『進撃の巨人』作者・諫山創と村上春樹の共通点とは?担当編集者に聞く、“全人類に届く”マンガのつくり方

「インターネットやSNSの時代に、どういった作品を描けばいいのか分からない」

しばしば漫画家さんがこぼす悩みです。スマホがあればYouTubeでいつでも映像コンテンツを観れるし、ソーシャルゲームで暇つぶしもできる。あらゆる形式のコンテンツが溢れ返り、可処分時間の奪い合いが繰り広げられるなか、「人気に火がつくマンガの条件やパターンにも変化が訪れているのではないか」と、作り手も頭を悩ませているのです。

前回のインタビューで、『SPY×FAMILY』(遠藤達哉著)や『チェンソーマン』(藤本タツキ著)の担当を務める『少年ジャンプ+』編集者の林士平さんは、「『面白い作品を描けば読んでもらえる』という原理原則はいつの時代も変わらない」ことを力説してくれました。

今回のインタビューでは、連載開始時から『進撃の巨人』(諫山創著)の担当編集者を務め、『五等分の花嫁』(春場ねぎ著)や『ふらいんぐうぃっち』(石塚千尋著)などの人気作品を手がける、川窪慎太郎さんにインタビュー。

諫山創先生と村上春樹さんの作品づくりの共通点や、あえて漫画家に直接的なアドバイスをしない「川窪流・漫画編集術」を掘り下げ、今の時代に大ヒット作品を生むためのヒントを探りました。

前回インタビュー


『進撃の巨人』がヒットした理由は、「一見ニッチだけど、中身は王道だったから」

岡島たくみ

『進撃の巨人』1巻のラストシーン

ーー『進撃の巨人』は、斬新な設定だけでなく、「主人公のエレンが巨人に食べられてしまう」という1巻の終わり方がかなり衝撃的だったゆえ、バズった印象があります。思わず続きが気になってしまう巻末の「引き」は、川窪さんが作品をヒットさせるために、意図的に設計されたのでしょうか?

株式会社講談社 「週刊少年マガジン」 副編集長 川窪慎太郎さん 。主な担当作は『進撃の巨人』、『五等分の花嫁』、『死なないで!明日川さん』、『ふらいんぐうぃっち』、『将来的に死んでくれ』など。

川窪:いえ、僕ではなく諫山さんの戦略ですね。彼は作品のストーリーだけでなく、「どうやったら作品が売れるのか」を自発的に考え、毎巻、読者を引き込む終わり方をつくり込んでいるんです。

自分が描きたくて仕方ないものを描いている一方、それをどういった構成にすれば読者の関心を引けるのか、客観的に判断している。クリエイターとして物語をつくり込む力だけでなく、「商品としてのマンガ」をつくるプロデューサー的な視点も持ち合わせており、本当にすごい漫画家だと思います。

ーー作品を広めるために、諫山先生自らそのような工夫をされているのですね…!

川窪:これほどのコンテンツに成長した背景として、ファンを含めた作品に関わる人たち皆が、自分ごととして『進撃の巨人』を盛り上げようとしてくれていることも大きいです。『進撃の巨人』のファンの方たちは、自分たちを「ファン」というよりも、「作品を一緒に盛り上げるチームの一員」として捉えてくれていると感じています。とてもありがたいです。

諫山さんも、自身を『進撃の巨人』の「マンガ担当」、グッズ制作のメンバーを「商品担当」といった風に、あらゆるステークホルダーをチームの一員のように捉えています。諫山さんがどこまで戦略的に考えて周囲を巻き込んでいるのかは分かりませんが、周囲から応援される力は相当だと思います。

実際、1巻が発売された当時は、ブロガーの方がたくさん感想を書いてくれたり、書店員さんが実店舗で「●冊売れました!」とポップをつくってくれたり、多くの人たちが推してくれることが売上につながりました。

ーーそもそも『進撃の巨人』が始まったときのことを思い出すと、マンガ好きの人たちの間では「この面白さが分かるのは、多種多様なマンガを読んでいる俺たちだけだ」といった雰囲気が漂っていました。

しかし、結果的に『進撃の巨人』は幅広い層に読まれる作品になりましたよね。いわゆる「王道の少年マンガ」ではないと思うのですが、ここまでヒットしたのはなぜだと思われますか?

