集英社の林さんに聞く、編集者から見た今の時代の作品の作り方

「インターネットやSNSの時代に、どういった作品を描けばいいのか分からない」

しばしば漫画家さんがこぼす悩みです。スマホがあればYouTubeでいつでも映像コンテンツを観れるし、ソーシャルゲームで暇つぶしもできる。あらゆる形式のコンテンツが溢れ返り、可処分時間の奪い合いが繰り広げられるなか、「人気に火がつくマンガの条件やパターンにも変化が訪れているのではないか」と、作り手も頭を悩ませているのです。

しかし、「次にくるマンガ大賞 2019」Webマンガ部門第1位を獲得した『SPY×FAMILY』(遠藤達哉著)や、同じくコミックス部門第2位を獲得した『チェンソーマン』(藤本タツキ著)などを手がける『少年ジャンプ+』編集者の林士平さんは、「『面白い作品を描けば読んでもらえる』という原理原則は変わらない」と話します。

今回のインタビューでは、インターネットで話題になるヒット作品を数多く生み続けている林さんが、普段どのようなことを考えてマンガづくりをしているのか掘り下げていきます。読者にとって気持ちのいいキャラクターのつくり方や、1話目からバズらせるための「引き」の設計など、ヒット作を生み出す編集者の視点に迫りました。

流行やヒット作品を追う前に、まずは「感情」と「行動」がブレない主人公を生み出すべし

ーー林さんはこれまで紙の雑誌とWEBの両方で数々のヒット作品を手がけられています。作品をつくるとき、インターネットで話題になるために、気をつけていることはありますか?

林:こんなことを言ってしまうと企画の趣旨に反するかもしれませんが、僕が漫画編集者として作家と打ち合せするときは、「インターネットで話題になるかどうか」ではなく、「本当に面白い作品かどうか」に重点を置いています。

株式会社 集英社 「週刊少年ジャンプ」編集部 「少年ジャンプ+」担当 林士平さん

2006年に集英社に入社。現在は週刊少年ジャンプにて『チェンソーマン』。少年ジャンプ+にて『SPY×FAMILY』、『HEART GEAR』、『ムーンランド』、『ドリキャン‼』、『彼女と彼』を担当中。過去の立ち上げ作品は『青の祓魔師』、『この音とまれ!』、『ファイアパンチ』、『怪物事変』、『左ききのエレン』、『地獄楽』、『カッコカワイイ宣言!』、『貧乏神が!』他

Twitterアカウント→https://twitter.com/SHIHEILIN

林:「面白いマンガを描く」この一点さえ突き詰めれば大体の悩みは解決すると思っています。作り手は「自分が思う面白さが何なのか」を探して描き続けるしかないし、そこに正解があるのではないでしょうか。

ーー最近の風潮として、SNSで作品に注目してもらうための戦略ばかりを考えて頭が一杯になってしまっている漫画家さんが少なくない印象を受けます。だからこそ、「(作品の)面白さが何よりも重要」とWEBで話題になる作品を数々手がけられる林さんが、主張されることに安心する漫画家さんも多いかもしれません。

林:プロモーションは、あくまでも作品にとっての「拡声器」みたいなものです。当たり前のことですが、つまらない内容の作品をどれだけ大きく宣伝しても絶対に売れない。面白くないものを「面白い」と宣伝したとしたら、「この作家や出版社の言うことは信じないぞ」と不信感を抱かれてしまいます。出版社や編集者を含め、作り手自身が自信を持って「面白い!」と思えるものしか、熱を込めて宣伝してはいけません。

ーー林さんが普段どんな風に面白い作品をつくり、私たちを楽しませてくれているのか、ガンガン掘り下げさせてください!

林:言える範囲で、何でも答えます!よろしくお願いします!

