リアル

井上雄彦/著

リアルの好きなところ

僕の運命を決めたのは『リアル』だった。「運命」という言葉をこれまで信じたことはなかったが、あのタイミングで『リアル』が発売されたのはやはり運命だったのだ、と今だから思う。 転職を考えていた頃、ちょうど『リアル』の最新刊が発売され、年に1度の発行ペースだった『リアル』をまた復習するため、僕は1巻から持ち歩いて読んでいた。 そして、僕の復習は6巻まで進んでいた。 『リアル』の表紙は、その単行本の話の中心となる人物が主に描かれる。6巻は”高橋”が描かれていた。最新刊が発売される度に読み返しているから、12巻が発売されたあの頃には、既にこの6巻は少なくとも6回は読んでいる計算になる。でも、僕の手は止まり、電車の中だったにもかかわらず涙ぐんだ。 そこにはこう書かれていた。 ≪息子の成長を見逃してまでがむしゃらに働いたその仕事は僕でなくてはならなかったのだろうか? そうじゃない気がしている≫ 高橋の父親が離婚して以来数年ぶりに会った息子に告げた言葉だが、僕が諭されている思いだった。 僕はその帰り、初めて妻に転職を考えていることを告げた。妻は賛成でも反対でもなく「カズくん毎日できることが増えてるよ」とだけ言った。「カズくん」とは僕のことではない、当時2歳の息子のことだ。僕は普段息子の寝顔しか見たことがなかった。休日は、息子と一緒に過ごしていたはずなのに、殆ど記憶に残っていない。休日は平日に出し切った精気を取り戻すのに必死だった。息子は気が付けばしゃべってて、気が付けば歩いていた。 自分は誰のために働いているんだろう。体を壊してまで働くことに意味があるのだろうか。 妻に言われた一言で、ハッとしたのを今でも覚えている。 ≪父さんぼくはレッグスルーができるようになりました。いつか 父さんに見てもらいたいです。そして またほめてもらいていです。だから…だから早く家に帰ってきてください。おねがいです。ずっとまってます。ずっとずっと… 久信≫ 『リアル』6巻はこんな”高橋”の手紙で締めくくられる。離婚してもう帰ってくることのない父親に向けての手紙だ。自分の息子にこんなことを言われたら…と感情移入し過ぎて、もはや涙無くして読めなかった。 そして、僕は腹をくくった。

2019年 08月 22日

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