「インターネットやSNSの時代に、どういった作品を描けばいいのか分からない」
しばしば漫画家さんがこぼす悩みです。スマホがあればYouTubeでいつでも映像コンテンツを観れるし、ソーシャルゲームで暇つぶしもできる。あらゆる形式のコンテンツが溢れ返り、可処分時間の奪い合いが繰り広げられるなか、「人気に火がつくマンガの条件やパターンにも変化が訪れているのではないか」と、作り手も頭を悩ませているのです。
これまで、「Web時代の漫画家の生存戦略」を探ってきた本連載。インタビューの第3弾は、ヤングジャンプ本誌での編集、そしてWebマンガサイト「となりのヤングジャンプ」の立ち上げにも携わり、紙とWebの両方でヒット作を生み出してこられた大熊さんにお話を伺いします。
『ゴールデンカムイ』や『干物妹!うまるちゃん』『ワンパンマン』、『明日ちゃんのセーラー服』など、幅広いジャンルの作品の制作に関わってこられた大熊さんは、作品の面白さの指標として「読者が現実世界で体験できていない欲求を満たせているか」をチェックしているそうです。今回は、主に『ゴールデンカムイ』の立ち上げの経緯を掘り下げながら、現代で読者に受け入れられる作品の要件に迫りました。
目次
同じ素材でも、「切り口」を変えればヒットにつながる
ーー今日は本当にお忙しいなか、かなり無理を言って取材に押しかけてしまい、すみません…!
大熊:いえ、作品や作者さんを差し置いて裏方の僕が前に出ることは向いていませんし、そもそも資質が足りていないと思うのですが。アルさんには色々とご協力いただき、大変お世話になっていますので。
こうして取り上げていただくことで、少しでもマンガ業界が発展するきっかけにしていただけるのであれば嬉しいです。
ーー取材を引き受けていただいて、本当にありがとうございます!では早速、お話を聞いていきたいです。大熊さんは、インターネットやSNSの勢いがどんどん強まっていくなかで、編集者としてのキャリアを積んでこられた世代だと思います。マンガ業界にどんな変化があったと思われますか?
株式会社 集英社 週刊「ヤングジャンプ」編集部 編集主任 大熊八甲さん:現在、「週刊ヤングジャンプ」で連載中の『ゴールデンカムイ』、『九龍ジェネリックロマンス』『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』を担当。「月刊ウルトラジャンプ」やWEBコミックサイト「となりのヤングジャンプ」においても複数作品の連載準備中。となりのヤングジャンプの立ち上げを主導。他にも『べしゃり暮らし』、『B型H系』、『乙女のホゾシタ』、『ねじまきカギュー』、『WxY』、『うらたろう』、『スピナマラダ!』、『もののがたり』、『魔王様ちょっとそれとって』、『干物妹!うまるちゃん』、『ワンパンマン』、『明日ちゃんのセーラー服』、『ボクガール』、『パープル式部』、『ドロ刑』、『花待ついばら めぐる春』、『バスルームのペペン』、『隣の悪女』、『横浜線ドッペルゲンガー』、『優良少女ファミリヤン』、『奥様グーテンターク』、『グラビアトリ』、『天野家四つ子は血液型が全員違う。』等を担当(アル編集部が抜粋)。
大熊:うーん、そうですね…。挙げればキリがないですが、個人で作品を発信できる場が増えたことで、漫画家さんの絶対数は増えたのではないでしょうか。あと、これはマンガに限った話ではないんですけど、ノーストレスな作品も増えたなぁと思います。
ーーノーストレスな作品とは、どのようなものでしょう?