岡島たくみ

『進撃の巨人』1話の見開きページ。マガジン本誌では巻頭カラーで掲載され、ページ中央に「漫画読みに問う この才能は 本物か‼︎?」とキャプションが入った。

川窪:一見するとマニアックな設定で、一部のマンガ好きな人たちに熱狂してもらえやすい。一方、ストーリーはかなり深く考えられており、読んでさえもらえれば多くの人たちに楽しんでもらえる物語だったからだと思います。

当初は、ニッチな作品をしっかり読んでいるマンガ好きの人たちを巻き込みたい気持ちがありました。それもあり連載開始時の巻頭カラーのページでは、「超大型巨人」の顔よりも大きな文字で、「漫画読みに問う この才能は 本物か‼︎?」と煽り文を書いたんです。一方、誰が読んでも面白い内容だという自負もあり、コミックス2巻か3巻が発売されたときの帯には「これが21世紀の王道少年漫画だ!!」と書きました。

ーー緻密に張り巡らされた伏線が回収されていく最近のストーリー展開を見ていると、「どこまで考えて描き始めたんだろう」と、驚かされます。実際のところ、連載開始時はどれぐらい設定が決まっていたのでしょうか?

川窪:「壁の外の世界」や主要のキャラクターの出生など、世界観にまつわる設定は、連載開始時点でほとんど完成していましたよ。

ーー本当にすごいですね。どうすれば、あんなに複雑な設定を考えつくのか…。初めて諫山さんと会ったときから、「この人は化けるぞ」と確信を持たれていたんですか?

川窪:いや、最初からそういった確信を持っていた訳ではありません(笑)。もちろん、彼の投稿作に強い魅力を感じたから、一緒にマンガをつくることを決めたんですけどね。特に、作中の人物描写は素晴らしかった。

ーー具体的に、どういった人物描写に魅力を感じられたのでしょうか?

川窪:何よりも「表情」ですね。主人公が怒りを露わにし、周りの人間を威圧するシーンがとてもかっこよくて、すごく印象に残っています。

諫山さんが魅力的な表情のキャラクターを描けるのは、本人がたくさんの感情を知っているからでしょうね。知覚できる感情の数は人によって異なり、喜怒哀楽の4つ程度にしか分類できていない人もいれば、数百個に分類できている人もいます。マンガに限らず、多くの感情を知っている作家ほど、良い作品を生み出せるのだと思います。

あえて「遠回りな質問」を投げかけ、漫画家の思考を深める。川窪流・漫画編集術

ーー最近、「今の時代にどういった作品をつくればいいのか」が分からず、悩まれている漫画家さんが多いです。川窪さんは、どういった作品をつくっていけば良いと思われますか?

川窪:うーん、正直に話すと、「時代性をあまり気にしていないので分からない」が答えです(笑)。「流行に乗ろう」と思って作品づくりに取り組んだことはないし、最先端のジャンルを生みたい気持ちもありません。

ーーでは、普段どういったことを考え、漫画家さんの作品づくりのお手伝いをされているのでしょうか?

川窪:抽象的な言葉になってしまいますが、「全人類が共通して読める物語」をつくることですね。そのために、小説家の村上春樹さんが物語をつくるときのプロセスの再現に挑戦しています。目指しているだけで、自分が達成できるとは思っていませんが。

ーーどういうことでしょうか?

川窪:村上さんは、物語をつくるために深く思考することを「井戸(穴)を掘る」というメタファーで表現されます。「地中深くまで潜っていくように考えを巡らせ、そこから汲み上げてきた物語を書くと、読者とつながれる」のだそう。

諫山さんがどこまでも深く物語を考え抜いている様子を見ていると、「ひょっとして、諫山さんはそれと近いところで作品づくりをしているのでは?」と思わされます。

僕は本当に村上春樹と諫山創を尊敬しているので、お二人の物語のつくり方に、少しでも近い場所で関われたらと思っています。そして、可能ならその手法を、若い漫画家に還元していきたいんです。

ーー作品についてどれだけ深く考え抜いているかは、どのように見極められているのでしょうか?

川窪:どれだけの深さまで考えられているかは、原稿はもちろん、打ち合わせをしているときの作家の表情や振る舞いから伝わってきます。

岡島たくみ

『五頭分の花嫁』作中の告白シーン

川窪:たとえば『五等分の花嫁』作者の春場ねぎさんからは、僕の修正アドバイスへの対応ひとつ取っても、深く考えようとしている様子が伺えます。仮に、ヒロインが主人公に告白するシーンについて話していたとして、「こんな方法で告白すると面白いよね」とか「こんなセリフだとキュンとくるよね」といった表面的な内容に留まらず、その奥にあるキャラクターの思考をどこまでも深く汲み取ろうとするんです。

そこから僕の指摘の意味を捉え直し、「もらったアドバイスとは違う形になったんですが、こういう切り口はどうですか?」と、期待を超える修正をしてくれます。

ーー漫画家さんと一緒にマンガを制作されるとき、具体的にどのようなアドバイスをされるのでしょうか?

