1997年にアスキー(現在はKADOKAWA)へ入社。あすか編集部とハルタ編集部の責任者で、2021年から新漫画誌「青騎士」を創刊する予定。著書を全冊読破した作家は、谷口ジロー、南條範夫、外山滋比古。
「ハルタ」と「青騎士」、それぞれの創刊のきっかけ
ーー大場さんが手掛けられる新雑誌・青騎士が4月に創刊されると発表されました。『乙嫁語り』や『北北西に曇と往け』など、ハルタで掲載されていた作品のいくつかは移籍するそうですね。どんな雑誌にされるのでしょうか?
究極を狙いにいきます。2021年に創刊したらここまでやれるっていう最大限を。
ーーそれは今までにないような雑誌をつくるということですか?
いや、基本は変わらず、自分たちが価値があると思うものをつくるんです。
ーーというと?
マンガ雑誌の編集部って、同じメンバーで10年くらいマンガをつくっていると、自然と成功ばかりを追いかけてしまうところがありまして。
いつの間にか同じようなところで似たようなマンガをつくっていることに、読者は気づいているのですが、編集者が気づけないままだったりするんです。
ーーある成功体験に囚われてしまうというか。
人がやっていることを真似するんじゃなく、「これが自分が考える価値のあるものだ」という作品をつくること。
それを各誌がやっているからマンガ業界ができあがっているんですが、その一方で役割分担というかなんというか、少女マンガは少女マンガで閉じていて、マイナーはマイナーで固まってしまう。
いや、本当は面白い作品はあちこちにあるはずなのに、なんだか業界に偏りができてしまうのはまずいなあと。
ーーなるほど。そういう想いが強まったことが、創刊のきっかけになったんでしょうか?
そもそものきっかけを話すと、このまま僕が「ハルタ」に残っちゃうと後輩たちが潰れていっちゃうから、後輩たちが「大場さん、出て行ってくれ」って言ってきたんです。
ーーえっ、そんなきっかけだったんですか⁉︎
出版界では「親殺し」と言ったりします。よくあることですよ。
ーー物騒な呼び方!
僕、2017年の4月からハルタと一緒にASUKAも見ることになったんです。
雑誌を2つ見るのは物理的に無理だから、そのときに副編集長だった塩出(達也)を編集長にして、平社員になろうとしたら役職上だめだからと、担当編集長という謎の肩書きになったんですよね。
ーーあ、担当編集長って聞き慣れないなと思ったらそういうことだったんですね。
担当編集長ももう4年目です。なんですが、その間にハルタで連載担当を持ったり、後輩のマンガづくりに口を出したりしちゃっていました。
新編集長の塩出からしたら、先代がいつまでも編集部から離れないから、やりにくくって仕方なかったんでしょう。それに気づけていなかったんですよ、僕は。
ーーおお…。
塩出という男は、とても魅力的な編集者で、いつもしっかりと頭を使って考え切ってから、一瞬だけキラッと光った答えをググッとつかむ力がある。
繊細かつ、大胆な仕事の仕方をします。何よりも、新人作家を一流のマンガ家に導く手腕がある。だから彼を2代目の編集長に指名したのですが…。
長く一緒に働いてきたせいか編集長の座を退いた後も、大丈夫かな、僕がやったほうが早いんじゃないかな、そんなこんなで横からさんざん口を出してしまった。
それで、ああ自分は後輩たちを馬鹿にしてたんだなって気づいたんです。
ーーそれで、出ていくことにされたと…。
Fellows!を立ち上げたときも同じような感じでした。
僕はコミックビームで8年半働いていたんですけど、最後の半年か1年くらいは、当時の編集長の奥村(勝彦)さんとデスクをやっていた僕とで、つくりたいマンガが違っちゃったんですよ。
それで袂を分かつことになり、会社に対して新雑誌の企画を出して抜けたんです。それがFellows!。
ーーおお、繰り返されている…。
編集者にとって大切な儀式なんです。要するに、その編集部で仕事をする限りはどこまでいっても「○○さんのところの若い子」という扱いなんですよ。
だから、コミックビーム時代の僕は「奥村さんのところの若い編集者」って見られていたと思います。
それが便利でやっていけることもあるんですけどね。いつかはボスとぶつかって、自分の雑誌を勝ち取って、ようやく一人前として認められるということですよ。
ーーFellows!もそうして生まれたんですね。