大熊:恋愛でもバトルでも、主人公があまりストレスを受けない作品ですね。たとえば、恋愛マンガ。少女マンガの編集の方に聞いたんですけど、少し前からキャラクター同士が付き合うまでの過程より両思いになってからのエピソードが濃く描かれる作品が多いんですって。
ーーそれ、すごく分かります!なんというか、恋愛の駆け引きにドキドキさせられる作品よりも、愛らしいやり取りにほっこりする作品が多くなりましたよね。最近、『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』にすごくハマっているのですが、言われてみれば最初から主人公たちが両思いで、特に恋敵のようなキャラクターも登場しないなぁと思いました。
大熊:普段から恋愛マンガをよく読まれる方であれば、同じ実感を持つのではないでしょうか。ファンタジーマンガで言えば「異世界転生もの」ですね。
ヤンジャンからダッシュエックス文庫編集部に異動した後輩が、異世界転生もののラノベをコミカライズする仕事をしているのですが、「とにかく主人公に汗をかかせないようにしているケースも多いです」と話していて(笑)。
バトル超回復理論、いわゆるスポ根世代からすると新しい変化に思えます。
ーー分かります、汗かきませんよね!コツコツと下積みの修行をするようなエピソードがほとんど描かれていない印象があります。
大熊:ヤンジャンと結構違う論理だな!みたいな。僕たちの場合、汗だくの血まみれが多いですからね(笑)。まぁそれは置いておいて、ノーストレスな作品が増えているのは、現実世界で人々が感じるストレスが強まっているからではないかと思っています。
普段生活していて、社会全体にかかる重力のようなものが強まっている気がしませんか?正しい世界の見方ついて書かれた『FACTFULNESS』という本を読むと、そんなことはないと書いてあるんですけどね(笑)。
ーーたしかに、少し気が滅入るニュースが多いような、何となく空気が重いような感覚はありますね。
大熊:ただ生活しているだけでストレスが溜まっていくのに、創作の世界でも主人公がストレスを感じている様子が延々続いていると、気持ちよく感情移入できないですよね。そういった読者さんの気持ちに、作品の流行も引き寄せられていくんだと思います。
ーー最近よく見るキャラクター像は、創作の世界ではストレスを感じたくないという読者の内面の写し鏡になっていると。面白いですね。反対に、最近は熱血キャラをあまり見かけなくなりましたが、この現状について大熊さんはどのように思われますか?
以前、『少年ジャンプ+』の林さんにも同じことをお聞きしてみた(※)のですが、そのときは「熱血キャラが必ずしもダメなわけではなく、良いキャラクターであれば受け入れられる」というご意見をいただきました。
※記事最下部に過去の連載記事へのリンクを掲載しておりますので、そちらも合わせてご覧ください!
大熊:本当に林さんのおっしゃる通りだなと思います。あえて僕の意見を付け加えるとすれば、そうですね…。熱血キャラクターは普遍的である一方、悪い言い方をすれば手垢のついた素材です。しかし、新しい切り口で提供できれば、ウケると思っています。
「新しいアイデアとは、新しいところに置かれた古いアイデアである」という言葉を聞いたことがあります。
大熊:たとえば『GIANT KILLING』は、「サッカー」という王道の素材を用いていますが、「監督視点」という切り口が斬新だったからウケたんだと思います。
ーーたしかに主人公がプレイヤーでなく監督の作品って、それまであまり見かけませんでしたもんね!いやぁ、例えが分かりやすすぎる…。
大熊:ヒット作には普遍的なアイディアやキャラクターを切り口で目新しくする試みが重要だと思っています。それでいいますともはや今は流行が一周して、「熱血」が目新しく映るかもしれないし、逆にヒットの狙い目といえるかもしれませんね。
作品が狙える“欲求の市場”を見極める
ーー「ヒットの狙い目」というお言葉が出ましたが、大熊さんはヒットする作品の共通項として何が挙げられると思いますか?
大熊:当たり前の話ですが、多くの人たちが面白いと感じられる作品であること。その面白さは、色々な要素から成り立っていますが、特に大切なのは「読者さんが現実世界で体験できていない欲求を満たせる」ことだと思うんです。だから僕が漫画家さんと企画を立てるときは、そのマンガで狙える“欲求の市場”がどれだけ大きいかをよく見ています。
ーー気になるワードが登場しましたね。もう少し詳しくお聞きしたいです!
