本を読む時間に恵まれた2020年、これ幸いにとまだ読んでなかった新刊や既刊、不安に駆られる時だから”あの頃”を思い出せる旧刊と、いつも前向きに、時には振り返ってと多くのマンガを読みふけりました。
新刊縛りだと色々難しかったり、年に何度か読む愛読書を切る忍び無さに絶えきれなかったり。
今回のテーマは「#読んで良かったマンガ10本 2020」です。生まれてこの方、出会い別れ出会ってきたマンガの数々から選んだこの10本、選り抜かれた作品はそのまま選者のクセ、個性、視線…色々なものを映す鏡になるのでしょう。
目次
- 『宇宙戦争』
- 『ひゃくえむ。』
- 『砲神エグザクソン』
- 『フェルマーの料理』
- 『エンバンメイズ』
- 『プリンセスメゾン』
- 『望郷太郎』
- 『彼方のアストラ』
- 『サザンと彗星の少女』
- 『もぐもぐ食べ歩きくま』
- じゃ、また明日会おう
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『宇宙戦争』
オーソン・ウェルズによってその時は純粋だった全米をパニックに陥れ、ジョージ・パルによってマーシャンズウォーマシンの特徴的な三脚は地表を照らす3本の推進光として(これはつまり第二次世界大戦のフーファイターのメタファーとして)大胆に翻訳され、スティーヴン・スピルバーグとトム・クルーズの手で家族にフォーカスするというパニック映画のクラシカルモダンとして忠実にリメイクされる等、『宇宙戦争』は常にエポックメーキングな存在だった。
でも、自分の中で常に求めていた表現手段は”マンガ”。マンガの国でこれが描かれたらどうなるのか、どう表現されるのか。そしてその夢が、ついに叶う時が来たことを誰に感謝すればいいのだろうか。
予想も付かない未知の者(宇宙人)の蹂躙
エゴと自己犠牲の双極から生まれる人間の暴力
致命的になりかねない存在(本作の場合はウイルス)と共存し続けるアイロニー
侵略物の基本とも言えるこれらは明確だろう(3番目はこれから翻案される可能性もあるが)。マンガも映画もアニメも、創作物の多くは人間賛歌を目的としている。人の可能性を描く為に通る道として破壊があり、絶望と再生がある。例えばシン・ゴジラでもそれは同様で、絶望的状況を覆す勇気と工夫の結果に待っているのは共生共存だった。この時代に本作がマンガ化されるというタイミングには、なんだか偶然を超えたものさえ感じてしまう。
原作ファンも映画ファンも十分に楽しめ、そして見たかった数々のシーン(第2巻のサンダーチャイルド登場のシーンは仮に原作を知らない読者でも心駆り立てられ涙を浮かべる名場面だろう)を描いてくれている本作の完結となる第3巻は2021年発売。1年後に書く「2021年に読んで良かったマンガ」の筆頭を飾るのは、もう決まっているのだ。
COVID-19の厄災を、人類は叡智を掛けて乗り越えようとしている。それはおそらく撃滅では無く「共存」だ。悪や恐怖は消え去るものではなく、その度に人は強くならなければならないのだから。怯えるだけでは前に進めない。『宇宙戦争』では愚かな人類と挫けない人類の両面が描かれ、やがてその挫けない人類が手に入れるアイロニーが明確になる。最後のページにまで辿り着いたとき、わたしたちは『宇宙戦争』が描く世界が決して絵空事でないと気付くだろう。
👉コミックビーム版『宇宙戦争』漫画原作者 猪原賽先生Twitter
『ひゃくえむ。』
取り戻せないのは時間。時間によって失われるのはあの頃の身体。かつて陸上選手だった自分の残念な記憶を思い出される本作は残酷極まりない。でも、ページを捲る度に、あの頃のあれこれが次々と思い出されて、それを切っ掛けにかりそめ中学のキラキラしてた記憶が蘇るのだから堪らない。
誰にでもあった、もしくは誰の周りにも必ずある熱いストーリー。
「そうだ、あの時は僕はそこにいた」「あの中にいたかった」「どうして見ているだけだったのか」
思いは駆け巡り、ページを捲る度に”もしかしたらいたかもしれない自分”の行く末を追ってしまう。そんなに才能もなかったし、しまいにゃ交通事故で利き脚がぐちゃぐちゃになって夢はあっさり捨ててしまったけど、どんなマンガよりも現実が描かれた『ひゃくえむ。』を僕は定期的に読み直してしまう。
『砲神エグザクソン』
園やん(園田健一先生)はまた第一線に帰って来る、今でもそれを信じている。オタク黎明期、ラムロイドを始めとして美少女とメカの融合を試み成功し、その後様々なアニメーションのキャラクターデザイン、銃と車に拘りまくったマンガとアニメーションを生み出し、オタクが見たかった描写を間違い無く描けたその集大成が本作。
ようやく園やんが本格SFに手を出した!というファンの喜びと裏腹にアニメ化に恵まれなかったのは、連載1年前にとんでもない終わり方を迎えた『エヴァンゲリオン』へおたくの全精力が吸われていたのも無関係ではないだろう。
園やんは必ず帰って来る。
『フェルマーの料理』
気付いてるのに知ってるのに、それを言語化出来ないことは少なからずある。(ある人には)当たり前のことを(多くの人に向けて)当たり前じゃないように描く事はマンガの常套手段。それは例えばスポーツマンガでも、ビジネスマンガでも、そして料理マンガでも同じ。
気付きと言語化は少し違う。それを混同してしまうととたんにマンガは面白くなくなってしまう。
本作で教えてくれるのは”それが美味しい理由”。誰だって一日数度食事をして、その度のその味に喜怒哀楽を示す。でも何故美味しいのか、何故不味いのか、何故怒るのかまで考える人は少ない。ホンの少しだけ、胸に手を当てて、舌に集中して、記憶を走らせるだけで辿り着ける秘密なのに、実世界でその秘密に辿り着こうとする人は少ない。その秘密へ一気にワープさせてくれる言葉(=言語化)をを与えてくれる作品、それが『フェルマーの定理』なのだ。
『エンバンメイズ』
百発百中のダーツプレイヤーが競う心理戦。20文字で説明できる本作は隠れた怪作。
秘密のダーツ訓練施設、謎の組織との闘い。インフレ化する闘いなど王道につぐ王道的展開も、ただ一つダーツというシンプルな戦い故にすべてが新しい。心理戦の再構築、舞台装置の再発明、『エンバンメイズ』はどうして読まない?