2008年は今と違って、新人が連載を起こすことが難しい時代でした。
各社、各雑誌が、新人の新連載をやるよりも、過去に売れたマンガ家の続編を始めたほうが売れるからといって、誌面が続編もので埋め尽くされていたんです。
しかし、どこかで誰かが新人を育てるマンガ雑誌をやらないと、ある世代だけ空白になってしまいます。
僕は「ロングライフ」をテーマに、マンガ家一人ひとりを長く食わせられるような雑誌をつくろうと、「新人が中心、ジャンル不問、続編もの禁止」のFellows!を創刊したんです。
右手で握りこぶしをつくり、左手で電卓を叩く
ーー「ロングライフ」というのは、先ほどお話しされていた新刊の部数が下がらない(※)ということと同じような意味でしょうか。
※記事の前編でお話しされています。先に前編を読んでいただくと、大場さんがお話しされている内容をより深く理解いただけると思います。
うーんと…。ロングライフってつまり、作品のピークをつくらないことなんです。
例えば劇場アニメをつくってピークをつくっちゃうと、その後に売り上げが止まっちゃうんです。いつの間にかあのマンガ、勢いがなくなったよねって言われちゃう。
ーーインタビューリレーの第一回に登場いただいたヤングマガジンのスズキさんも同じようなことをおっしゃっていました。担当作品について、「流行らせたくない」と。
間違ってますよね。映像化したり、賞をもらったり、バズったりすると一瞬、たくさん本は売れますけど、落ち着いたあとも連載は続いていくんです。
読者はそれを楽しく読んでいる。だから内容の盛り上がり以外でピークをつくってはいけないし、それはマンガ家の人生も同じです。それを「ロングライフ」と形容しています。
ーー理解できました。大場さんのおっしゃるロングライフを実践するには、どうしたらいいんでしょうか?
マンガ家に向けて話すならば、高い技術を持つことじゃないでしょうか。感性や思いつきは時間とともに風化しますが、技術は廃れません。
いま描いているマンガが人気なうちに、毎日、コツコツとマンガの技術を積み上げていくことが大切だと思っています。
ーーなるほど。その点、マンガ家を支える編集者はクリエイターに近い存在でありながら、ビジネスパーソンとして売り上げもつくらないといけない、すごくバランス感覚の要るお仕事ですよね。
で言うと、僕は根っからの商人ですよ。右手で情熱を込めた握りこぶしをつくるけど、左手では電卓を叩いている(笑)。
ーー裏ではしっかり金勘定をしていると。でもそれって、やっぱりバランスをしっかり取るということですよね。
そう、両方やるんです。理想が高くて正論ばかり言ってると、割とペラペラの、痩せ細った作品しかつくれないものです。
反対に、計算高く数字ばかり追いかけていると、瞬間的にはヒット作を出せても、長い期間商売を続けることができない。
だから、両方必要だと思ってきました。熱い情熱と冷静な金勘定。でも、商売人ってそういうもんじゃないですか。
ーーそうですね。大場さんのお話をお聞きして、マンガ編集者のお仕事への理解がとても深まった気がします。
今日話したようなことを考えながら現場に立って、マンガと向き合うだけですね。あとは売れたり売れなかったりっていうだけです。
ーーやっぱり最後は博打というか。
もちろん良い作品をつくらないといけませんが、売れるマンガをつくることって、結局はどのくらい世の中を楽しませようと思っているのか、その思いの相乗の結果なんじゃないでしょうか。
売ってやる、当ててやるって真剣にならないと、当たる博打も当たらないんじゃないかなあと思います。
ーーこれも先ほどお話しされていましたが、マンガ家さんの実力と実際の売り上げは必ずしも一致しないと。
でも世の中はそんな変てこなことを受容できないので、この話はそれで終わりなんですよ。博打嫌いな人はとても多いですから。
『ヒナまつり』のヒットは全く予測できなかった
この前のインタビューで、オイカワさんが作家に育てられたって話をしていたじゃないですか。
ーーそうですね。先輩編集者というよりは、一緒にお仕事をしていたマンガ家さんに育ててもらったと。
あれを読んで「僕もそうだった」と思いました。むかし、ラジオでCBSソニーの方が話していましたが、音楽業界なんかでもクリエイターがディレクターを育てるもので、それはどこの業界でも同じなんだなあって。