大熊:人気作品の特徴を分析しているうちに、読者が強く欲しているけれど、現実世界で体験できていないものを、代わりに満たしてあげられるようなジャンルが強いと気づいたんです。
たとえば恋愛マンガやグルメマンガは、乱暴にいってしまえば性欲と食欲を満たすもの。どちらも三大欲求に数えられる、とても強い欲求です。厳密には性欲と恋愛はイコールではありませんが、誰しも可愛いかったりかっこよかったりする男女は、基本的に好きですよね。
読者の「こういう人物と恋愛がしたい」「美味しかったり珍しかったりする料理を食べたい」といった欲求を満たしてあげられるからこそ、この2ジャンルは強い共感を呼び、ヒット作が生まれやすいのだと思います。
ーー強い欲求を捉えるジャンルほど、人気が出やすいと。
大熊:はい。一方で、三大欲求のうちの睡眠欲を満たす睡眠マンガがほとんどないのは、マンガの世界で代替する必要がないからだと思います。「こういう風に寝たい」みたいな欲求って、あまり生まれないじゃないですか。
睡眠欲は、現実世界でもある程度は充足されているんです。スマホの普及によって不眠症の人たちが増えていけば、もしかすると今後、ヒット作が生まれてくるのかもしれませんけどね。『君は放課後インソムニア』で描かれる欲求、好きです(笑)。
ーー面白いご指摘ですね…!
大熊:他にも例を挙げるなら、たとえば『キングダム』は立身出世欲を満たしてくれるから、ビジネスパーソンにもすごくウケているのだと思います。
『テルマエ・ロマエ』だったら、お風呂の気持ちよさは誰しも知っていますよね。それと、日本の文化を世界から褒められたい欲求とか。そうやって一つひとつ図解していくと、欲求の市場の大小や増減がだんだんと見えてくるんですよ。
そういう意味では、多くの欲求を同時に満たしてあげられる作品はとても強い。たとえば『ONE PIECE』は満たしてあげられる欲求が多いから、あんなに強いコンテンツなんだと思うんです。
その点、僕が担当させていただいている『ゴールデンカムイ』も、野田さんという凄い作家さんによって、多くの読者さんの欲求を満たせるような設定が、意図的に盛り込みまれています。
緻密に設計された、『ゴールデンカムイ』ヒットの背景
ーーおお、めちゃくちゃ気になります。「多くの欲求を満たせるような設定」について、具体的に解説していただけますか?
大熊:まず、『ゴールデンカムイ』という物語は、現代社会では表出しにくい「生存への欲求」を捉えています。
この欲求は元来とても強いものですが、現代の日本で暮らす人たちからすれば、基本的に満たされているはずです。普段の生活で飢えたヒグマに襲われたり、吹雪で凍死しかけるようなことは、ほとんどありませんからね。
しかし、満たされている欲求である一方、過酷な大自然のなかで生き抜くスリリングな体験をしたことがある人はほとんどいません。元来強い欲求であることも相まって、多くの人が夢中になるテーマなんです。
さらに、杉元たちの「隠された黄金を手に入れる」という目的は、「金銭的な欲求」を捉えています。多くの人にとって強い欲求なのは言わずもがなですが、人によっては卑しく思われてしまう可能性もあります。だから、“言い訳”になる要素も盛り込まれているんですよ。
ーー言い訳とは、どういうことでしょう?
大熊:親友「寅次」の元妻であり、杉元が慕っている「梅ちゃん」の存在です。そもそも杉元が黄金を追い求めているのは、梅ちゃんの病気を治療する費用にするためです。それは、戦争で亡くなってしまった寅次の頼みでもある。
杉元がお金を欲しているのは、とても優しい理由からです。『ゴールデンカムイ』(野田サトル著)1巻より引用。
大熊:旅の道中、杉元たちは多くの敵対する人たちの命を手にかけます。他人を殺めてでも黄金を手に入れようとする彼らの行動は、とても善行とは言えないでしょう。それでも応援したくなるのは、強い愛情を持つ人物ゆえの行動だからなんです。
ーー読者がどういった反応をするかしっかり考え抜いた上で、ものすごく緻密に設計されているんですね…!
大熊:野田さんの生み出すキャラクターたちは、全員が信念をもって行動しているところがすごいです。どの場面を切り取っても、「正義」vs.「異なる正義」という対立構図になっているんですよ。
ーーどのキャラクターも、本当に活き活きと描かれていますよね。漫画家さんと物語をつくっていく上で、大熊さんの編集者としての役割は、読者の欲求に刺さるような要素を盛り込んでいく、ということになるんでしょうか?