ーーありがとうございます!では、そもそも林さんが考える「面白い作品の定義」についてお聞きしたいです。

林:正直、ハッキリした言葉で定義することは難しいです。読者の現実世界で今どのようなことが起こっていて、何に興味を持っているかによって、人が作品から感じる面白さは移り変わるからです。僕が「これは面白いんじゃないか」と思ったアイデアでも、受け取る側が感じる「面白さ」はものすごいスピードで変わっていってしまいます。

そのため、普段から作品づくりの過程で自分が感じる「面白さ」に、読み手との間でズレがないか、常に疑いながら作品に向き合っています。担当作品以外でも、マンガに限らず映画や小説などの売れている作品は常にチェックし、自分以外の感想も観察しながら、売れた要因を分析しています。

ーーその分析のやり方、具体的にお聞きしたいです!

林:たとえば、2019年本屋大賞の受賞作は『そして、バトンは渡された』(文藝春秋・瀬尾まいこ著)。さまざまな事情で、何人もの継父と継母の元を「バトン」のように渡り歩いていく女の子の話です。また、前年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを獲得した『万引き家族』(2018年6月公開)の主題も、同じく血のつながらない家族でした。こうした同時代の異なるヒット作品に共通する点に目を配ったりしています。

ーーあ!血のつながりのない家族の話といえば、『SPY×FAMILY』もそうですよね!

岡島たくみ

凄腕スパイ・黄昏は、任務を遂行するために超能力者の少女アーニャ、殺し屋の女性ヨルと仮初めの家族を結成する。

林:おっしゃる通りです。周知の通り、現代社会では家族のつながりの希薄化が進行し、「仲が良い家族への憧れ」を持つ人が増えていると思います。だからこそ、血縁がなくとも仲良く暮らしている家族の物語は、時代の要請と合致しているし、観客や読者に希望を与えるのだと思います。

ーーなるほど!時代性や社会状況を広く捉えつつ、人々の暮らしの変化や感情の機微を踏まえた上で、作品づくりに取り組まれていると。

林:いや、常に心がけてはいるのですが、なかなかうまくいかないんです。時流に乗ったアイデアが、制作期間を経て作品に昇華される頃には、「何だか今っぽくない」と感じられる内容になってしまうことも、珍しくありません。漫画家さんが描いたテーマや内容が、たまたまタイミングよく時流とかみ合うからこそ、ヒットするんです。

ーー今の観客や読者が求める文脈を分析し、作品に盛り込んだとしても、ヒット作品になるとは限らないんですね。読者に愛される主人公像も、時流に沿って変わっていると感じます。何となくの感覚ですが、「昔よりは無気力っぽい主人公が増えたなぁ」とか。

林:たしかに、最近のヒット作品に目を通していると、「熱血なキャラクターが主人公のマンガは流行っていない」ように感じることはあります。それでも、「熱血な主人公が必ずしも読者に受け入れられないか」といえば、そうは思いません。

結局のところ、「自分が描きたい物語の主人公が、なぜそのキャラクターになったのか」を説明できることが、何より大切だと思うんです。僕が思う良い主人公の条件は、物語のなかで描写される「感情」と「行動」に矛盾がなく、読者が彼なり彼女なりの振る舞いを見ていて納得感を持てること。

ーーそういえば、『チェンソーマン』の主人公のデンジは、「女性とキスがしたい」や「女性の胸を揉みたい」といった自分の欲求を満たすために敵である「悪魔」と戦っている点が、まったくブレなくて気持ちいいですよね。

岡島たくみ

悪魔と戦闘中のデンジ

林:デンジは「教育を受けていない」設定です。そのため、根は良い奴だけど、少し頭のネジが外れた行動を取ることに納得できるんですよね。

スタッフ主導の「公式アカウント」よりも、「漫画家本人」が投稿すべし。ファンを獲得するためのSNS発信の方法はNG

ーー林さんが手がけられている具体の作品についてもお伺いしていきたいのです。『SPY×FAMILY』も『チェンソーマン』も、作者のおふたりのアカウントで1話目を掲載したツイートが、数万回もリツイートされていましたよね。しかも、次回の話がとても気になる結末でした。作品の1話目をバズらせるために、どのような工夫をされているのでしょうか?