平成のタイガーマスクと思って読んでるんだけど、間違ってないはず!
『プリンセスメゾン』
八百万の国だから。
家を探すことは、思い出を生むのにふさわしい場所と出会うこと。もしかしたら終の場所を探すこと。わたしたちはどんなもにも思いを重ねてしまう。すべては息づいてて、わたしたちを見守ってくれてる。
長く一緒に生活を共にしてくれていたもの、例えばそれがお皿でもTシャツでもボールペンでも壊れて動かなくなったiPhoneにでも、最後に「ありがとう」って言えるあなたなら、きっとこの『プリンセスメゾン』を好きになってくれるはず。
「これまでありがとう」という物語と、「これからありがとう」という物語。
『望郷太郎』
家庭を持つ者にとって、家族を失うことは世界が滅びることと同じ。ならばそこで生き続けるモチベーションは何なのか。表題にもある”望郷”というただ一点で、叶うべくもない遙か遠い日本へ向け旅をする物語。歴史が再構築される500年後を舞台に、人とは何か、人類はいつから愚かなのか、どのように愚かを極めていくかが残酷に描写され目が離せない。
人生は旅のようだと誰かが言う。いや、旅こそが人生の縮図なのだ。
極限の状況の中で、わたしたちが望む望郷とは何だろう。
『彼方のアストラ』
本作を読んで、SFの名著「ハローサマー、グッドバイ」での作者の言葉を思い出す人もいるだろう。
これは恋愛小説であり、戦争小説であり、SF小説であり、さらにもっとほかの多くのものでもある。
SF作品は数多くのファクターを持ち、それぞれに思慮深くそれぞれが有機的に繋がり、物語はDNAのように螺旋となって繋がっていく。SFならずとも、読者を夢中にさせる作品とは少なからずそういう要素を持っている。
SFマンガというジャンルだからこそ手に入れた様々な要素を使い、これでもかとたたみかけてくる仕掛け、伏線と回収、物語性、それらが交わる素晴らしい帰結までのカーヴ、そして見事なフィナーレ(とフィナーレに到達するまでの展開)の素晴らしさ。愛する作品が終わってしまう悲しみを超える満ち溢れる感動と満足。作品が「終わる」ということがこんなにも美しいことなのかと改めて教えてくれるに違いない。
SFは何でも出来る、だからこそ、その与えられた自由をいかに活用し物語を産み出すのか。その答えは『彼方のアストラ』にあった。
『サザンと彗星の少女』
古ければそれで良い訳でもないし、懐かしければ琴線に触れるわけでもない。しかし、心を揺さぶるマンガの王道は不変だろう。わたしたちが何歳になってもその王道はきっといつかどこかで触れたことがある物語だから、それに惹かれるのは当然の事かもしれない。
宇宙を駆ける冒険。青年と少女のボーイミーツガール。憎めない悪役達。気の良い仲間。悪の存在理由や行動原理に振り回される伏線地獄に少しの間別れを告げて、気持ちの良い冒険活劇に夢中になるのも悪くない。夢見るようにワクワクしてページをめくるあの瞬間を、『サザンと彗星の少女』は必ずプレゼントしてくれるだろう。
『もぐもぐ食べ歩きくま』
自分ツッコミくまやちいかわで知られるナガノ先生が描く食べ歩きエッセイにはヤバイ魅力がある。特別じゃないむしろちょっとドジな行動も、片意地張らないどこにでもある食べ物も心にも財布にも優しい最高の癒やし。
ステキなマンガに必要な要素の一つに絵柄と描写とストーリーのハーモニーがあって、そこに不条理とカワイイというスパイスが入ってるのだからそりゃ無敵。
あなたの心にも、インパラは居る!
じゃ、また明日会おう
色々読んだ2020年でした。入れられなかった作品も数ありますが、それらはきっと2021年の10本の筆頭候補としてリストを支配し続けるはず。
バレンタインデーもなく花見もなく、ゴールデンウィークもなく梅雨ばかりがあって冷夏で猛暑で運動不足でハロウィン中止でマスク警察でGoToで。今年がどんな年であったによせ、終わり良ければすべて良し。いいマンガに出会って今年を締めくくりたいもんです。
あ、クリスマスにマンガを贈りました?