大熊:僕が考えて盛り込むのではなく、「漫画家さんから引き出す」というほうが正確ですね。でもおっしゃる通りで、読者さんが読みたいものと作家さんが描きたいものを意図的に一致させるのが、編集者の仕事だと思います。
読者さんの欲求を捉えているだけでは不十分で、漫画家さんが心から描きたいものを描いてこそ、素晴らしい作品が生まれるんです。
ーー『ゴールデンカムイ』の場合は、野田先生と大熊さんのお二人で、どのような流れで作品をつくりあげていかれたのでしょうか?
大熊:では、時系列順にお話ししていきますね。まず、そもそも主人公の杉元って、屯田兵だった野田さんの曽祖父がモデルなんですよ。もともと野田さんは、「いつか曽祖父をモデルにした主人公を描きたい」という欲求を持たれていたんですよね。
杉元はマジで死なない。『ゴールデンカムイ』(野田サトル著)2巻より引用。
ーー杉元は実在の人物がモデルだったんですね!
大熊:はい。しかし、野田さんはアイデアマンなので、同時期にいくつもの連載企画案がありました。それらの中のどの企画、世界観で曽祖父をモデルにしたキャラクターを活躍させるべきか、迷っていました。
そこで、何か下地になる資料や作品はないかと、探してみたんです。たとえば、井上雄彦先生の『バガボンド』って『宮本武蔵』を下地にしているけれど、ほぼ原案扱いというか、まったく違う物語として描かれていますよね。
同じように、既にある作品をイメージの参考に、まったく新しい作品をつくれるといいんじゃないかと考えたんです。そのような手法でも、野田さんなら創作として高いレベルで成立させられるはずだと思っていましたしね。
そんな理由で、文芸の編集をしている同期に相談し、いくつかの小説を教えてもらいました。
ーーそのなかに、『ゴールデンカムイ』のモデルになった作品が?
大熊:はい、モデルというより参考にさせていただいた形ですが、『銀狼王』という作品です。老猟師と狼の戦いを描いた作品だったんですけど、主人公の猟師の名前が野田さんの前作の『スピナマラダ!』のメインキャラクターと同じ、「二瓶」という名前だったんですね。
迫力がすごい。『ゴールデンカムイ 』にも、似た風貌の「二瓶」というキャラクターが登場します。
大熊:何だか運命を感じて野田さんに渡したら、「あ、これはもう僕に描けってことですね」と。野田さんはそもそも、猟銃の免許を取りに行っちゃうくらい狩猟がお好きで、テーマもピッタリでした。野田さんも覚悟ができて、銀狼王の世界観をイメージの参考に、「野田さんの曽祖父が生きた時代の北海道を舞台にした狩猟もの」を描くことが決まったんです。
ーーものすごい偶然が重なって、作品の構想が生まれたんですね!作品ができ上がるまでの過程を編集者の方から直接お聞きできることなんて滅多にないので、とてもワクワクしてしまいます…!しかし、てっきり最初からアイヌをテーマに描きはじめられた作品だと思っていたんですが、そうではなかったんですね。
大熊:はい。野田さんはリアリティをとても大切にされる方で、設定を詰めていくなかで「曽祖父が生きた時代の北海道をリアルに描くなら、アイヌの方々や、その文化に触れないわけにはいかない」という話になり、がっつり盛り込むことになりました。
ただ、僕たちがつくっているのはマンガであって、教科書ではありません。何よりも優先すべきは、「誰かを傷つけない」という前提の上に成り立つ、エンタテインメントとしての面白さ。それを追求していくなかで生まれたのが、杉元の相棒であり、少女でありながら狩猟を行うアシ(リ)パさんです。
狩猟の経験が豊富なアシ(リ)パさん。『ゴールデンカムイ』(野田サトル著)1巻より引用。
大熊:アイヌの方々にとって狩猟は男性の仕事とされているので、アシ(リ)パさんの存在は、リアリティを損なうことにもつながります。ですが、相棒のキャラクターをつくる基本は、凸にハマる凹をつくること。
バディものとしての面白さは、こっちのほうが上だろうと考えました。野田さんは筋骨隆々としたかっこいいおじさんを描くのが好きなので、本当はおじさんだけを描いていたい気持ちもあったと思いますが流石のプロフェッショナルです(笑)。
でも、その後、嬉しいお話がありました。お世話になっているアイヌ研究者の凄い方が、とある資料で当時のアイヌの女の子が狩猟する物語を見つけられたそうです。そのことを教えていただいたときは、まさに創作に現実が追いついた瞬間で、トリハダが立ちました。
「シリアス」と「ほっこり」の緩急が、面白さを生む
ーーめちゃくちゃ面白い裏話!でも、アシ(リ)パさんのポジションもおじさんだったら、流石にむさ苦しくなってしまうかもしれませんね(笑)。
『ゴールデンカムイ』は、壮絶な戦闘シーンの合間に差し込まれる食事シーンの気合の入り方もすごいですよね。あれも、読者の食欲を捉えるために盛り込まれているのでしょうか?