ーーおお、そうなんですね。
僕自身もそうで、もちろん奥村さんからも色々と教わりましたが、僕はデザイナーの井上則人さんや関善之さん、ベテランのマンガ家たちと仕事をするなかでたくさんのことを学んでいきました。
森薫さんのマンガをビームに載せるときも、桜玉吉さんのところに同人誌を持って行ったら「この子は猫の絵が上手いね」って教えてもらうんですが、こっちは絵の素人だからそれを聞いて、「ああ、森さんは絵が上手いのか」って(笑)。
ーー絵の上手さがどういうものか、というところから。
桜玉吉さんは森さんが同人誌で描いたルパン三世の絵を見て「こうやって人の絵を器用に真似られる人は絵が上手いんだぞ」って言うから「ああ、そうなんだ」って。そうやって一つひとつ覚えていった。
井上則人さんは、自分の隣に椅子を置いて「こっち来て座りなよ」って言ってくれて、カバーのデザインをつくっているところを解説しながら見せてくれるんです。
あれはもう、まさしく丁稚教育でした。楽しかった。
ーーとにかく現場で仕事を覚えるというか。
だから最初の話に戻ると、マンガ編集なんてそんなに難しい仕事じゃないんです。ヘラヘラしてやるものなんです。
力を抜いて現場で精一杯やるのが一番、成果につながる。「今ウケるマンガとは何か」って頭を使って考えちゃうと負ける。
ーーとにかく現場で動くのが大事。
考えてもどうにもなりませんから。だってFellows!みたいな小さい雑誌でマンガをつくっていた先に、『坂本ですが?』みたいに100万部も売れる商品を出せるところまで辿り着けるなんて思わないですもん。
ハルタで人気連載だった『ヒナまつり』も、あんなにヒットするなんて思いませんでした。
ーーそうなんですか。
大武政夫さんをスカウトして、最初はFellows!で読み切りとして描いてもらったんですが、そこまでの反響はなかった気がします。
けれども掲載後、『ドロヘドロ』の林田球さんから電話がかかってきて、「このマンガ家はとても良いと思う」って言うんですよ。
ーーおお、そんなエピソードが。
気を良くしてもう一本載せたら、また電話がかかってきて「やっぱり良いから連載すべきだと思う」って言うんです。だから連載してもらったら、本当に大当たりしたんですよ。
林田さんの電話がきっかけとなり、大武さんと担当編集者の塩出が現場で精一杯に努力した結果、たくさんの読者から愛される作品となった。
ーーヒットはどこまで行っても予測しきれない…そういうものなんですね。
次回、インタビューする編集者さんは?
ーー編集者インタビューリレーは、その回でインタビューした方に「すごいと思う編集者」を紹介していただくことで続いていきます。というわけで、ご紹介いただけますでしょうか。
このシステムって問題があると思うんですよ。というのも、すごい編集者を紹介し続けていくと、編集者の年齢がどんどん上がっていってしまいますよね。
46歳の僕がすごいと思う世代の人たちって、小学館の堀靖樹さんとか、双葉社の染谷誠さんも定年近いです。少年画報社の筆谷芳行さんももう50代だし。みなさんすごい方なんですが…。
というわけで、僕からは若手の有望株を紹介したいです。同じKADOKAWAの社内だからどうかなと思ったけど、「アライブ」(「月刊コミックアライブ」)の編集長をしている松井健太。まだ29歳とかで、僕の知る限り若い編集者の中で一番ガッツがある。
ーーおお、アライブの編集長さん!
社外だと、集英社の小菅(隼太郎)さんとかサンデーの安達(佑斗)さんとかがいますが、2人とももう30代なので、20代の「すごい編集者」を紹介したいんです。
松井は今はアライブの編集長ですが、3年前に「Flos Comic(フロースコミック)」というブランドを立ち上げて、『聖女の魔力は万能です』っていうヒットを出しています。
ーー松井さんとは、どういうつながりで?
元々、ビームの後輩なんですよ。ビームで3年くらい働いた後にアライブに行って。人懐っこくて、良い意味ですごく人を利用しにいくやつなんです。
ジャンプと勉強会やるから来いよって言ったら聞きに来るし、そこで人脈を広げて話を聞きに行ったりする。これだけ良く動く若いやつってそのうち頭角を現すんだろうなって思います。
ーーおお、お話をお聞きできるのが楽しみです。それでは次回は月刊コミックアライブ編集長の松井さんにお話をお伺いします。お楽しみに!