川窪:漫画家さんに対して直接的なアドバイスはあまり行わず、思考を深めるきっかけになるような「遠回りな質問」を投げかけるようにしています。たとえば、僕がある漫画家さんに対して「この人がサッカーを題材にマンガを描くと、面白くなるかもしれない」と思ったとして、そのままサッカーマンガを描くように勧めることはせず、まずは「最近、何かスポーツとか見に行きました?」といった会話から始めます。

仮に「野球とサッカーを観戦しました」と返されたなら、あえて「野球マンガを描いてみるのはどう?」と勧めてみます。野球とサッカーを対比して考えてもらうことで、本人がサッカーに対してどのような想いを抱いているのかを言語化させ、段階的に「サッカーマンガを描くこと」について考えられるよう、導こうとするんです。

ーーいきなり「サッカーマンガはどう?」と質問するのとは、どう違うのでしょう?

川窪:直接的な質問を投げかけると、漫画家さんは「描くか描かないか」の2択で判断を下そうとしてしまいます。すると、「なぜ描くのか」「サッカーの何を表現したいのか」「自分はサッカーについてどう思っているのか」という観点が消えてしまいます。人から言われて描くのと、自分の心というフィルターを通して描くのとでは、結果はまったく変わってきます。なので、僕は常に、本当に話し合いたいことの1つか2つ隣の話題から始めるようにしているんです。

「自分がマンガを描く意味を見出せているか?」SNS発信の前に、すべての漫画家が持つべき「軸」とは

ーー作品を読んでもらうための情報発信についても、川窪さんがどのような考えをお持ちなのか、お聞きしたいです。

川窪:その漫画家さんが、マンガを描く意味をどこに見出すかによって変化しますね。仮にその人が「いいねをもらうため」にマンガを描きたいなら、SNSでどんどんアピールすべきでしょう。しかし、自分のなかに伝えたい想いがあり、それを表現するためにマンガを描いているのだとすれば、SNSでウケるかどうかなんて気にしなくていいはずです。

そもそもマンガを描く意味を見つけられないまま、「マンガや絵を描くことが好き」といった気持ちで制作しているとすれば、プロとして数十年に渡りマンガを描き続けるのは難しいと思います。まずは自分が何のためにマンガを描くのかの「軸」を見つけることから始めるべきです。

ーーとはいえ、読者に知ってもらう工夫をしなければ、マンガで食べていくことは難しいのでは?

川窪:作品を知ってもらうための情報発信は、もちろん大切ですよ。先ほどお話しした通り、諫山さんも、作品を売るために巻末に「引き」をつくったり、物語のつくり込み以外の部分にも力を入れていますよね。しかし、その行為自体は彼のやりたいことではなく、「マンガで自分が伝えたいものを表現する」ことを長続きさせるために必要だから、やっているだけです。

マンガそのもの以外の表現方法でアピールするスタイルは、これからのクリエイターに求められる姿勢だと思います。とはいえ、軸もないままSNSでアピールだけしても、いずれ何のためにやっているのか分からなくなってしまうのではないでしょうか。

ーーなるほど。前回、林さんからも「SNSでの発信活動やファンとの交流ばかりに力が入り、マンガづくりが疎かになるのは良くない」というお話をしていただきました。

川窪:僕も同意見です。とはいえ、「軸」が見つかっているのなら、最初にフォロワーを増やすことから始めてみるのも、悪くないとは思います。表現したいことが見つかっている一方、世界観やストーリーの構築に時間がかかりそうなら、バズを狙ってフォロワーを増やしつつ、作品をゆっくり練り上げていくのも、ひとつの道かもしれませんね。

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実は取材が始まる前、インタビュアーの僕も川窪さんから、とある「遠回りな質問」を受けました。いきなりの問いに少し面食らいましたが、お話を聞くうち、僕の内面を知ろうとしてくれていたのだと腹落ちしました。

「せっかくお話しするなら、相手がどんな人なのかを知れた方が、楽しいじゃないですか」と川窪さんは笑っていました。

取材の帰路、ふと川窪さんの言葉を反芻している自分に気づき、「なるほど、こんな風に話しかけられたら、思考が深まるのも納得だな」と、川窪さんが担当されている漫画家さんと同じ気持ちを、少しだけ体験できました。

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