アイヌの民族料理「チタタプ」を食べるシーン。『ゴールデンカムイ』(野田サトル著)3巻より引用。
大熊:それもありますが、もう一つ理由があります。あの食事シーンは、ストーリーに緩急をつける意図があるんです。落語家の桂枝雀さんが「笑いは緩急から生まれる」という言葉を残されているんですけど、マンガの面白さも一緒だと思うんです。
過激でシリアスな戦闘シーンを読んだ後は、ほっこりするようなシーンがあったほうが良い。『ONE PIECE』も長編が終わると、いつも「宴」のシーンを入れていますよね。
ーー『ONE PIECE』の宴シーンはもはや恒例ですね。『ゴールデンカムイ』の食事シーンも本当に好きで、読んでいると安心します。早くストーリーが進んでほしい気持ちもありますが、戦闘シーンばかりが続くと、少し暗い気持ちになってしまうかもしれません。
大熊:ストーリーが進んでいくにつれて、読者さんに飽きられることへの恐怖から、「もっと過激なシーンを入れていったほうがいいんじゃないか?」という考えが膨らんでいってしまいます。だから、意図的に“緩”をつけるのはすごく勇気が要るんですよ。
でも実際にやってみたら、食事シーンが中心の回は、読者アンケートの結果がすごく良かったんです。定量的なデータが取れたので、「間違っていなかったな」と安心しました。それ以来、食事シーンを入れすぎて、いろんな方から「食べ過ぎ」って突っ込まれちゃったりするのも含め、『ゴールデンカムイ』らしいネタになっていますね(笑)。
ーー“緩”が多すぎるんじゃないか、みたいな(笑)。ちなみに、もう一つ気になっていたことがあるんですけど、『ゴールデンカムイ』って筋骨隆々とした男性の、色っぽいシーンが多いじゃないですか。あれも何か、意図があって描写されているんですか?
シリアスな戦闘シーンの間に急に挟まれるシュールなシーン、筆者も大好きです。『ゴールデンカムイ』(野田サトル著)12巻より引用。
大熊:あぁ、あれは完全に野田さんの好みでしかないですね(笑)。マッチョな男にすごく魅力を感じるそうで、子どもの頃には部屋に『ダイ・ハード』のポスターを飾っていたほどだとか。いや、『ターミネーター』か『ランボー』だったかも…。
いつだったか、「谷垣(上のコマで左から2番目のキャラクター)のバストサイズは?」という質問に、「ジェイソン・ステイサムくらいではないでしょうか」とユーモアたっぷりに答えていました(笑)。
「今は細身でおしゃれな男がモテる風潮だけど、みんな心の底ではマッチョな男に憧れているんだろ?正直になれよ」っていう反骨精神のようなものがあって、それを伝えるために表現しているんですって。ロックですよね。
ーーいやぁ、理由をお聞きできて何だかスッキリしました。最高ですね、ありがとうございます!