林:うーん、特に工夫しているつもりはないんですよ。強いて言えば、以前、月刊誌で連載を抱えていたので、「1話の満足感と、続きが気になる強い引きをつくること」を無意識に大切にしているのかもしれません。

なぜなら、月刊誌の場合、次の話を読者に読んでもらうまで1ヶ月も空いてしまいます。次月も継続して読んでもらうため、週刊誌以上に「続きが気になる終わり方」にしないと難しいんです。

ーー他にも、作品を広めるための取り組みについてお伺いしたいです。たとえば、漫画家さんがTwitterアカウントを保有していない場合、新規でつくってもらうこともあるのでしょうか?

林:連載のスタート時、漫画家さんには「アカウントをつくってほしい」とお願いしています。『地獄楽』の賀来ゆうじ先生や『SPY×FAMILY』の遠藤達哉先生は当初、連載準備に追われていて、アカウント登録をすごく嫌がっておりましたが、最後は頼みを聞いてくれました(笑)。

両先生とも多忙なので投稿数は限られていますが、ファンに直接メッセージを届けられることを、楽しんでくれています。

ーー嫌がられてしまうこともあるんですね(笑)。作品を広めるため、SNSの活用に積極的な方が多いイメージだったので、少し意外です。

林:SNSに対して、コントロールが難しい印象を持たれるからでしょうね。「作品の公式アカウントをつくって、スタッフに発信を任せればいい」との話が挙がったりもしますが、漫画家本人が発信する方が、ファンの心が動きやすいと思っています。

漫画家さんが「読んでください」とメッセージを添えてSNSに投稿した作品は、スタッフの投稿と比べたときに、「読んでみようかな」と感じやすいですよね。一方、公式アカウントが作品の1話をSNSに投稿しても、単なる宣伝にしか見えないし、どうしても「ビジネスっぽさ」を感じてしまいやすい。

ーーたしかに、漫画家本人のアカウントと作品の公式アカウントでは、似たような投稿でも受ける印象がまったく違います。

林:一度ファンになってもらえば、無数にある作品のなかから自然と選んでもらえるようになります。漫画家さんがSNSでの発信活動をすることは、確実に自分のファンを増やすことにつながります。原稿の制作に影響のない範囲で、できれば楽しんで、何らかの発信活動をしてほしいです。

SNSでの発信は、やり方次第ではそこまでコストをかけず、読者に関心を持ってもらうことができます。担当編集として一緒にさまざまなアイデアを出し合い、実践していきたいと思っています。

たとえば、描き途中の原稿の写真をスマホで撮って、「制作過程です」とSNSで投稿するのは、大して手間もかかりませんし、喜んでくださるファンの方も多いはずです。

林:とはいえ、完成度の高い読切を描き切る力がなく、連載を獲得するためのスキルアップが急務の新人さんがSNSに注力しすぎるのも考えものです。言うまでもなく、最大のファンサービスは面白いマンガを描くことに他なりませんから。

「SNS」「持ち込み」「新人賞」。これから漫画家を目指す新人が、作品を届けるために選ぶべきチャネルは?

ーーかつて、デビューを目指す新人の漫画家さんは原稿の持ち込みや新人賞への応募以外に、作品を発表する手段がありませんでした。しかし今は、TwitterをはじめとしたSNS経由で作品を読んでもらい、場合によってはいきなり収益化することもできます。これから漫画家を目指す新人は、数ある方法のなかでもどのようなアプローチで作品を広めていくのが得策でしょうか?

林:「どのチャネルを選ぶか」と考えずとも、利用できるチャネルをすべて活用すれば良いのではないでしょうか。それぞれの手段にメリット・デメリットがあり、可能性があるはずです。
昔は、いずれかの出版社の連載会議を突破し、雑誌の限られた連載枠を獲得しなければ、作品を発表することはできませんでした。対して現在は、SNSを通し、誰の承認を得ずとも作品を読んでもらうチャンスがある。枠が無限に広がった分、マンガで食べていける人の数は増えているし、その恩恵を受けるべきだと思います。

ーー山本崇一朗先生の『それでも歩は寄せてくる』のように、Twitterでバズったマンガが、雑誌での連載につながるケースもありますよね。やはりSNSで一定の支持を得た作品は、連載会議などでも評価されやすいのでしょうか?