億劫になるくらいなら、SNS運用はやらなくてよい
ーーこの連載では毎回お聞きしているんですけど、今、多くの漫画家さんがSNSを活用すべきか悩んでいます。「苦手意識があるけれど、作品を知ってもらうためにはSNSを運用しなければいけない」みたいなプレッシャーがありますよね。
林さんや『進撃の巨人』担当の川窪さんは、SNS運用も大切だとは認められた上で、漫画家さんは作品づくりに集中するのが大切だとお話しされていました(※)。こういった現状について、大熊さんの考えをお聞きしたいです。
大熊:うーん、正直、まだ自分のなかでも答えが出ていない問題ですね…。究極的には、僕もお二人と同じ意見です。とはいえ、やはりSNSを無視できない時代であることも事実でしょう。
SNSを始めるべきか迷っている漫画家さんには、僕はいつも「SNS運用が本当にご自身の果たしたい目的に沿っているか考えましょう」とお伝えします。SNSはあくまでツールでしかありません。
ーーたしかに。
大熊:「何となくやらなきゃいけないと思うから」とツールを使うためにがむしゃらに頑張っても、作品をつくるためのエネルギーが削がれるだけです。SNSは、マンガやイラストを手軽に発表できる点と、圧倒的な速さで読者さんからのレスポンスが得られる点で、漫画家さんにとって優れたツールです。
一方で、作品への心ないディスが直接飛んでくるデメリットもあります。自分が傷つくリスクを理解した上で、取り扱わなければいけないのが難しいですよね。
※こちらも記事最下部のリンクをからご覧ください!
ーー苦手なのに無理をして、作品づくりに影響が出てしまっては、本末転倒ですもんね…。
大熊:本当にそう思います。億劫になるくらいだったら、間違いなくやらないほうがいいですね。何事もそうですが、人って好きなことしか本気で頑張れないと思いますし、そうでないならやらなくていいと思います。
ーー担当されている漫画家さんのSNS運用については、いつも連載開始時などにご相談されるのでしょうか?
大熊:はい。しっかりお話しした上で、どうするのか選択してもらっていますね。自力でのSNS運用をご希望される方にはもちろんお願いしていますし、そうでない方とは公式アカウントの立ち上げをするかどうか相談します。
公式アカウントだとどうしても「ビジネスのために運営している感」が出てしまい、読者の方に敬遠されてしまう傾向があるので、現状、漫画家さんが自力で運用できるのがベストといわざるを得ませんが。
ーーその感覚、一読者としてすごく分かります。
大熊:とはいえ漫画家さんとしては、「プロモーションの役割は出版社に担ってもらいたい」という気持ちも当然あると思いますし、それが出版社の大事な役割だとも思います。まだまだ社会の流れに追いつけていませんが、僕たちも少しずつ体制を整えているところです。
最近、弊社の幾つかの部署でも試験的に漫画家さんのSNSでの行動に対して場合によっては対価をお支払いできないかという取り組みを始めた部署もあります。もちろん、ステマとかそういうことではありません。発表の場としてステージが上がったということだと思います。
ーーすごく良い取り組みですね。仕事としてSNS運用に取り組めるので、気が楽になりそうです。
大熊:今の時代に適した仕組みを提供できるように考え抜くことが、これからの僕たちの課題です。早く時代に追いついていかなければいけないと強く思います。
あとがき
梅ちゃん誕生の背景や食事回のアンケート結果など、「そこまで言っていいのか」と突っ込みたくなる裏話をがっつりお話ししてくれた大熊さん。作品をヒットさせるためのノウハウを丁寧に言語化されている点が印象的で、終始頷きっぱなしでした。
特に「作品の面白さとは、読者が現実で体験できていない欲求を満たしてあげられること」という指摘にはとても納得させられました。最近目を通して印象に残っている作品を思い浮かべると、たしかにどれも当てはまっています。
この指摘は、大熊さんが普段の生活のなかで人々の変化をしっかり観察されているからこそ、生まれたもののように思えます。インタビューを思い返せば、「社会にかかる重力」のお話をはじめ、大熊さんは普段の生活で起きたことや、それに対して感じられたことをよく例に挙げてお話しされていました。
私たちはインターネットやSNSについて考えるとき、それらがもつ特性や、私たちの生活に及ぼす影響に着目しようとします。だからこそ、「インターネットやSNSが普及した現代で、どのような作品をつくればヒットするのか」と悩む漫画家さんが増えているのでしょう。
しかし、大熊さんのお話を伺っていると、テクノロジー自体の特性に目を向けるだけでは足りないのだと気づかされます。人びとの変化を仔細に観察することこそが、変化の時代における作品づくりを成功に導く、秘訣なのかもしれません。
***
感想などはぜひ「はてなブックマーク」などにお願いします!
【過去の連載記事はこちら】