林:以前、SNSでの反響をきっかけに一夜にして有名作になった『王様ランキング』の十日草輔先生や、『映画大好きポンポさん』の杉谷 庄吾【人間プラモ】先生は、「信じられない数の出版社から連絡が来た」とお話されていましたよ(笑)。

ーーやはり編集者の方たちは、バズった作品を高く評価されているのですね。

林:そもそも内容が面白いからこそ、バズっているわけですよね。バズったことそのものよりも、作品から滲み出る作者の方の高い漫画力に目をつけ、たくさんの編集者が声をかけているのだと思います。

ーーインターネットを通じて誰もが作品を発表できる今、出版社は漫画家さんにどのような価値を提供できるのでしょうか?

林:たしかに、個人が作品を広められる仕組みは整いました。それでも個人の力で作品を最多数の読者まで広げ切るには限度があります。たとえば、ある作品がTwitterでバズったとしても、リーチできる読者層がグローバルにまで広まることはなかなかありません。その点、プラットフォームとしての機能がある僕たち出版社は強力な支援ができます。
たとえば2019年1月にリリースした『MANGA Plus by SHUEISHA』は、『少年ジャンプ+』を始めとするジャンプグループの連載作品を、英語・スペイン語で日本と同時に配信するサービスです。海外ユーザーからのリアクションも良好で、しっかり作品を読んでもらえています。

また、僕の担当作のひとつ『HEART GEAR』は、フランスの出版社が日本の3倍以上の冊数を初版で出してくれることが決まったんですよ。

ーー3倍はすごいですね…!

林:僕もすごく驚きました。日本のマーケット単体では単刊で100万部を超えるヒット作品は滅多に出ませんが、20ヶ国で5万部づつ売ることができれば、100万部売ることは可能です。

これから日本で人口減少が進行していくことを考慮すると、世界中に漫画家や作品のファンを広げて持つことは、出版社のみならず漫画家さんの収入の安定にもつながるはずです。

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岡島たくみ

鴨川会長の名言!


「努力した者が全て報われるとは限らん。 しかし! 成功した者は皆 すべからく努力しておる」

はじめの一歩』(森川ジョージ著)で世界タイトルマッチに挑む鷹村守に、鴨川会長が贈った名言です。

作品を取り巻くメディア環境がどれだけ変われど、いつの時代もヒット作品にはたったひとつ共通することがある。内容が「面白い」その一点です。雑誌とWEBを横断しながら、SNSでも話題をさらうヒット作品を生み出す林さんが語るからこそ、作品そのものが持つ「面白さ」に立ち返ること、ブレないこと。その重要性に改めて気づきます。

次回お届けするインタビューは、『進撃の巨人』(諫山創著)担当編集者・川窪慎太郎さん。「村上春樹に通じるクリエイターとしての思考力に加え、商品としての『マンガ』を広めるプロデューサー的な視点を持ち合わせている」という諌山先生の凄みを掘り下げ、今後求められるクリエイター像について語ってくれました。

記事はこちら

『進撃の巨人』作者・諫山創と村上春樹の共通点とは?担当編集者に聞く、“全人類に届く”マンガのつくり方


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林:言える範囲で話しました。インタビューをお読み頂き、ありがとうございます!少年ジャンプ+編集部では絶賛持ち込み受付中です!この記事では言えないコツや考え方もございます。持ち込みはタダです。ジャンプルーキーでの投稿作も全て目を通しております。是非に。

僕の個人のTwitter(https://twitter.com/shiheilin)でも持ち込み大募集しております。この記事で、興味を持った作家さんの持ち込みも大歓迎です。是非に!!!!

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